第20話 葬式
何だかんだで家に帰れた。
酒、酒だ。
煙草は高くつく上に肺病で死ぬからやめた。
肝臓に悪いって?
いまの俺の気分を放っておいたら脳に悪い。
ラジオをつけた。
「…
わが心にも雨が降る 地面を叩くのが合図
兵隊さんが くるみを割るよ 土の下で
パパパパパ らったらたら ラッパ吹いて酔いて
パパパパパ らったらたら どちらさんもよろしくて!
…」
米塚謙信のドランクナッツクラッカーが流れる。
「よろしく
俺はラジオに文句を言いつつ、冷蔵庫から冷えたビールを取り出した。
俺は7.62mmボロカービン弾で買える酒類をしこたま買い込んで冷蔵庫に入れていた。
俺達は地下に住んでいるくせに、食料事情は『やや上昇』しているらしい。本当かよ。
ツマミもなくビールを飲み干す。
「かぁぁぁあぁ。生きてるぅ。」
これで焼き鳥があったら、俺は駄目になってしまう。
そういえば、焼き鳥もそうだが、現金や配給券で取引されるスーパーな所。あそこに並んでる米や野菜や肉などは地上のどこから仕入れてるんだ?
食料配給による国民の飢餓対策。
誰もが第二次世界大戦直後の日本を思い起こし、餓えて死ぬと言われていた。
結果は物価高騰と競争を避け、何とか食料だけは確保できていた。
取り敢えず、おべべ着て食いっぱぐれず住処があればなんとかなるものだ。
生産地だとか考えずに、値段と消費期限だけに集中すれば、それでいい。
飲食店でも原産地を聞けば、冗談でしょうお客さんと笑ってない目で言われるほどの謎だ。
トーチカから見ていた光景は確かに田んぼだった。じゃあ、家畜はどこにいる?
全て地上の恩恵とするには色々無理がある気がする。
輸入もほどんどないのに、どうやって?何故?
俺は冷たい日本酒もあけた。
胃の中でチャンポンして煮えた頭をチャランポランにする。
俺の疑問は宙に消えた。
明日どうせまた仕事がある。余計なことを考える余力はない。
兵隊さんは辛いよーまーた地獄をみるのかねー
気づけば見事な酔っ払いになっていた。
ラジオはつけっぱなしで、目覚まし時計だけつけて寝た。
翌日。
昨日の作戦の報告書に目を通した鏡見軍曹から呼び出された。
二日酔いで頭が痛い。
「上沼軍曹が亡くなった。」
「そう、ですか。」
覚悟はしていたが、上司の死に言い淀んだ。
軍隊は死ぬのも職業の内か?明日は我が身かもしれない。
兵士の葬式だが、幽世では戦死者は、死因の解剖などを受ける者もあるが、最終的に火葬され骨壷になって遺族の所に帰って来る。
骨壷が返ってくるならまだマシだ。
地上部隊ではMIA(作戦行動中行方不明)になる者も多く、田舎では帰還を遺族に諦めさせるために葬式を行う集落もあるらしい。
その寒々しさは想像したくもなかった。
「葬儀の出席は任意だが、上沼と俺は同期でな。お前にも出て欲しい。」
「私にも、ですか。」
「そうだ。」
軍曹は嫌われ役になることも多く、中間管理職として苦しい立場を味わうこともある。同じ『軍曹』として奇妙な連帯感があるらしかった。
「了解しました。参ります。」
「うん。」
軍人の身で戦友などの葬式に出ると、河童だけに天国に『引っ張られる』といって、縁起が悪いということがある。そのため、戦死による葬儀への出席は、国が定めた葬式である神国合同慰霊祭以外は任意とされた。
そして、葬式があった。
上沼軍曹には妻と2人の小さいお子さんがいた。
陽向教だったらしく、遺影にライトが当てられ、焼香する所もライトで照らされていた。
位牌があり、戒名に陽の字が入っている。
お焼香をするわけだが、最後に太陽に見立てたライトに向かって手を合わせる。
