第28話 対決

 テレビが復活してから、地上の様子に桜が映し出され、桜が描かれた看板を本物に見立てたお花見ブームが起きた。


 酒は贅沢品であるから配給はなく、弾丸で買う。


 合成酒なる成分不明の危ない酒もあり、配給券で買える牛乳で乾杯する所も多かった。


 厳しいなら厳しいご時世なりに楽しみを見つけられる。


 そういう逞しさが人間にも妖怪にもあった。


 俺は備品の発注書のチェックをしていたのだが、詰め所内がにわかに騒がしくなってきた。


「どうしたんだ?」


「市鉄で爆破事件です。銃撃もあっているそうで、テロの可能性が高いと。」


「なんだって…。」


 愕然となる俺に、鏡見軍曹が声をかけた。


「平野、パワードスーツを着装して植松曹長らと合流しろ。」


「了解。」


 俺は走った。



 パワードスーツを着装する。


 ブルーライトの文字で、オールグリーンがでた。


 パワードスーツ部隊責任者の植松曹長や近藤軍曹を始め、真下軍曹、鮫島、高橋、森脇などフルメンバーで待機する。


「無線よし。」


 通信確認をする。


 83式を手に出動を待つ。


「全パワードスーツ部隊に出動命令。隊員はテンジンからツチブチ方面区画へ速やかに急行せよ。」


 ゴーサインがでた。


 ツチブチ区画ということはテロは北で起きているらしい。


 俺達はツチブチへ向かった。


 俺達が来た時、ツチブチの駅では遮蔽物を介して銃弾が飛び交っていて、膠着していた。


 相手は赤軍連邦らしい。切人がいればアバドンどもを召喚するおそれもある。


 敵がKB48を連射した。


 コンクリートに穴が開く。パワードスーツも貫通しそうだ。


「交戦開始。」


 俺はスマートリンクを起動させた。


 丸に十字のついた照準が投影された。


 俺は撃ち合いで顔や腕を見せる赤軍連邦の兵士を狙い撃った。


 敵からの銃撃が怯んで散発的になった。


 俺は前に出たい思いを抑えながら、通法通り物陰から物陰へ移動する。


 俺が撃った兵士は狙い通り腕や脇腹を怪我をしていた。


「動くな。銃を捨てろ。」


 相手は銃を手放さない。


「革命万歳。」


 血とともにそんな言葉を絞り出す。


「あっそ。」


 俺は相手の銃を蹴り飛ばした。


 あっさり銃が空を飛ぶ。俺はKB48を空中でキャッチした。


「そのまま寝てろ。」


 何か説教したところで馬の耳に念仏だ。


 俺はここで尻子玉から妖力をだし、視覚を切り替えた。


 オーラにつつまれた人の形をした空洞が見える。


 オーラは妖力を内側から発生させずとも身体の表面から自然に蒸散されている、らしい。


 つまり、生きている奴は皆オーラを出している。俺はそれを探知機として使った。


 立て続けに精密射撃で敵を狙い撃ち、相手から銃を奪うと、敵が拾えないように味方の方へ投げた。


 俺の背骨を濡れた手が掴んだような感覚が、ふいに俺を襲った。


 俺が遮蔽物から様子をうかがうと、ツチブチの奥から、深海の中を思わせる青黒いオーラが見える。


 奴だ。切人きりひとがいる。


 腐った水の匂いまで感じられて、視覚を元に切り替えた。


 俺が暗がりに赤外線ビジョンを使用する。闇には最強だ。体温で相手がわかるのだから。


 近藤軍曹と高橋が闇に射撃する。


 切人と赤軍兵士に弾があたっているはずだが、身じろぎもせずこちらに応射している。


 おかしい。


 俺は視覚を切り替えながら、どういう仕掛けか見定めようとした。


 赤外線では敵は複数だ。


 オーラではでかいのが一つ。


 ということは、切人は幻を見せているかもしれない。赤外線も誤魔化せるのか?


