第26話 謹慎
魔法と魔術はファンタジーでいうマジックとオカルトのマジックという2つの体系の違いにより、その意味を分かつものだ。
前者は創作であり、後者は実在の要素を多分に含んでいる。云々。
妖怪であるならば、大なり小なり誰もが妖力を備えている。
妖力は人類が手にすることが出来なかった所謂『魔力』であり、人間は魔術の儀式を行っても魔力がないため、自己の精神コントロールを保つあるいは崩壊させるに過ぎず、個人や集団でヒステリーを起こす程度であるが、妖怪には超常の力が発揮されるのだ。
古い魔術書に力が宿るというならば、古本屋で弾一つで買った黄ばんだ本には相当な力が宿るに違いない。
ナンセンスな内容にあくびしながら、俺は魔術の記述がある本をめくった。
超常のものを呼び出すのに、
直接神靈や魔物を魔法陣に呼び出す
そこそこ厚い本だが、まさか言葉の定義から入るとは思わなかった。パラパラめくる。
取り敢えず、何か使えそうなのはないか?
敵を知り己を知ればというやつだ。切人の倒し方が書いてあれば百点をくれてやる。
妖力の使い方の一例として、尻子玉の辺りに透明なボールを思い浮かべる。
それが上下左右に振動しながら、尻子玉、仙骨、2つの腎臓とその間、胸、喉(男性であれば喉仏)、額、頭頂へと昇っていくように、意識を上昇させていく。
このような瞑想をチャクラの観想法といい、人間では心身の健康を保つための瞑想だが、ここからボールでなく妖力を動かすことで、更に頭頂から幽体離脱することが可能となる。
尚、この瞑想法により幽体離脱が容易になる妖怪は枕返しや一反木綿が多い。
一反木綿に腎臓があるのかは知らないが、幽体離脱か。
とすると、俺が見た切人もそういう類の魔術で離脱した霊体だったのかな?
次々ページをめくる。魔術を用いた戦闘が書いてある。
魔術を用いて戦闘を行うのは、本来は好ましくない。魔術による主観の世界と主観の世界がぶつかり合う戦闘では認知の歪みあいにより、どちらか、あるいはどちらも狂気に陥るからだ。
魔術攻撃により認知が歪んで狂気に陥り、多重な精神疾患をかかえた廃人のことを、シュタイナーの学問に照らし合わせ、感覚即ち魂の死および意識即ち霊の死と呼ぶ。
要するに、魔術戦に負けたものは感覚が遮断され、妄想と狂気により霊を失い、肉体の死を迎えるまで生きた屍と化すのだ。
…あの野郎。
俺に魔術戦とやらを仕掛けて頭を破壊するつもりだったのか。
魔術的な護身術として一般的に最も簡単なものは、特に邪眼による魔術や呪いを受けた場合、軽度のものは木に触れれば良い。
太陽を栄養にする時に妖力は浄化されるのだが、大木ほどその効果は強い。
逆に、人工の施設で心霊が多い場所では壁などに触れてはならない。
災いや呪いが感染するように体内にうつることがある。
四元素系の魔術師は魔術の象徴武器を手にもつことが多い。
例えば杖が有名だが、短剣やコップ、五芒星や六芒星が書かれたペンタクルという護符といったものがあり、魔術の派閥によるが、杖は炎、短剣は風、コップは水、ペンタクルは土を象徴する。
一般的に四元素でも炎と土、水と風は相性が悪いためぶつけられると力が相殺される。
等等
何となく頭に入れておく。
まとめると、切人雷蔵はファンタジーの魔法使いもどきでなく、超常を起こすオカルトの魔術師で、妖力を使ってオカルトな力で攻撃している。
アバドンを召喚したのはオカルトな力なのかは分からないが、幽体離脱して俺の前に姿を現し、魔術で俺の心を攻撃しようとした。
そういうことらしい。
ここで本は警告書きがついた。
ここまで読んだ方に警告する。
人を呪わば穴二つというが、他人を安易に呪うのは危険である。
特に呪いに耐性のない座敷わらしは人を呪って攻撃するのを禁忌と心がけるべきである。
そう述べておいて、人の『正しい』呪い方が書いてある。
だが、
「ん?」
紙質の違うページにいきついた。背表紙に後から糊付けされている。
内容は妖怪魔術についてだった。
ほうほう。成る程。そんなものが。
謹慎が解けるまで、俺は本を読んで過ごした。
謹慎生活報告書に『読書し反省する』と書ける。
一石二鳥だ。
この際だから、メンタルを扱う所へ行くことも決めた。
精神科領域は戦傷によるPTSDだけでなく善と正義の象徴である天使との戦闘によるショック、それに付随しての聖書恐怖症なんてものまで需要が多く、必然的に投薬やカウンセリングを生業とする職業が増加した。
特に軍人は死と隣り合わせだったりするため、医官の中には精神科医のメンタルメディックもいるくらいだ。
俺は軍のメンタルメディックをやっている精神科医のもとを訪ねた。
待合室では心地良い環境音楽が流れており、診療となったら無機質な診察室ではなく本や調度品が温色に照らされる落ち着いた部屋の中で、精神科医の藤野先生と俺だけになる。
藤野先生は老齢で痩せているが目にも穏やかな性格の医師だった。
初めはどうしたものか言いあぐねていた。
だが、車内での切人の話をしても受け答えの具合が良いので、3日間通うことにした。
3日目にまたソファに座った時、俺はもっと本音を語りたくなった。
「秘密にして欲しいことがあります。」
「医師には守秘義務があります。街なかで殺人事件を起こした犯人ですとおっしゃられるのは困りますが、」
藤野先生は柔らかく冗談をいった。
「例えば、戦争をしていて戦友を見捨てたとか、殺してしまったとおっしゃる方はごまんと見てきました。」
当てられてドキッとした。
墓場まで持っていくには、俺には耐えられない。
俺はバルディエル戦で、戦友で悪友でもある山田太郎を、そして部下たちをも見捨てて逃げたことを正直に告白した。
「俺が助けていれば、最低でも山田は死なずにすんだ。部下たちももしかしたら。そう思うと酷く
「逆に、貴方が助けたときに、貴方諸共、共倒れになっていたかも知れない。」
俺は先生の顔をみた。今度は笑ってなかった。
「その時その時、その瞬間その瞬間の判断と結果は変えることはできません。問題は事実は事実として、もしかしたらというタラレバをお捨てになることです。」
「難しいです。割り切ることが出来ません。」
「割り切る必要はありません。人生には割り切れないこともあると自覚して、歩まねばならないということをお考えになって下さい。お酒は百薬の長ですが、万病の元もまた酒であるというのもお忘れなく。」
時計の小さなベルがなり、3日目の持ち時間が終わった。
久々に、何か報われた気分になった。
切人がどういうからくりでどうなってるかも掴めたし、有意義な謹慎だった。
俺は、久々に酒を
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