第32話 事後処理
俺は公衆電話から、緊急で警察と軍に連絡した。
夜の猛獣騒ぎに、軍は怪物の捜索にでたが、飛翔したアバドンレークスの行方はとうとう分からなかった。
警察と軍から後日聞き取り調査がある。俺は解放された。
可哀想なのは咲月だ。いまだに震えている。
「駄目…。私、私はサリナを殺してしまった。」
「金森さん。いや、咲月さん。俺を見ろ。俺の目を見ろ。」
咲月の震えがとまらない。精神の死は肉体が死にかねない病だ。
咲月の大きな瞳が動揺で揺れている。
このままにすれば確実に自殺する。俺は危機感を感じた。
「深呼吸だ。俺に合わせて深呼吸をするんだ。吸って1、2、3、4。」
「スゥー。」
「吐いて、1、2、3、4。」
「フゥー。」
何度か繰り返すうちに、話が聞こえるくらいには意識が回復した。
俺は咲月を抱きしめた。
風には癒やしの力があるらしい。
禅宗的な意味で仏様しか信じてないが、この時ばかりはキリスト教でいう、風と癒やしの天使ラファエルに意識の中で呼びかけた。
「悪いのは切人雷蔵だ。奴みたいな卑劣漢を法で裁くなり捕殺するなりやって、皆の仇をとるんだ。俺と生きよう。生きて、奴を倒そう。生きるんだ。」
プロポーズみたい物言いだが、俺は必死だった。
聞こえてはいるが、頭に入ってきているのかわからない。
駄目だ。ほっとくと死ぬ。
俺は咲月を俺の家に連れて帰り、彼女が眠るまで手を握って看病した。
朝、咲月は起きた。
俺は一睡もできず、彼女にココアを入れた。
「甘い。」
そうして彼女は少し涙が出た後、仕事に出かけていった。
俺は83式を持ち出した罪に問われたが、公安との捜査協力によるものと分かると、量刑は事情を考慮し降格でなく、減給処分となった。
「警察に協力するのはやぶさかではないが、83式を勝手に持ち出したのは問題だ。」
鏡見軍曹が厳しい顔で俺を叱責する。
「はい。」
俺はすべての罪を受けるつもりだ。
「事情を話して許可取って、書類出してさえいれば問題にはならなかったのにね。」
尾身曹長が本音をもらす。
「誠に、申し訳ありません。不手際でした。」
「マスコミは君を猛獣と戦った英雄に祭りあげたいらしい。」
尾身曹長が机の上に朝刊を出す。獣と戦う勇敢な兵士との見出しで、俺がアバドンレークスに射撃している所が写真におさめられていた。
「上は今回の件で83式を携帯していたことを問題視する方もいる。しかし、一方で、市民の安全を守る兵隊という構図を気に入る方もいる。天秤にかけた結果がこれだ。」
「曹長殿?」
尾身曹長の言い方に鏡見軍曹が戸惑った。兵隊は政治を無闇に語ってはいけない。
「謹慎や減俸を甘い処分だと思うなよ。次はやむを得ずという場合でも営倉に入ってもらうし、降格、または懲戒除隊や不名誉除隊も覚悟してもらう。いいね?」
「肝に命じます!申し訳ありません!」
俺は帽子を外し、頭を下げた。
2人の空気が変わる。
慣用句に『窪みを見せる』という言葉がある。土下座して謝罪する位の行為を、俺はしたことになる。
出世ならとうの昔に俺は諦めている。それより、打倒切人だ。奴を倒さなければ未来はない。
「それで、」
尾身曹長は眼鏡を光らせた。
「実際のところはどうなっているのかね?報告書通り終末十字軍の教祖が怪物を飼っているわけでもあるまい。それに、点検済みの83式は厳重に保管されているのに、持ち出したの一言で手に入れたというのは道理があわない。何か隠してやいないかね。」
「全てお話します。報告書に書けば私は精神疾患を疑われるため、記載でそのあたりは誤魔化していました。」
「全て話してもらおうか。」
「曹長殿と軍曹殿は」
俺は覚悟を決めた。
「魔術というのをご存知でしょうか?」
俺は切人が魔術師で、魔術でアバドンやアバドンレークスを召喚できると話した。同じく金森に物体転送の力があることも。
俺は真剣だった。
鏡見軍曹は切人が化け物を操ることを察してはいたがここまでオカルトな話にはついていけず、曹長はじっと俺を見つめているばかりだった。
「興味深い話だが、妖力だの魔術だのといった迷信は、軍には必要のないことだ。」
曹長はため息をついた。
「事実ですが、すべてを信じてもらおうとは考えていません。切人がアバドンを操る
「分かった。」
「曹長殿は彼のいうことを信じるのですか?」
軍曹が曹長におそるおそる尋ねた。
「状況証拠と公安警察の懸念している所だけを拾えばな、鏡見軍曹。切人雷蔵はオカルトとかその手の与太話を頭から信じる殺人鬼で、化け物を操る。その点に留意すればいい。平野、下がっていいぞ。」
尾身曹長の言葉に内心驚く。曹長は信じないで、また俺にメンタルメディックにいけ、というかとばかり思っていた。
「失礼します。」
職場の空気がまた変わった。
俺が補給課装備係にお詫びに行くと、気難しい男で知られる係長は開口一番「次からは書類をご提出ください」とだけ言った。
同僚は俺の肩を叩き、部下から視線を感じた。
「迷惑かけてすまないな。」
俺が何となく梶原にいうと、梶原は興奮した様子で俺に雑誌を見せる。
ゴシップ雑誌には、夜の怪物アバドンレークス対勇猛神国国軍兵士!夜の決闘!街は騒乱!など見出しが大きくのっている。
「鉄道警ら隊に所属しているH氏って堂々と載ってますよ。他にも神国のランボーとか
梶原が顔を整える。こいつ、パソコンでコミュニティ通信までしてたのか。電話線どこに引いてるのやら。
「今回のことは、許可とって共同作戦なら良かったのにと言われてます。情報は良い所だけ出てますね。
「フォローしてくれてありがとう。」
「装備係の係長が、書類さえ整えればパワードスーツも貸しますよ、だそうです。にしても、化け物はどこにいったんでしょうね。」
有り難い。俺は素直に職場に感謝した。
家に帰る。金森が帰って来るのをハラハラして待っていた。
玄関に気配がした。
俺が急いで戸を開ける。
咲月が立っていた。
俺は咲月を家に入れるなり抱きしめた。馬鹿の一つ覚えかもしれないが、帰ってきてくれたことが嬉しかった。
「良かった。おかえりなさい。」
「切人に裁きが下るまで、私は死ねない。そうよね。」
「そうだとも。生きてくれ。夕飯はどうした?」
「まだ。お腹すいた。」
俺は余ったら明日食べればいいの精神で余計に夕飯を作っていた。
「なら、食べよう。」
「うん。」
咲月は、小さく頷いた。
「今回の件は私のスタンドプレーとみなされて上はカンカンに怒ってた。でも、減給処分ですんだ。」
「俺もだ。奇遇だな。」
俺はつとめて明るく振る舞った。
「煮魚まであるのね。」
「まぁ、闇市でちょっとな。魚のアラなら売ってる所があるんだ。減給ついでに奮発だ。」
「普通逆じゃない?」
「江戸っ子は宵越しの金はもたねぇ、なんてな。」
「貴方、江戸の河童じゃないでしょ。」
クスリとでも、咲月はやっと笑った。
それでいい。
少しでも笑ってほしい。
そのためならどんなことでも。
俺は妖力を出すわけではないが尻子玉に気合を入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます