第33話 マスコミ
俺は夢をみた。
切人がでてきた。なんて夢だ。気分は最悪だった。
切人は、2つの逆五芒星の垂れ幕に挟まれた折れた十字架の下で、青い頭巾をかぶった人々の前で演説をしていた。
「神鳴ジュオンは主のみもとに召された。何故か?それはこの黙示録によって、天国と地獄に分かれた時、真のキリストとして復活なさるからだ!我々は、赦しを得なければならない!この物質界を破壊し、異教徒どもを殲滅する!そのとき!天の国は開かれるのだ!ハレルヤ!」
ハレルヤ!
ハレルヤ!
ハレルヤ!
合唱が響く。
「次に我らは、『にがよもぎ』を罪人どもに与えることにした。テンジン市中の水道管にこれを流し、罪人を罰するのだ!」
ハレルヤ!
ハレルヤ!
ハレルヤ!
カルト宗教の狂った光景に気分が悪くなる。
「!!」
切人が俺を見た。
気がつくと、俺は汗びっしょりになって寝ていた。
水道管?にがよもぎ?
咲月には俺の布団で寝てもらい、俺はちゃぶ台を片付けたスペースで横になっていた。
起きると、俺の身体に毛布が置いてあった。
咲月は、俺の方を向いて寝ている。
咲月さん。
俺は彼女が起きるまで静かに咲月の顔を見つめた。
「ん。朝時間?」
時計をみる。時計が鳴る前に二人とも起きたようだ。
「あぁ、酷い夢をみた。」
「夢?」
俺が包み隠さず夢の話を語る。
「それ、夢じゃないわよ。」
「どういうことだ?」
「おそらくは
「あいつとつながったってのか。気持ち悪い。」
「でも収穫よ。奴はにがよもぎを水道管に流すといったのね。」
「ああ。」
「にがよもぎは文字通り苦みが強い植物で、ヨハネの黙示録では水がにがよもぎのように苦くなったので人が沢山死んだとあるの。地下の水道管に毒を流す。可能性は高いわ。
「そうか。」
彼女の表情を見ると、普通だった。
ほっとした。
俺は鉄道警ら隊だ。つまり、鉄道インフラの警護以上のことは出来ない。
公安警察にまかせるほかないだろう。
俺は軍曹の警護補佐の任務に戻っていた。
鏡見軍曹は仕事は厳しいが、話が分かる男だ。
軍の備品を使うというヘマをした俺に対して嫌がらせや過剰な叱責はやらなかった。
「平野」
「はい。」
「猛獣の一件で渡したいものがある。」
軍曹がマスコミ対応ガイドラインと書かれた書類を俺に寄越した。
「お前は暫くマスコミの格好の的になるかも知れん。その時マズいことを口にされたらかなわん。そこで、マスコミに対応するためのガイドラインをつくった。」
「ありがとうございます。」
「職務外のことをやってくれた梶原に感謝するんだな。」
今度、梶原に飯でもおごるとするかな。
「はい。」
新聞や雑誌の記事の写真は、牙を剥くアバドンレークスにオレンジの火線を曳く俺の顔が少しブレてはいるが写っていた。
誰が撮ったのか知らないが、軍記物語の一幕のようだ。ライトを焚いたのだろうが、夢中で分からなかった。
俺はガイドラインを読んでみた。
Q 何故あの場にいたか?
A 女性と帰る途中だった。
Q 何故小銃を持っていたのか?
A 女性がストーカー被害にあっていたので、念の為銃を携帯していた。猛獣に襲われた際の銃の使用は適正な判断だったと思う。
Q 獣と対峙した時どう感じたか?
