第29話 魔術
味方はガスの影響で幻覚をみていた。だから、助けが遅れたらしい。
切人が去るとガスの濃度が一気に下がったのか皆が正気を取り戻していった。
後に夕方のニュースで前代未聞の毒ガス爆弾テロ事件として大々的に報じられ、世間を恐怖に陥れることとなるツチブチ事件は、また殉職者を出す苦い結果に終わった。
俺は精密検査を受けた。
ガスを吸った他、肋骨はヒビが入っている可能性が高いらしく、胸にバストバンドを巻いた。
帰宅が許されたが、俺は家に切人がいるかもしれないという思いで引っ越しを考えた。
帰ると家の近くには、金森の姿があった。
「切人雷蔵はいたかしら?」
第一声からこれである。
「ああ。それと刑事さん、あのダサいキーホルダーな。目潰しにしか使えなかったよ。」
「あれは並の魔術師なら魔術はおろか、しばらく自力では妖力さえ出せなくなる精霊爆弾だったのだけど。魔人相手では分が悪かったわね。」
金森は悪びれもせず吸い殻を携帯灰皿の中に入れた。
「やつの話を聞きたいわ。あがっても?」
「最初からそのつもりだろう。」
俺は玄関の戸の鍵を開けた。
俺は金森に全てを話した。
「切人に狙われて二度三度と生き延びた者は珍しい。そう言われてる相手に風の魔術なんて、よくやったわね。」
金森は称賛というより
「たまたまだ。やり方も適当だった。」
俺は金森にお茶を出したついでに、自分まで茶をついで飲んだ。
「兎に角、水に風をぶつけるとオーラが相殺して消えることがわかった。次は精霊爆弾とやらのもっと強いやつを持ってきてくれ。」
「それは、貴方には使えないわ。」
「どういうことだ?」
「貴方は風の魔術を体得した。つまり、風の属性を持つオーラになった。水と風なんて言ってたけど、属性の違う魔術は元々あまり相性が良くないの。私が作った火のタリスマンを通じて貴方が火に目覚めてくれていたなら、私の火の魔術で援護できたのだけれど。煙草いいかしら?」
「どうぞ。」
金森は煙草を吸った。
「余計なお世話かもしれないが、そんなにヘビースモーカーやってると肺病で死ぬぞ。やめた方がいい。」
「それはどうも。」
金森はふっと笑った。
「貴方、人がいいわね。」
「人がいいんじゃない。いい人であろうとしてるだけだ。」
死んだ戦友の分もな。
そう言いかけて言葉を飲みこみ、茶をすすって胃の中へ流し込んだ。
「なら、いい人には長生きしてもらわなくちゃ。魔術、ある程度は教えるわよ。その代わり、刑事さんというのはやめて。
「宜しく。金森さん。」
「まず、魔術は理論的に見えるけど、呪術と一緒で効くか効かないかしかない、と思って。魔術の理論はあくまで料理のレシピと同じよ。レシピ通りにつくってもうまくなければ料理として駄目、てこと。」
俺は金森と向かいあって立った。
俺が尻子玉から妖力を出して、自分の腕や足、身体を見つめた。
夏の青々とした胡瓜みたいな濃い緑色をしていた。
「属性は四大元素魔術特有の概念よ。妖力の性質なんて本来はもっと複雑なものなんでしょうけど、主観の世界で四元素にくくってしまうわけ。主観の力で客観的な世界を捻じ曲げる。それが魔術の本質なの。魔術は特定のシナプスを連絡させ、脳の回路で立体の魔法陣を描く超能力だとする意見もあるわ。」
講釈よりもスーツに隠れた金森の唇や身体つきの方が気になった。雨村少佐は鉛筆みたいだったが、金森はスレンダーながら色気がある。
いかん、しっかりせねば。下心やスケベ心なぞ出してたら命を失う。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてる。超能力という話だが、皆同じ様に考えれば、立体の魔法陣とやらができて誰でも魔術が使えるんじゃないか?」
「ところが、そうはいかないの。遺伝的や経験的に脳の神経回路が正しく立体の魔法陣を描くようなスパークをしないと魔術効果は期待できない。とても繊細な思考法であり技術よ。」
危ない危ない。エロガッパになるところだった。
「これから、いくつか技を教えるわ。風だけに大気の霊を操れば、悪魔さえも呼び出せるのだけど、呼べばたちまち魂を失うわ。その辺は火も水も土も一緒よ。」
「切人雷蔵に対抗できればそれでいい。」
「それが一番難しい注文ね。」
金森が苦笑した。
俺は金森からいくつか魔術を教わった。
「風の精霊シルフよ、大気のジンよ。」
俺は果物ナイフで風の五芒星を切る。
室内で風がふいた。
まぐれではなく、確実にオーラの風を吹かせることに成功した。
「そう。それでいい。風のオーラを相手に吹き付ければ、水の魔物は嫌がって姿を消すわ。」
「ひ、酷く疲れた。」
俺は尻もちをついたように座り込んだ。
「どうだ?才能あるだろ?」
「敢闘賞といったところね。あとは切人相手にどれだけ逃げれるか。」
「立ち向かえるか、じゃないんだな。」
「今のところはね。本当なら何年も技を覚えて腕を磨く必要がある。短い間だけとなると、風をふかせて逃げた方が早いわ。」
「そうかね。」
俺はため息をついた。
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