 俺は単発に切り替えて、オーラの中心を狙った。


 撃つ。


 弾が当たらない。


 まるで弾が切人を避けてるようだ。


 そんなんありか?


 俺は切人の所へ接近しようと走ったが、途中で強い抵抗を感じて立ち止まった。


 これ以上近づくのはやばい。そんな感じだった。


 パワードスーツ隊の真下軍曹と鮫島が立ち止まる俺を脇に突っ走っていく。



 …なんだ?このひどい胸騒ぎは。



 線路脇から悪意を感じる。


 ヘルメットの機能を使ってズームして見れば、壺が置いてある。


 線路脇だけではない。複数箇所に土塊をそのまま焼きましたという感じの壺が置いてあった。


 奥の切人が笑ったように見えた。


 …しまった!罠だ!


 壺型爆弾が派手に爆発した。


 衝撃と破片が一瞬で拡散する。


 気がつくと、俺は地べたに倒れていた。


 装甲は破損し、息をしてわかったが、肋骨が折れているかもしれない。


 システム、駆動系ダメージ

 ガス検知


 アラートが鳴る。


 ガスだと?


 何とか立ち上がる。


 俺は周囲を見回した。


 直撃をうけたらしい鮫島が倒れ、ヘルメットの脱げた真下軍曹が空中を見つめて陶酔している。


「軍曹殿?」


「♪恋は〜エモーション〜抱きしめてあの街へ〜。」


「真下軍曹!」


 揺さぶったが反応がない。


「真冬にりんごが揺れてるぅ、可愛いほっぺのあなたー。」


 駄目だ。完全にラリってる。


 何かのガスを吸ったせいかもしれない。


「ヒッヒッヒッ。」


切人は引き笑いしながら、左手にゴブレットを、右手にはルガーの親戚みたいな拳銃を構えてこちらにやってくる。


 俺は銃を探した。


 破片をかぶった小銃が。コンクリートに挟まれていた。


「欲しいよな?銃が。」


 切人はわざと大げさに肩をすくめた。


「俺の拳銃の腕を試すなよ。取りに行こうなどと考えないことだ。」


 俺は胸元をみた。


 紐を通してペンダントにしたドラゴンのタリスマンがある。


 オーラ視するとタリスマンは真っ赤に光っていた。


 俺はタリスマンを胸から取り出して、手に握った。


「よう、カエルの大将。」


 ビビったら負けだ。俺は勇気をだした。


「ヘルメットを脱いで、得意のヤモリ顔を見せたらどうだ?平野三平。」


「生憎ヘルメットこいつを気に入っててね。ガスと教えてくれてるのさ。あんたは健康そうだな。」


 ヘルメットのフィルター機能がガスを検知している。挑発にはのらない。


「このガスは魔術の儀式が使うもので、幻覚効果が抜群に強いのだ。この俺には効かないがな。」 


「そうかい。」


「貴様の顔が苦痛に歪むのを楽しみにしていたが、まぁいい。ここで死ね。」


 切人がルガーもどきを俺に向ける。


「おっと、待てよ。魔術で俺を殺すんじゃなかったのか?俺と魔術戦といこうぜ。」


「貴様…。」


 拳銃の銃口が怒りで震えている。


「俺の顔が歪むのをみたいんだろ?ヘルメットも脱いでやるよ。どうした?銃がないと俺に勝てないか?」


 俺は思い切ってヘルメットをオープンした。


 フィルター機能が切れたのだが、俺はそれすら利用して煽ってみせた。


「い、い、良いだろう。そ、そういうつもりなら、貴様の魂を悪魔ゴイログルに捧げてやる。」


 切人がどもりながら拳銃を捨てた。


 俺は息を潜めたが、それでもクラっとした。


 ゴイログルだか知らないが、俺がそんなものにビビるわけがないだろう。


 今なら取っ組み合いで勝てる。


 だが、俺の身体は動かなかった。


「!」


 金縛りにあったようだ。


「ろくな武器も持たずに魔術戦などとほざいた愚かさを噛み締めて死ぬがいい。ゴイログル、アガナイヤァ・ガァナグル・ニオブ!」


 何語か知らない言葉を喚くと、ゴブレットを下から上、右、左に逆十字を切った。


「ゴイログルよ、その腹に贄を与えん!」


 切人が呪文を唱えると、闇にいるはずもない存在が現れた。


 蛸の目をしている、と思った。ならあのくちばしは鳥でなくイカか?


 目と嘴に特徴を持つ容貌が、イソギンチャクの触手に縁取られてフワリと浮いている。


 大きさは2メートルを超えていた。


 こんな生物はいないし、妖怪にもリアリティというものがある。


 一方で、奴の様子からするに本物らしい。食われるわけにはいかない。


 どうする?


 俺は手の中のタリスマンに力を込めた。


 タリスマンから熱を感じる。


 オーラ視すると金森を思わせる赤いオーラがタリスマンから放射され、俺の身体に絡みついた。


「それが貴様の武器か?しょっぱいな。」


 切人が俺をあざ笑う。


 このタリスマン、どう使うんだ。




 私を投げつけて!




 はっきりとした文字が頭の中に浮かび、俺はタリスマンを切人に投げた。


 タリスマンは夕日のオーラを射出し、霊的世界で爆発した。


 現実の世界では火花をパチっと上げる。


「ぬう。」


 切人が額を抑えた。目潰しならぬ霊的な視覚潰しを受けたようだった。


 俺の身体が、動く。


 俺は素早く切人が落とした拳銃を拾い、発砲した。


 パンと銃のトグルが上下し発射した弾丸は、切人を迂回する軌道を描いた。


 俺は化け物にも発砲する。


 2発撃って、化け物は頭を回転させるだけで効いてない。


 俺は弾かれたように小銃のもとに走り込み、コンクリートの隙間にある銃を取り出した。


 フルオートで撃つ。


 銃弾が切人を避けていく。


「ハッハッハッ。魔術戦の最中だぞ。それに、この俺に物理攻撃が効くとでも思うのかね?」


 その時、銃弾の風が俺を過ぎて、切人に降り注いだ。


「おい、大丈夫か!?」


 パワードスーツを着た近藤軍曹と高橋がやってきた。


「貴様、動くな!」


 軍曹と高橋は銃を構え、切人を拘束しようとにじり寄る。


 化け物が滑るように高橋の前に来た。2人には化け物が見えていない。


「危ない!」


 俺は叫んだが、化け物は高橋の胸にくちばしを突き立てた。


嘴は装甲をやすやすと突き破り、背中まで貫通した。


 イソギンチャクの触手が高橋にまとわりついた辺りで、軍曹が胸に穴のあいた高橋を掴んだ。触手は軍曹をも絡め取り、2人が宙にうく。


 化け物を狙えば2人に弾があたってしまう。俺は高橋が落とした小銃をみた。銃に銃剣が装着されている。


 銃剣、風だ!


 俺は銃剣を拾うと、尻子玉に妖力をありったけ発生させ、風の五芒星を切った。


「風よ、力を!」


 地下に風が吹いた。


「何だと!?」


 俺の突然の魔術に切人が驚く。俺は夢中でオーラを放って風を保った。


 俺のオーラはいつしか緑色を放ち、腕につるやツタが絡みつくような、縄文土器の文様が浮かび上がる。


 水に風をぶつけた。


 力は相殺され、力場を失った化け物が重力に負けて地面にへばりついた。


 軍曹が絶命したであろう高橋を抱えて地に立った。


「切人を撃って!軍曹殿!」


 俺が叫ぶと呼応するようにフルオートの銃声が聞こえた。


 見ると、オーラを相殺された切人に銃弾が逸れていくも、やつの武器であるゴブレットの杯に亀裂が走っていた。


「平野三平!この勝負あずけよう!次こそ貴様の死だ!」


 分が悪くなって、切人が逃げの態勢に入った。


 切人の身体が絵の具を水に溶かすように滲んで消えた。





 クソ、あと一歩だったのに。





 俺はガスでふらつきながらも、味方の所まで移動した。

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