第21話 適性

 地下生物駆除作戦は、スリエルやオリゴエルだけでなく凶暴なアバドンも出現し、立案した軍トップとその任命責任追求として総理大臣が野党からやり玉に挙げられていた。

 一部の軍事作戦は国会を通すことが慣例化しており、遂行可能か、推定被害はどれだけか、それに見合った内容かが議論されることがある。

 シビリアンコントロールの歪んだ形で、議論すれば後手後手に回るとか機を逸するという意見もあるが、例えば地上での食料地の確保など生活に直結している議題も多く、食料が駄目になりましたなどと事後で知らされるよりマシだとの意見もある。

 誰もが地上の様子を知っているわけではないのだから、知らない層にはどうとでも言えそうな気がするが、俺の浅知恵では政治ははかりにくかった。


 人員は割けないが、装備は貸与できるらしい。

 地上から地下へのパワードスーツ貸出に伴う、パワードスーツの着用講習会があった。

 講習の責任者は、意外にもショートボブの若い女だった。髪を明るい茶に染めて、モデルのようにスラッとした体系をしている。

「少佐の雨村あめむらだ。」

 地下では滅多にみない佐官に、直立不動になる。

「お前達にこれから、パワードスーツを貸与するわけだが、正直に言おう。これを使いこなせることは期待していない。」

 正直すぎる。貴様たちでなくお前達と呼ぶのは、貴様と呼ぶのは相応しくないと世論で言われているだけだ。

「お前達の上の尉官クラスがぞろぞろとこれを着て、戦場を駆け回り、天使共と戦い、パワードスーツの中で死んでいく。それに比べて、地下にネズミや蟻みたいな奴らがでたからと、星のないお前達にこのパワードスーツを着せるというのは、パワードスーツに対する侮辱であり、恥辱だ。そう考える佐官もいることを肝に命じてもらいたい。」

 お上の偉っぷりな意見まで述べて、やだやだ。

「パワードスーツの着装には才能がいる。だが、着装するからには、命をかけて着て、命をかけて動かせ。駆動させるからには一つの気の緩みも許さん。以上だ。」

 ありがたくない訓示に一同敬礼で応える。それを少佐はため息で返した。なんなんだ。


 列をつくって何体か並んでいるパワードスーツを着る。

 軍事雑誌によれば、コツは身体に余計な力を入れずにパワードスーツに預けつつ、搭載された制御AIと二人三脚のつもりで駆動することらしい。

 パワードスーツを着て模擬弾入りの銃を構えて、短距離走、ジャンプ、射撃までをワンセット試す。

 入れ替わりで入るのだが、一番着るのに相応しいだろう百戦錬磨の軍曹たちが汗をかき、中にはパワードスーツを脱ぐなり嘔吐する者もいた。

 どんだけキツイんだ。

 思わずザワつく兵らに混じって、帰りたい俺がいた。


 次は俺だ。


 パワードスーツが人の形に開く。俺は背中をあずけるように背中から着装した。

 マスクが降りてくる。完全に閉じた。

 システム起動

 スーツ適合率、92%

 オールグリーン

 差し出された銃をとり、振り向く。

 力を抜いて足を上げ下げした。

 なるほど、こんな感じか。

 ついでに手足をぶらぶらする。

 スーツ着てないみたいだ。

「走れ!」

 俺がラインカーで引いた石灰の粉を踏むのに、7秒くらいだった。

「ジャンプ」

 勢いにまかせて飛ぶ。

 ぐんぐん天井が近づく。近づく。近…。おいおいおい。

 俺は天井にタッチすると、落ちる恐怖を感じた。

 姿勢制御、アクティブ。

 このまま着地してはまずい。前転だ。

 スーツから空気を吹き出しながら、鮮やかに前転して射撃にうつる。

 スマートリンク・アクティブ

 俺の目の焦点に合わせて照準がでた。

 小気味よく射撃した。途中で焦ってベタ引きしても照準は狂わなかった。こりゃ、楽だ。


 終わったが、いかん。怒られる。


 俺は呆気にとられた顔をしている皆のもとへ7秒フラットで戻って、スーツを脱いだ。

「すみません。スーツ壊したかも。」

 スーツを脱いでも、汗もかかない。

 スーツも同じく汗もかいてません、という風体で人形ひとがたの空洞を開けて立っていた。

「つ、つぎ、上等兵。」

 尾身曹長が上等兵を呼ぶ。

 雨村少佐は、猛禽類の目で俺を見ていた。

 やべ、目があった。

 俺は目を逸らして、居心地悪く終了の隊列に加わった。


「…

今回の試験は適性検査でもあった。諸君らはパワードスーツを着る難しさを痛感したことと思う。だが、安心して欲しい。パワードスーツに習熟するということは、地上での尉官クラスとタメをはる頼もしい戦力になるということだ。諸君らの一層の奮起を期待する。以上だ。」

