第31話 猛獣
キスした翌日から、金森は毎日俺の家にくるようになった。
「捜査協力者とこういう関係になるのは、本来禁じ手なんだけど。」
金森の香水に気付いた。
「いいんじゃないか?切人のやつを倒して、はいさようなら、てのより健全だと思う。」
恋人と飲むココアうめえ。
「そうね。きっとそう。」
何度も死に目にあったし、切人には腹わた煮えくり返ってる。金森、いや咲月のことはなんとかしてやりたい。そう思った。
咲月の情報では、終末十字軍はここテンジンを狙っているのだという。
例えばヤツシロは大都市だが、警備が厳重すぎる。警備の厳しさと街の規模の塩梅から、ここテンジンを狙っているという。
「何よりも、テンジンには貴方がいる。切人は貴方には異常な執着をみせている。きっとプライドを傷つけたせいね。」
「ざまあみろとは言わない。奴は多くの人を傷つけ、殺した。その報いを受けるべきだ。」
「そうね。奴を逮捕して、法の裁きを受けさせるのが楽しみだわ。」
昼は仕事だ。
「最近、ご機嫌ですね。伍長殿」
電車の同衾警備で梶原特別上等兵にあたると、話が弾む。
「まぁな。」
「何かいいことあったんですか?」
「彼女が出来てな。」
「それは、おめでとうございます。リア充の仲間入りですね。」
「リア充?」
「リアルで充実した人ですよ。我々オタクはリアルでなく仮想現実に生きているのです。」
「ハハッ」
「鼻で笑わないで頂きたいですぞ。」
梶原は警護用の小銃を重そうに肩にかけ直した。
「時に、怪盗23面相の映画はご覧になりましたか?」
「ああ。面白かったよ。」
「あれはスタジオシムーンの傑作なのですが、映画公開当時あまり見向きされなかった悲劇の作品でもあるのです。監督は鬼灯裕和、作画監督はサトケンこと佐藤賢一という豪華さで、音楽は…」
豪華と言われてもどう豪華なのか分からない。
梶原は喋りに喋った。
「…というわけで、銀づけのライコウアニメスタジオさんもシムーンの系譜をついでいるのですよ。」
「成る程。そういえば、梶原はどうして兵隊になったんだ?」
俺は鷹揚に頷き、あまり聞いてないのがバレないように話題を変えた。
「僕、ですか?」
「梶原ほど知識が豊富なのに、アニメ関係の雑誌ライターとか色々出来た気がしてな。」
「いやいやいや、僕の知識なんかオタクの触り程度ですよ。それに、知識が通用するような甘い業界ではありませんし。」
「そうか?立派だと思うけどな。」
「伍長殿は、人をストレートに褒めますな。」
どこかで聞いた言葉で、梶原が照れる。
「僕は、確かに雑誌などに投稿しつつ、いつかはライターみたいな物書きになりたいと思ったこともありました。でも、限界が見えたのです。」
「限界?」
「物書きとそうでない人の違いは、とにかく物書きは雑種に何でも書きまくります。数をこなしてこなして、あらゆるジャンルに挑戦して糊口をしのぐハングリーな存在。それが物書きです。僕にはそれができなかった。それに、こう言うと怒るかもしれませんが、今の世の中で映画やアニメを論じるくらい見れるのは、公務員か軍隊ぐらいですので。」
「そうだな。」
「オタクの中には、金持ちもいます。けれども、実際には自分が好きなものに金を注ぎ込んでいるだけで食費や生活費は切り詰めている者が多いのです。そうだ。最近、ビデオ再生機能つきテレビを買いました。」
ビデオ再生機能つきテレビとは、テレビの画面の上にビデオテープを入れる所があり、テレビの他にビデオも見れるという代物だ。
「高かっただろう。」
「でも、これでアニメもビデオも見放題。いい時代が来ました。」
梶原が笑う。
夜は咲月と飯を食べに出かけた。
デート、になるのだろうか。
「ここの酢豚がやたら美味いんだ。」
「なら、
「なんでだよ。」
中華が食える食堂で飯を食った後、他愛ない話をしながら歩いた。
「…それで俺の部下に勧めで怪盗23面相を見たんだ。」
「へぇ。子供向けかと思ってたら、そんなのもあるのね。」
「平和を愛する所に共感してさ。俺平和なら何でも良いという平和主義だから。いつか皆で自由に日向ぼっこしたいね。」
「平和主義、か。いいわね。」
2人で何となく歩くだけでも楽しいのは何でだろう。
咲月の家まで送ろうと歩いた。
咲月はマンションに女性とルームシェアしているのだという。
自殺未遂をしたときに助けてくれたらしく、それからは戦友のような間柄なのだという。
咲月のマンション前で、俺は別れようとした。
俺にオーラが
咲月も気付いたようだ。
溺死した人の肌の色のような青。
奴だ。切人がいる。
気配はマンションからする。
「まさか、サリナ!」
咲月がルームメイトの名前を叫び、俺とマンション304へ急いだ。
入った途端、潮の匂いがする。
舌に塩水を浸したような味がした。
咲月がマンション304のドアを開ける。
切人がいた。
余裕ぶった態度で、フローリングの床を踏みじる様に土足で立っている。側には、サリナらしき化け猫の死体が横たわっていた。
切人の手には赤い肉片が握られていた。
形から、おそらく心臓だ。サリナのものをえぐり取ったらしい。
「サリナ!」
入ろうとする咲月を掴んでとめた。
「離して!」
「水の結界を張ってやがる。」
俺の言葉に咲月がハッとした。
「切人雷蔵!てめえは許さん!」
俺は人差し指と中指を立て、ナイフに見立てて五芒星を切った。
尻子玉に気合を入れる。
「力ある風よ、ふけ!」
緑のオーラを飛ばす、遅れてイオンの風が吹いた。
風をうけて室内がグニャリと歪んだ。
「我が水の呪力圏の中に風を持ち込むとは。」
魔術は主観と主観の戦いだ。
緑の風が切人の世界に干渉する。
オーラとオーラがぶつかり合った。
霊的な視界で拮抗する。
「何故だ?生贄の力を吸収した俺と何故渡り合える?」
「日頃の行いが悪いからだろ?カエル面!」
俺の腕が魔術的に金に輝く。
「まさか、妖力をうむという隠しツタの文様か!?縄文の時代に失われたそれを、何故貴様が使える!」
爺ちゃん、ありがとう。
「おごれるものは何とやら、だ。てめえだけ特殊と思うなよ。」
俺はイメージした緑に輝く風の五芒星に手を突っ込んだ。
暴風のイメージを手で引き抜く。
地上なら屋根瓦を飛ばす突風がリビングを吹き付けた。
「エロヒムイッシームエロヒムイッシーム!炎の神よ!我が呼びかけをきこしめせ!」
切人が逆十字を切る。
「アンゴルモアの王の名において、来たれ!奈落の王アバドンレークスよ!」
虚空からズルリとデカい化け物があらわれた。
頭部には女の髪の毛が生え、人の顔をしているがデカい牙はライオンというより
バッタの身体にサソリの尾がついている。
黙示録にでてくる怪物である。
「奇術師、ネタはそれだけか?」
「2人を毒もて苦しめよ。そして血肉を贄とせん!」
生贄マニアめ。そう腹の中にいれられてたまるか。
「おら!」
俺は乱暴にドアをしめ、震える咲月の手を引くのももどかしく、抱き抱えて逃げ出した。
アバドンレークスはドアを破った。
やはり実体か。
質量保存の法則とかどうなってんだ。
階段を飛ぶように降りて、マンションの外に出る。
アバドンレークスが俺達に向かってきている。
「銃とパワードスーツさえあれば。」
「
咲月が頼れるのか頼れないのかわからないことを呟いた。
「イメージして。」
咲月をおろした俺は、集中する。
まずは整備室に置いてある83式小銃を想像する。
咲月は何事かつぶやきながら、俺の背中に手を置いた。
俺の手の中に、83式が現れた。
…なんて便利だ。我ながら間抜けな感想しか出ない。
アバドンレークスが顎を外して口を開けた。
吠え声が周囲の大気を引き裂く。
パワードスーツまで取り寄せる暇はない。
俺はアバドンレークスの口の中に銃弾を打ち込んだ。
怪物の声と銃声に近隣住民が出てきた。
「化け物だ!」
「鉄砲持ってこい!鉄砲!」
「逃げろ!」
住民がパニックを起こす。
「こっちだ、化け物!」
俺はフルオートでアバドンレークスを撃つ。
口の中から膿汁を思わせる腐敗した液体を垂れ流して、アバドンレークスはよろけた。今だ!
「くらえ!」
放たれた銃弾を浴びながら、アバドンレークスは空を飛んだ。
「何!?」
アバドンレークスは天井を目指し、闇の中に消えていった。
俺たちはマンションの部屋に戻り、切人を探した。
だが、奴もまたどこにもいなかった。
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