第35話 療養

 切人の身柄は公安に引き渡された。

 あとは公安と軍警察にまかせるつもりだ。

 俺はパワードスーツ越しに複数箇所の肋骨骨折、沢山の打撲に裂傷を負った。肋骨が臓器を傷つけてはいなかったのが不幸中の幸いだった。


 俺は入院した。


 湿布を交換し、コルセットを巻く。

 痛み止めを飲みながら、寝る日々になった。

 咲月が見舞いにきた。

「切人の尋問がすすんでいるのだけど、魔術の話まですべて自供したわ。まるで自慢話のようにね。魔術は証拠にならないのだけど、テロや複数の殺人がある。検事が立件できるだけの材料はたっぷりあるから、これで奴もおしまいね。」

「だといいが。」


 俺は今更だが、切人を生かしておいたことを後悔してもいた。奴は法の裁きを受けてほしいが、魔術で逃げるおそれがある。

 だが、殺して良かったとも思いたくない。心の中は複雑だった。


 そんな時だった。誘拐事件が起きた。

 要求は教祖切人雷蔵の釈放。

 テンジン市長、島高屋一成しまだかやいっせいの息子の照輝てるきが狙われた。

 俺と咲月の管轄外だ。事の推移を見守るほか何も出来なかった。

 結局、釈放を先延ばしにした市長と警察の判断に業を煮やした信者が、市長の息子を殺害するという悲劇的な結末になった。。

 マスコミに殺人儀式を行ったビデオテープが配布され、殺害シーンこそ流れなかったが、テレビではこれをセンセーショナルにとりあげた。


 それと同じくして、ヤツシロの路上で天使が召喚された。切人みたいな魔術師は少ない。ではどうやって召喚したか。

 信者は自らの肉体を器に召喚をした。

 視覚的には信者から化け物に入れ替わったように見える。


 妖怪変化猛獣事件。


 今までの現実が崩れ、路上にアバドンレークスがあらわれた。

 終末十字軍の信者の群れがそのままアバドンの群れになった。


 奴らはいう。

 悔い改めろ。


 だが、黙示録の世の中でなんのために?

 神が妖怪のためになにかするというのか?

 その問いに応える者はいない。


 河童が大雑把な身体をしているとはいえ、骨折が治るのに時間がかかる。

 退院してもコルセットをつけての勤務だ。

 市民は増々武装した。

 拳銃携帯許可証申請で役所が混雑し、武器が飛ぶように売れた。



「…

岩の木陰で 誓いをたてて

橋桁のした 口づけをした

トオノ暮らしで忘れたか〜

…」

 歌謡曲っぽいのが流れている。

 土日休みで勤務しているが、咲月さんも土日が休みらしい。

 つまり、休日は咲月と一緒ということだ。

 じっくり話せるって、わくわくするね。

 人生は転んでも素晴らしい気がする。


「切人は捕まえたし、新しい生活を始めた方がいいかもね。」

 咲月の宣言に、俺は持っていたマグカップを落とした。

「ななな、何で?別れるとかいったら泣くぞ?俺この場で泣くぞ?」

「何勘違いしてるの。」

 咲月が唇を尖らせる。

「引っ越しよ。ケジメをつけたから引っ越すの。」

「どこに?」

「三平さんの家の近くがいいな。」

「俺の家でもと言いたいが、俺んち狭いからなぁ。」

「何考えてるの。えっち。」

「何!?」

「三平さんエロガッパなんだから。」

 夢の同棲、下心が漏れたぁ!

 く、こうなったら、

「あぁ、エロガッパだよ。」

 俺はズイズイと咲月に近寄る。

「ちょっと、なになに。」

 ここで俺は咲月の背後にまわって抱きついた。

「一発芸、レトロ少女マンガの表紙。」

「ブッ。」

 咲月が抱きつかれたまま吹き出して笑う。

 ツボに入ったのか笑いは爆笑になり、咲月は腹を抱えて笑い出した。

「少女マンガにしては美河童びがっぱすぎたか。」

「アハハハハハ。自分で美河童とかいっちゃう?アハハハハハ。ハァーア。ハハハハハハ。」

 咲月は一つ目に涙をためるほど笑った。

「あなたってホントおかしな河童ね。三平さん。」

「お褒めにあずかり光栄だよ。」

「美河童。フフフフフフ。」

 咲月が反復笑いする。

 そうさ。笑える毎日なら問題ない。

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