第27話 公安
謹慎がとけた。俺は報告書と反省文を提出し、深々と頭を下げた。
職務に復帰したが、問題行動ありで出世は当分ないだろう。まぁ、万年伍長でもいいさ。
俺はパトロールの任務をしばらく外され、パワードスーツの習熟と事務仕事を任された。
部下の日勤報告書などにお辞儀判子を押したあと、軍曹に書類をまとめて持って行く。
書類の整理や備品の管理など細々とした仕事をやる一方で、パワードスーツで身体を動かす。
パワードスーツで一人サーカスみたいな動きをやる俺と対象的に、適合率の低くスーツがお荷物になっている兵士が基礎運動に汗を流す。
適合率を高めるには、搭載されたAIの動きをある程度トレースするように動く必要がある。
俺のようにいきなりAIを感じ、AIと友達になれる奴は少ないらしい。
パワードスーツ同士の組手では、俺は尉官レベルの動きをしていると教官から太鼓判を押された。
右に左に体を入れ替えるように敵の攻撃をいなす。
逆に伸びた相手の腕を掴み、肩に胴体を背負うとそのまま地面におろした。
「ぐえっ。」
受け身をとって背中から落ちてもダメージを残す相手に、俺はトドメの拳を顔面に寸止めする。
「ま、参った。」
パワードスーツを着ている限り、負ける気がしない。猫背さえ矯正すれば適合率100も夢ではなかった。
射撃訓練は滅多にやらない。対人同士の格闘と運動でひたすら身体にパワードスーツを馴染ませ、適合率を上げる。
俺はアドバンスとして、スーツについた噴射口から空気圧で宙を跳ね回る重力翔びという技術の習得をしていた。
バク宙にきりもみ、噴射反転。
バッタの改造人間みたいな空中の動きに、下から歓声が響く。
スウィートフィッシュでさえポテンシャルを引き出せば幾らでも跳ね回れる。
最新型はなんと空を飛ぶらしく、天狗たち航空部隊と協力して天使討伐にあたっているそうだ。
俺はストレスをパワードスーツで吹き飛ばした。
「…
紡いできた 貴方との過去が
私の中で
言葉にしてみる それすらもやがて消え去って
甘いメロディだけが 響いてく
歌宮ヒカリでRefrainでした。提供は…。」
俺はラジオをつけっぱなしにして、妖怪魔術とやらを試してみた。
河童の妖力発生源である尻子玉に妖力を込める。
気とも違うはっきりとした感覚がある。
それは、昆虫が羽を広げるような感覚だ。人間には分からない。
視覚を妖怪化する。
俺の目は金色に光り、夜に適合した。
桿体細胞が僅かな光さえも受信し、色のない形だけの世界になった。
これが、妖力か。明かりがないとき便利だな。
ナイトスコープをかけたように、明かりもなく物がどこにあるか分かる。
かかっているラジオに神経を集中させる。
「あー、あーー、テステス…。」
なんと、ラジオから俺の声がした。
これだ。これが奴のからくりだ。なんだ、分かってみれば簡単じゃないか。
翌日。
「平野、お前の所に警察が来てるぞ。」
「どういうことです?」
「さあな。何かやらかしたか?」
「すぐ行きます。」
なんだろう?
「平野、入ります。」
俺がノックして部屋に入ると、髪を黒のセミロングにしたスーツ姿の『一つ目小僧の女』がソファの上で煙草を吸っていた。
「座って。」
「はい。」
俺が言われるままに座ると、女は煙草を消した。
「私は警視庁警備局公安課の金森と申します。」
女は事務的に自己紹介した。
「私に聞きたいこととは何でしょう?」
俺は言葉を改めた。
「貴方が見たという終末十字軍の将官についてお聞きしたい。」
「切人雷蔵ですね。」
「そう。」
金森は写真を机に置いた。
間違いない、切人だ。
「貴方は切人が赤軍連邦の兵士といるのを見ましたね。」
「はい。」
「その後、彼らとの接触はありましたか?」
「…ありませんでした。」
「そうですか?」
金森は俺の一瞬の沈黙を見逃さなかった。
「貴方は最近、謹慎を命じられてますね。その理由をお尋ねしても?」
謹慎のことを知っているだと?
