第30話 恋人

 今日から電車の同衾警護どうきんけいごにつく。

 電車に終点から終点まで乗る。

 電車を乗り継いで終点からさらに終点まで乗り継いでいく。

 夜勤と交代し、大都会テンジンを超える文明の先端都市ヤツシロまで寄った。

 ヤツシロでもツチブチ事件が話題になっており、犯行声明を出した赤軍連邦に非難が集中していた。

 鉄道インフラの中央地点として栄えてきたテンジンと比較して、妖怪神国首都として市の中に路面電車が走っているほどの広い町並みをしたヤツシロは、LEDライトをいち早く導入した昼のような眩しい街作りを目指しており、昼時間の店と夜時間の店とで様相を変えることから、正真正銘の眠らない街であった。

 兎に角、広くて妖怪が多い。人酔いならぬ妖怪酔いしそうだ。


 ヤツシロの河童は中国からの移民を由来としており、手足が長くスタイルがいい。こうした河童をガワッパモンという。

 俺はヤツシロについたら、刀削麺ダオシャオメンを食うことにしている。中国山西省由来の麺が日本に来て変化、幽世でもうひと変化したもので、醤油風味の汁麺になっていて旨い。

 いつもの麺屋で昼飯をすませる。麺を啜っていると隣には中尉がいた。ヤツシロは地上部隊の司令部があり、尉官クラスがわんさかいる。伍長は何だか形見が狭い。


「相変わらず美味かったな。」

 俺はダルくなったらしい足をスクワットでほぐして、駅へ歩く。

 LEDは魔法の光だ。広告さえも美しく光る。

 ネオンサインでなく立体映像での宣伝が行われている。ヤツシロは未来都市だ。


 昼がないから、こんなに綺麗なのかもしれない、とふと思った。

 それは太陽を知らないものの言い草だな。

 俺は欠伸をした。


 列車の中は、鉄道に熱狂的でなければ退屈に感じる。

 買い物袋一杯にココアを買って帰りの市鉄に乗る。勿論、切符でなく電子精算だ。

 俺は胡瓜よりココアが好きだ。ココアより酒が好きだが、酒をやめてからココアばかり飲んでいる。

 交換所のココアはなぜか脱脂粉乳みたいな味がする。ココアはやっぱりヤツシロで買うに限る。


「あ!三平じゃーん。久しぶり。」

 皿ギャルたちに声をかけられた。と思ったら、海山幸だった。

「お、久しぶりだな。元気してた?」

「元気元気。この前は本当にありがとね。」

 サチが満面の笑みを浮かべる。

「ねぇねぇこの人がサチのいってた三平?」

 耳にネジのピアスした皿ギャルが俺を指差す。

「そうそう。」

「マジか。」

 角の生えた金髪の鬼ギャルが口に手をあてた。


 サチとネジピアスと鬼ギャルがキャーキャー言っている。場が華やかになった。

「三平は最近どうしてた?」

「鉄道警らだよ。ヤツシロから仕事帰りでね。そっちはどうしてた?」

「うん?私たちは遊びー。」

 サチがケラケラ笑う。

「聞いてよ。サチってオリゴエル?の時から電車乗るの怖くなっちゃって、訓練してんのよ」

 鬼ギャルがサチの頭に手をのせた。

「ちょっと梅子ー。」

「下の名前で呼ばないでよー。」

 鬼ギャルは梅子というらしい。

「そういえば、三平って伍長なの?」

「あ、ああ。」

 ネジというより、ボルトやナットみたいなピアスの皿ギャルに俺は迫力負けした。

「もったいなーい。頑張って地上とか上がったら少尉とかなれるのに。」

 ネジピアスは失礼なことを言うタイプらしい。

「その前に軍曹や曹長にならないとな。」

「ぐんそー、て怖いおじさんでイメージ悪くね?」

 まぁ、それは否定できない。

「ごめんね。ネネのお兄ちゃんが軍隊で士官やってるものだから。」

 ネジピアスの名前はネネ、か。

「いや、まぁ色々だから。」

「サチの好みは士官様だから三平は頑張らないとね。」

「ネネさん?あんた叩くよ。」

「やだ。セットが乱れる。」

 ネネがウェーブのかかった茶髪を押さえた。


 元気だな。


 そんな縁側にいる爺みたいな気分でテンジンにつくまで話を続けた。女子高生相手に鼻の下を伸ばす趣味はない。

 森山幸はツチブチ事件以降、高校でも外出禁止令が出ていたそうなのだが、親友の鬼ギャル霜田梅子とネジピアス貝原寧々がヤハタからツチブチへわざわざサチを遊びに誘って、電車にのって遊びにいく特訓をしているそうだ。