香典が銃の弾の時は御霊前と書かれた白い巾着に入れて渡すことになっているが、俺は銃の弾でなく現金を香典袋に入れておいた。
銃の弾より使い勝手がいいし、何かと物入りだろう。香典の相場を知らないので、多めに包んでおいた。
遺族に礼する。子供が立派に腰から礼をし、小さい子が敬礼して見せた。
俺はそれをみて、ああ俺は家族は持たなくていい、と思った。残された者を思うと、生涯独身でも構わない。
俺と梶原は鏡見軍曹につれられ、おでんをご馳走になった。
「諸君、今日はありがとう。上沼に。」
鏡見軍曹と俺達はコップを掲げ、上沼軍曹に、と乾杯した。
俺は牛すじをしげしげとみつめてから食った。
本当、牛の肉なんてどこから来たのやら。
梶原が辛子をつけすぎて鼻をツンとさせた頃に、軍曹がポツポツ語りだした。
「…上沼は母子家庭でな。家族を持つのが夢だった。長男に続いて、次男の
「何でしょう。」
俺が相槌をうつと、鏡見軍曹はため息をついた。
話したくても話そうとすると辛いこともある。
「俺はサッカー出来るくらい子供が欲しいから、他人行儀にお祝い渡してたらお前の財布が空になっちまうぞ、だとよ。こんな所で戦死するやつじゃなかったんだ。」
俺はおでんの卵をつつきながら、鏡見軍曹の独り言みたいに話す言葉を傾聴する。
「話は変わるが、噂があってな。あいつが現場にいたヤハタ(※タヌシマル方面)で、アバドンとスリエルに囲まれた赤軍連邦の将官らしい制服をきたやつをみたらしい。操っていたとか吹聴する奴もいてな。」
アバドンというのは白い化け物の通称だ。
そして、軍曹が俺達を葬式に呼んだ理由を察した。
なにか見てないか、と言いたいのだ。
「赤軍連邦かどうかはわかりませんが、将官の制服を着たやつなら見ました。一瞬だけですけど。」
「本当か?」
「あ、僕も見ました。」
梶原が手を上げた。
「赤軍連邦じゃなくて、
反キリストを掲げる終末思想のテロリストだ。反キリストで十字軍とはややこしい名称だが、ハルマゲドンがきてからノストラダムスの大予言の記述にある、アンゴルモアの大王に忠誠を誓う武装集団である。
キリストの神が偽の神ヤルダバオトであると主張し、真なる神とアンゴルモアの大王を同一視し、
有り体にいって、毒電波な思想を垂れ流していて頭がイかれてるとしか思えない。黙示録が起きた当初から存在し、国家内乱罪で解散命令が出ているが、今だ健在している息の長いテロリスト集団だ。
共産主義の赤軍連邦とは犬猿の仲である。
見慣れない将校の制服だったが、終末十字軍だったか。
「そうか。なるほどな。」
「軍曹殿はどうしてそんなことをお聞きになるのですか?」
梶原が突っ込みにくいことを尋ねた。
「ん。まぁ、ちょっとな。」
鏡見軍曹はコップのふちを舐めるように酒を飲んだ。
「俺は、その十字軍のやつが今回の掃討戦で何かやったんじゃないかと思ってる。お前達の見間違えでなければ、そいつは化け物に襲われていない。操るというのも、あながち間違いではないとも思ってな。お陰で裏がとれた。ありがとう。」
そう言いながら、軍曹が
あの化け物共を操る。そんなことが可能なのだろうか。
梶原が箸で大根を割きながら、納得顔の軍曹を見た。
「なんだ?梶原。」
「いえ、普段より軍曹が優しいものですから、つい。」
「馬鹿、勤務は勤務だろ。勤務外でも厳しくしてどうすんだよ。ねぇ、軍曹殿。」
俺が口下手な軍曹の代わりにおどけて軽口を叩くと、軍曹がやっと笑った。
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