ならば、この際だ。話してしまおう。
「はい。今思えばあり得ないのですが、暗くなった電車内に切人の姿を見たのです。」
「半透明の?」
「そうです。」
おや、公安でも知られているようだ。なら話は早い。
「ここだけの話にしてもらいたいのですが、確かに接触はありました。」
「それはどのような?」
「半透明の切人が私の家に現れ、私に魂の死刑とかで脅してきたのです。懐中電灯の光を浴びせた所、切人は悲鳴を上げて消え去りました。」
「貴方、奴のアストラル体に光を浴びせたの?それは効いたでしょうね。」
金森がククッと笑う。この言い草。
「金森さんは魔術をご存知で?」
「ええ、
間違いない。金森は魔術師だ。
俺は試しに尻子玉に気合をいれて、物質から霊的視覚に切り替えた。
金森は夕暮れの太陽を思わせるほどの赤いオーラに包まれていた。
「貴方…。」
俺の様子で、金森は気付いたようだ。
「『それ』はいつから?」
「切人と接触後、自分なりに調べましてね。結果はこの程度です。」
「科学に傾倒する世の中で、今どき、妖力を操れるのは才能だわ。魔術は遺伝によるものだけど、ご親戚に魔術師や霊媒師がいたんじゃなくて?」
俺は祖父を思い出した。祖父は困った人を畳の間に案内し、お経を唱えて手のひらに九字を切り、先祖の因果レベルの所から心身の健康を取り戻す手伝いをしていたことがある。
俺が中学にあがる前に病で亡くなった。俺の腕にお
金森は単眼の目を金色に光らせて
しまった、催眠だ。
「貴方の腕に古い文様があるわね。見せてみて。」
俺は暗示にかかり、ふわふわした気分で腕をめくった。
「こんなの観たこと無いわ。」
金森は俺の腕を触れる。
「植物の象形。縄文から続く見えない入れ墨。まさかこの目で見られるとは…。」
俺はふいに自我を取り戻し、腕をしまう。
「あの、話はこれだけですか?」
「え。いえ。貴方に捜査の協力をお願いしたいのだけれど。」
金森はばつの悪い顔をした。
「協力?それはどの様な?」
俺もばつの悪い気分になり、目を逸らす。
「貴方は理解したと思うのだけれど、切人は魔人切人を自称する終末十字軍の幹部にして、水を象徴する四元素を操る魔術師なの。終末十字軍はアバドンや天使を召喚することに成功した。街なかで天使を呼び出してテロを起こす可能性があるわ。」
「それを止める手伝いをしろ、と?」
「話が早いのは助かるわ。私は公安課の特定思想犯罪対策係。つまり、対カルト専門の魔術師よ。終末十字軍は赤軍連邦と和解、いや支配してハルマゲドンを加速化させ、滅びをもたらそうとしている。」
話が大きくなってきたな。
「切人はプライドの肥大した男よ。必ず貴方と接触する。今度は生身で、復讐のためにね。これを。」
俺の手に、お土産でも買わないような龍と剣をあしらったキーホルダーが手渡される。
「これは?」
「タリスマンよ。格好良くてイマいでしょ?」
イマいというよりイタいのだが、金森は本気で気に入っているらしかった。
「発信機でも仕込まれてるのか?」
「奴と会った時にわかるわ。肌身話さず持っていて?」
「そうか。」
こんなん嫌だ、とは言えなかった。
「何だった?」
鏡見軍曹が気をもむように俺に尋ねた。
「終末十字軍と赤軍連邦について聞かれました。」
「そうか。」
軍曹の文脈をみるにおそらく、守秘義務破りの捜査と思っていたらしかった。
「それ、何か格好いいな。」
…軍曹。意外な趣味をしている。
「ありがとうございます。」
俺はドラゴンのお守りを、ポケットに入れた。
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