「電車乗るのにビビってたら、なんにもならないからね。」

 梅子が拳を固める。

「霜っちマジ熱血ー。」

 幸が苦笑する。

「霜田さんはいい友達だな。」

 俺の言葉に梅子がウスッと小さく頷いた。

「霜っち照れてるじゃーん。」

 寧々が梅子をイジる。

「だって、この人マジでストレートに褒めるんだもん。照れくさくって。」

 梅子が爆笑する。


 そんなこんなで手を振って別れた。

 楽しい気分だ。気分を家に持って帰りたかった。


 家の前には結界が張ってある。

 非物理的には切人でも入れない。

 俺は部屋に戻ると、早速ココアをいれた。

 ラジオをつける。

「…

他をあたってよ べたべたしないでよ

瞳の奥に炎を宿して 言葉は氷のよう

この土塊に愛をください 貴方の恋人になるために

…」

 00年代にライブで奇抜なメイクをしたヴィジュアル系が流行ってた頃の歌だ。タイトルはたしかゴーレム。

「…20周年アルバムからクルエルシナモンでゴーレムでした。…」

 ほらな。

 誰に言うともなく自慢する気分でココアを飲む。

 戸のチャイムが鳴った。


「はい。」


 戸を開けると金森がいた。

「金森さん。どうも。」

「平野さんにお伝えしたいことがあって。」

「どうぞ中へ。」

「お邪魔します。」

 ちゃぶ台に客用のお茶を置く。

 俺はぬるくなったココアをマグカップから飲んだ。

「それで、私に伝えたいこととは?」

「ええ。終末十字軍のことなんだけど、」

 やっぱ仕事のことか。

「教祖の神鳴かみなるジュオンが亡くなったらしいの。それで、後釜として切人雷蔵が被免達人アデプタス・イグセンプタス、つまり次の教祖になったわ。」

「そんなことが。」

 俺が灰皿をだすと、金森は一つ目を細めて笑った。

「煙草はやめたの。」

「何故?」

「さぁ、どこかの良い人の言う通り、肺病で死にたく無くなったのかもね。」

 …ん?

「死にたくなくなった、て、そんな以前は死にたかったみたいなことを…。」

「…。」

 金森が黙り込む。地雷を踏んだらしい。

「え?どうしたんですか、貴方みたいな美人が。」

「私、美人ですか?」

 なに?どうしたんだ?

「美人ですよ。」

「でも私目が、その、一つ目にしては小さいし。」

 妖怪のコンプレックスは人それぞれだ。

「顔のバランス的に、俺には凄い美人に見えますが。」

「そ、そうですか。ありがとうございます。」


 少し沈黙が続く。


「私が切人にこだわっているのは、母を切人に殺されたからなんです。」

 金森がそう切り出すと、重い話が始まった。

「父は兵隊で、母は死んだと聞かされて育ちました。そして、父は天使と戦って行方不明に。私はその後、親戚の所に身を寄せました。」

 今こそ煙草がいるんじゃないか?

 だが、俺は黙って話を聞いた。

「私が高校を卒業したとき、母が生きていることを知りました。母は死んだんじゃなくて、良き隣人の里という宗教団体の信者をしていた。母は私を見るなり穢れた罪の子だと、私を棒で叩こうとしてきたわ。」

 穢れた罪の子。実の親が言う言葉ではない。

「次に彼女と会った時、彼女は鞭を渡して、皮がむけて血が吹き出るまでこれで自分の背中を叩けと言ってきた。穢れを罰しろ、と。強いマインドコントロールで母の心は壊れてしまっていた。私は母を守りたかった。でも、母は私を拒絶して、ある日母のいる宗教施設からもいなくなった。」

「いなくなった?」

「団体の言い分では、夜中施設を抜け出して行方不明になったと。私は大学に通う傍ら、母の行方を何度も探したわ。でも、とうとう分からなかった。」

 単眼が揺れる。

「公安に入った後でわかったのだけれど、母は良き隣人の里の母体である終末十字軍のもとに行き、そこで何者かに殺された。母の霊的な力に目をつけた誰かが、生贄として母に『儀式』をやったの。その容疑者として浮上したのが切人だった。」

 なら、尚の事死ねないはずだが。

 俺は疑問に思った。

「私は、切人を追い詰め戦ったわ。でも、私の火の魔術では奴の水の魔術には勝てなかった。魔術戦で奴は、私の心に置き土産を送った。」

「置き土産とは?」

希死念慮きしねんりょ。無性に死にたくなり、四六時中頭の中で死ぬことばかり考えるの。自分の首を吊って自殺未遂を何度もしたわ。公安でも、私の態度は問題にあがった。辞めるようすすめられたけど、魔術を扱えるのは私しかいない。今は命を捨て鉢にする自分を抑えながら、奴を倒す機会をうかがってる。」

 金森は喋り切ると、フーっと息をした。

「重たい話でごめんなさい。こんな私に協力するかしないかはあなた次第だと思うし、会いたくないなら会わなくてもいいわ。」

「協力するし、話は終わってない。」

 俺は金森の手に触れた。

「俺は今まで自分の都合で、自分のためだけ考えて生きていたゲス野郎だ。それでも、飯食って生きてて良かったと日々思ってる。希死念慮とやらで生きる意味とか素晴らしさまで忘れてる貴方を見てると、不憫でならないし、その、惚れた弱みもある。」

「それって…。」

「俺は貴方が好きだ。だから、最後まで協力するし、あなた次第とか言わないでくれ。」

 俺は金森を真剣に見つめた。

 いい女だ。煙草以外は。

 煙草をやめた。つまり、完璧にいい女だ。

 金森の大きい目は、潤んでいた。

「平野さん。」

「三平でいい。」

「三平さん。ありがとう。!」

 俺は勢いにまかせて金森の頬に触れ、そっと口づけをした。



「それじゃあ。」

 金森は去っていった。気恥ずかしかった。

 話がクソ重たいけど初めての彼女ができた。浮かれないわけがない。

 俺は何だか鼻歌を歌いながら洗い物をし、洗濯に出かけ、ランドリーでも浮いた気分で回転する洗濯物を眺めていた。

「ニイチャン、楽しそうだね。」

 俺の機嫌をみた老人がそんなことを言う。

「いやまぁ、ソッスネ。」

 何やら人生は素晴らしいようだ。

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