第24話 守秘義務

「…

君の嘘は僕の真実 僕の言葉は君には嘘

僕は君のすべてを愛してる

心からの真実を嘘と笑わないで

…」


 パワードスーツでの人体拡張を覚えると、日常動作が重く感じる。


「…ニューマイカセをリリース、髭と淑女で嘘でした。提供は…。」


 新聞をめくるのさえ億劫おっくうになって、最近の若者らしくすっかりラジオ派になっていた。


「ラララ、ラジキン、ラジキン」


 ターンテーブルを回して名前が連呼される。


「ラジキンのラジオキングダーム」


 始まった。


「こんにちはから今晩はまでお届けするラジオキングダム、パーソナリティのラジキンです。」


 相変わらずの喋り。


 だが、今日の一押しコスメアイテムとかはどうでもいい。


 ラジオキングダム内で噂と称して赤軍連邦と終末十字軍が和平交渉をしているらしいと流れたらしいのだ。


 教えてくれたのは鏡見軍曹だ。


 軍曹までラジキンを聴いているのは予想外だったが、中学生になる娘さんがラジキンを聴いて皿ギャルになってしまって困っているらしい。


 いや、それもどうでもいいか。



 兎に角、ラジオでは噂レベルの話と銘打って、たまに突っ込んだ情報が流れる。


 今回はどういう情報を仕入れてるのか確かめてみようと思ったのだ。


「…皆さんを悩ませる地下生物に関してなんですけどもね。夕方6時台より特集でお送りします。」


 まだ時間があるな。


 俺は銭湯に向かい、打ち身のある身体を洗った。


 パワードスーツは使っていない筋肉まで使うため肉離れが心配だ。有料の薬湯にしっかりつかって疲れをとる。


 風呂上がりの牛乳を一気飲みして、マイレコのマイカセ再生機能でなく、ラジオ機能を使ってラジオキングダムを確かめる。


「最近トレてる人といえば、そうキッズルームオーケストラのお二方、ツカジさんとサトウさんです。今晩は!」


 よし、まだゲストコーナーだ。


 家路を急ぐ。


 2人ともヒライズミの出身だとか曲紹介だとか流れていき、地下生物の話題になった。


 地下生物の話はほとんど過去の話題の繰り返しといった感じだった、


「…最近出没した巨大生物、その第二回の駆除作戦の現場で、何と赤軍連邦の兵士がいたって噂まで立ってるんだから、驚いちゃうよね。…」


 何!?


 玄関口で俺は驚きの声が出た。作戦内容はもちろん軍事機密だ。


 やっぱりどこかで軍事情報が漏れている?


「ここで、地下生物学対策課課長の下谷亜太郎さんに話をお伺いします。今晩は。」


 後は地下生物アバドンの詳細や地下での市鉄インフラについてなどが並ぶ。部屋に入りながら、俺は何度も首をかしげた。


 何故だ。ラジキンだかスタッフだか放送作家だか知らないが、何故俺達現場の情報を知っている?


 聴く人が聴いたら、というレベルでのスクープ情報だった。


 俺は思わず耳を触り、さり気なくパワードスーツの通信のポーズをとった。


 軍曹でも梶原でもいい。誰かと話したい。


 翌日、俺は軍曹と昨日のラジオについて話した。

 やっぱり誰かが守秘義務を破っているとしか思えない。それで意見が一致した。


「ラジオキングダムは度々こういうスクープを話す。情報の出どころは知らないが、あながち嘘ではないのが気になっていた。」


「問題になりますよね。」


「ああ。どう考えても鉄道警ら内部の情報だからな。公安に目をつけられそうだ。」


 軍曹が肩をすくめた。


 陰謀を語っていては、心の疲れがとれない。


 俺は梶原に、試しに何か楽しいアニメとかないか聞いてみた。


「そうですね。楽しいなら子供向けとかオタク向けとか色々ありますが、」


 色々あるのか。すごいな。


「まずはミツバチ勧進帳とか如何です?」


「ミツバチのキャラクターで勧進帳をするやつだろ。子どもの頃にあったな。他には?」


「個人的には小説原作の銀の剣は君の口づけ、銀づけがお勧めなんですが、」


 略称のクセが強いな。


「ここはレンタルビデオ店で人間のアニメを見るのも一興ではありますね。神国のアニメなら妖怪画風さんとかカムナガラスタジオとかのメジャーな作品もお勧めです。まずはスタジオシムーンの怪盗二十三面相 サンジェルマンの塔をご覧になっては?」


「そ、そうか。怪盗二十三面相だな。」


「怪盗二十三面相は元が漫画原作でして…」


 梶原が見たこともないほどいきいきと喋る。


 アニメはアニメで、深い世界が広がっているらしい。



 休日。



 何だかんだで、ビデオ屋で怪盗二十三面相をかりた。


 ビデオデッキにテレビが矢鱈と流行っていた時代と違ってテレビが廃れているので、テレビを持っていない人にビデオ屋が個室を貸している所がある。


 そういう所はアダルトなビデオを見る如何わしい所でもあったわけだが、今では人間界のビデオを観る懐古的なサロンになっていた。


 ビデオを鑑賞した。


 錬金術師サンジェルマンのホムンクルスである不幸な少女と錬金術で製造された世界一大きなダイヤモンドとをラストで天秤にかけ、盗むのはダイヤより君の笑顔さ、と少女を助け出す活劇ものだった。

 

 怪盗二十三面相の血を嫌い平和を愛する所はわりかし好きだった。


 アニメは子供向けアニメでミリタリーでないやつを祖母と見ていたが、こういうのもあるのか。


 梶原曰く、オタク同士でアニメビデオを交換したり上映会やったりして仲間同士で語り合うのだという。


 そういう世界もあるということだ。



 楽しんだが、しかし、俺は終始、切人雷蔵の件が心に引っかかっていて、うまく休めないでいた。


 覚えたぞ、と言われ逃げられた。となれば、襲われる危険も出てきたということだ。


 パワードスーツを着ていたから顔は見られてないはずだ。河童というより車に轢かれたカエルみたいな奇怪な顔の切人が自分の家にくるかもと思うと、あまり寝付けなかった。


 俺は、名乗れと言われて思わず名乗った自分を呪った。スーツが作り出す無敵になった感じが、俺を大胆にしたのだ。



 パワードスーツを脱いで通常任務に戻るし、気にするまい。



 俺は自分をそう慰めた。

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