A 職務遂行のことで頭が一杯だった。市民を守ることが出来たので良かった。
等等。
とんだヒーローインタビューだ。だが、上は公安による捜査や切人のことを秘密にしたいことが分かった。
職場にテレビリポーターがやってきた。カメラマンや記者をつれて押し寄せてきたといった感じで、入口では対応に追われている。
ヤベッ、目があった。
「この方が例の伍長さんでしょうか?突撃インタビューを敢行したいと思います。お仕事お疲れ様です。貴方が猛獣と戦った兵士の方ですか?」
俺はガイドラインを思い出しつつ、キリッとなった。
「はい。」
「夜に何故あの場に居合わせたんですか?」
「それは、」
俺は、多少の嘘を混ぜた。
「女性を家まで送っている最中の出来事でした。自分が彼女を送っておりますと、暗がりから猛獣が出てきまして、こちらを襲ってきたので発砲いたしました。」
「猛獣に襲われたとき、どんな感じだったんですか?」
「猛獣は見るからに危険そうでした。吠えた時に牙も見えましたし、身の安全を第一に考え発砲に至りました。発砲に際しまして、近隣住民の方々にご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。」
俺が礼するとカメラのフラッシュで前が眩しくなった。顔を上げる。
「猛獣はどこに行ったと思いますか?」
「現在、捜索中と聞いております。」
「何故銃をお持ちだったのですか?」
マズい。
ストーカーがどうの、と言って逃げ切る自身がない。
尾身曹長と鏡見軍曹が慌ててやってきた。
「申し訳ありません。これ以上は公務に支障をきたしますので、後日改めて記者会見を行いたいと思います。申し訳ありません。」
助かった。
「失礼します。」
俺は礼して立ち去る。
レポーターは未練がましく質問していたが、俺は足早に逃げた。
記者会見とやらは、会ったこともない山内少尉と尾身曹長で行うこととなった。
俺はストーカー被害にあった恋人を守るため、無断で銃を持ち出したことになっており、そこは減給処分と発表された。
俺は余計なことを言わないようにしていたが、テレビでは猛獣についてクローズアップされ、ラジオではラジキンがオリゴエルからの生還者というリークを流していたらしい。
俺はトレてる人になっていたわけだが、警察でなく鉄道警らの詰所に、ストーカー被害に会っているから警護してくれと頼む人がきたらしい。
ニュースを見た人から何故かお菓子が来た時は皆で食った。
俺が電車の同衾警護をやった時は、声をかける市民もいた。
俺は外面よく誠実に対応し、銃の件では誠実に嘘をついた。
職場に軍需産業で財を築いたダタラグループの重役がやってきた。
「今度、伍長さんにうちの工場の銃をお送りしますから。」
「お気を使わず。」
「いや、うちの銃は公務の銃より強いですから。小口径での弾の携行性より、怪物には7.62x51ミリ弾や
スポンサーの圧により、高価な銃を弾付きで貰ってしまった。5.56ミリ口径の83式で猛獣を仕留めきれなかったのに企業として悔しさを感じているようだった。
銃マニアの装備係の面々の鼻息が粗くなりそうだ。
夜、咲月と2人で銭湯に行く。その後食材や日用品を買った。
彼女の着替えや身の回りの物が俺の部屋に増えた。
咲月が事件現場になってしまったマンションを引き払えば、同棲になる。
豆腐を入れすぎて豆腐の醤油煮込みみたいになったすき焼きを2人で食べた。
「水道管の件なんだけど、裏がとれたわ。」
「本当か。」
「ええ。にがよもぎ計画と言われてるみたいね。どの辺りの水道管に毒を流すのか検討がついた。ここからは警察と軍のタッグで作戦をやるわ。」
「そうか。」
「できれば三平さんも手伝ってほしいのだけれど、鉄道警らですものね。」
「前にも言ったかもしれないが、俺はパワードスーツの隊員でもある。もしかしたら助けになれるかもな。」
「そうだといいんだけど。」
咲月が重くてデカい感情と共に、俺に頭をあずけた。
俺は鍋の中の豆腐をすくうのを諦めた。
「大丈夫、きっとうまくいくさ。」
「何か、三平さんと出会って、私まで気が楽になったみたい。」
咲月は伸びまでして、俺に寄りかかる。
俺は笑いながら伸びを受けたが、ひびで固定している胸にさわって、痛んだ。
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