第25話 襲撃

 市鉄の警備で、いつものように私語をするでもなく、最前列の座席に座っていた。


 ふと視線を感じる。


 気配がしたので見回すと、誰もこちらを見ていない。



 変だ。



 嫌な予感がした。


 電線の関係で車内の明かりが消えた時、白と赤の十字をあしらった将官が、誰からも注目されず通路に仁王立ちしていた。


「!!」


 切人雷蔵が堂々とこちらにやってくる。


 俺は立ち上がるとホルスターに手をやる。


「平野伍長?」


 ホルスターのカバーを外して、9ミリ拳銃に手をあてた。


「平野伍長!」


 俺は切人のもとへ向かおうとすると、大田一等兵が慌てて俺にすがりついた。


「何してるんですか!伍長!」


「終末十字軍いるのが見えないのか、大田!」


「どこにいるんですか!?」


 俺はニヤつく切人を指さした。


 電車の明かりがつく。


「誰もいないじゃないですか?」


「何!?」


 俺が見ると、その空間には誰もいない。


 俺は慌ててホルスターから手を離す。


「確かに見えたのだが。」


「本当に、何してるんですか、伍長。」


 俺は目と目の間を押さえた。


「見つけたぞ。」


 そう聞こえて俺が顔を上げたが、突然ホルスターに手をかけた俺に怯える乗客の顔が見えた。




 やっちまった。




 俺はこってり絞られた。



 今回は戒告ということですんだ。


 もしホルスターから銃を出していれば、軍事警察による捜査があっていただろう。


「平野伍長に3日間の謹慎と減俸を命ずる。」


「…。」


 何もない空間に拳銃を抜きかけたのだ。


 カエル面に激して拳銃を抜かなくて良かった。


 抜いていたら、発砲していたらと思うとゾッとする。


「一度医者に診てもらえ。」


 尾身曹長は最後にそう言ってため息をついた。


 掃討戦での活躍から一変、失望させたのだろう。




 失意の中、自宅に帰る。




 自宅のドアが開いている?


 また嫌な予感がするが、銃をもっていない。


 いや、疲れているのか?


 俺は戸を開けた。




「!」




 居間兼部屋のちゃぶ台を挟んで、半透明になった切人が胡座をかいていた。


 今度こそ見間違えではないらしい。


「ようこそ、我が敵、平野三平。」


 切人は手を広げた。


 ここは俺の家だ。ビビってたまるか。


 俺は勇気をふり絞って部屋の中へ入ると、部屋の電気をつけようとした。


 電気がつかない。


「おっと、我がアストラル体は光に弱くてね。停電というわけだ。」


 カエル面はおどけてチッチッチと指をふった。


「なんのようだ。」


「立っているのもなんだ、座ったらどうかね。」


 俺が座ると、切人はふん、と鼻から息をふいた。


「単刀直入に言おう。君には死んでもらいたい。」


「はいそうですかと、くたばってたまるか。お前こそ、人相書きがカエルみたいなお前の顔を書いて、公安が捜査に乗り出している。大人しく縛につくか、いっそ現世すてて天国に行ったらどうだい。カルト野郎。」


「ヒヒヒ、魔人切人を前に啖呵を切るとはな。」


 切人が引き笑いした。


「死ぬといったが、それは魂の死刑でだよ、ヤモリ顔君。」


「魂の死刑だと?」


「アバドンに踊り食いになってもらいたかったが、パワードスーツを着た君のことを侮っていた。なので、ここで体でなく、魂と霊を破壊する。オーム、ハー。」


 切人が何か印を切り始める。


 俺は近くに置いてあるカバンの中身を思い出した。


「何のオカルトか知らないが、俺にも魔術は使えるぜ?」


「ほう。君に何が出来るのかな?」


「お前らの好きな、光あれ、だ。」


 俺はカバンから素早く懐中電灯を取り出し、ライトを浴びせた。



「ギャアアアア!」



 ライトの光が、腕で顔をかばう半透明の切人を切り裂き、切人か消えた。


「やってくれたな。貴様だけはこの手で、我が魔術で殺す。」


 声がする方向にあるのはラジオだった。奴はラジオから声を発していたのである。


「禅宗なめんな馬鹿野郎。2度と俺の家に来るんじゃねえ!」


 空間に中指立てた。戒告のお返しだ。


 半透明の切人がいた場所には、青く気味悪く光るスライムみたいな物質が残っていた。



 エクトプラズム。



 単語は知らないが、青いスライムはいきなりついた電灯の光で煙をふきながら消えていく。


 死線をくぐって肝っ玉だけは座ってきた俺だったが、スライムが不気味すぎて、そこにはしばらく座る気になれなかった。

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