「これをもって講習会を終わる。一同、解散。」


 ああ、終わっちまった。叱責タイムが始まる。

「平野伍長、君は少佐の所へ行くように。」

 尾身曹長が俺の肩を叩く。

「了解。」

 俺は肩を下げた。皆の顔が見れない。


「平野伍長、参りました。」

「お前か。お前にはもう一度スウィートフィッシュを着装してもらう。」

 スウィートフィッシュは貸与されたパワードスーツの通称だ。何世代か前の中古らしい。

 要は払い下げに近いが、それでは最新型はどれほど高性能なのだろう。

 俺は言われるがままに、緑を基調とするパワードスーツを着装する。

 適性率88%

 適合率の意味は分からないが、スーツと身長があってるとかかな。

 手足をぶらぶら動かしたり、腰をひねったりする。

 適合率上昇93%

 お、さっきより数値が上がっているらしい。機械の調子がいいのかな。


 俺はさっきの動作に加え、もも上げや体操、腕立て伏せからのシャトルランみたいな動作などを延々とさせられた。

 苦にはならなかった。背中に羽が生えて重力や体重から開放されたようだった。

「なんでこんなのが地下に潜ってたんだ…。」

 少佐の呟きをイヤーマイクが拾った。そう言われてもな。

 最後にフルオートで連続射撃をやらされた。

 照準に合わせて素直にトリガーを引く。

 反動がほとんどないとこんなに命中率が上がるなんてな。

 ど真ん中を撃ち尽くした。

「もういいぞ。」

 誰の汗かもしれない臭いに自分の汗の臭いが混じるかなという所で無線通信が入った。

「バク転して脱げ。」

 思わず空中でバク転してから装甲を脱いだ。


 早朝軽くランニングした位の気持ち良い汗だったが、居残りをくらった気分で気持ちは良くなかった。


 俺が少佐の所へ行くと、少佐がパンパンと拍手した。

「見事だ。どこで習った?」

「今日が初めてです。」

「今日が初めて…。」

 今度は絶句する。初めの冷徹な顔は消えてコロコロと表情が変わる。

「伍長。」

「はっ。」

「我々スマトッグや地上部隊では、広く優秀な人材を募集している。君のような逸材が地下に埋もれているのは惜しい。」

 少佐はホームマークが書かれた名刺を渡した。

「地上部隊と違って、我々は志願制でなりたっている。君がくるのなら、我々は君を諸手を広げて歓迎するが、どうか?」

 女性から口説かれるのは生まれて初めてだ。

「今日きて着装させて頂いたばかりですので…」

「そう言うな。私から認めるでなく歓迎するとまで言わせるのは珍しいことなんだぞ。」

 自分で言うなよ。

「はっ。考えさせて下さい。」

「…その口ぶり。アタシは佐官だぞ。入隊の意思を確認して即決以外で決まった試しはないんだ。それとも、あれか。地上部隊の野上とかに色目使われたりしたのか?我々のパワードスーツの方が最新型だぞ?あれだ、その、凄いんだぞ。」

 あれ、よく見たらこの少佐若い?

 もしかして二十歳はたちか、10代?

 いや、まさかな。

「はっ。熟慮の上、前向きに検討させていただきます。」

「政治家かお前は。」

「まぁまぁ、少佐殿。」

 雨村少佐についてきていた、最初見た時マジで逆だと思った壮年の尉官が取りなす。

「ここは後日、またの機会ということで。」

「だって、こんなのあり得ないじゃん。」

「昨日今日で入りたがる方が、珍しかったということですよ。」

「ひーらーのー。覚えたぞー。」

 引きずられていく少佐の恨み節に、俺はぞっとする。


 ため息一つ。

 俺は遅れて解散した。

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