第17話 伍長
「…
真夜中のベル 貴方が鳴らす
高鳴る思い ring a bell,you're the one.
真夜中のベル 聞こえてますか
刹那の僕ら ring a bell,you're the one
心変わりを する前に I love you
…」
ラジオから歌宮ヒカリの真夜中のベルが流れる。新生R&B系アイドルという触れ込みで流行り、秘密の恋というラジオドラマの主題歌だった。
試験明けの俺は夜、ボーーーっとしていた。
戦争はまず悲惨な出来事があり、軍記物が示すように華々しい活躍もある。
そのどちらかで無い時も、ここにある。
ボーーーっと生きてんなら、それでいいよ。
年寄りは皆そう
そうだ、映画だ。映画を観よう。
この時間なら映画をやっている。
「きばれ! 虎となれ! 正義の人よ!
やったれ! 今こそ! 爆雷回し蹴り!」
劇中歌が流れる。
レイトショーで観た吠えよ猛虎は子供向けのカラテアクション映画だった。同時上映はアニメで、水と炎の守り人ブレスというらしい。
正直期待はしてなかった。ミリタリーな映画が見たくないだけだ。
戦争になると、娯楽に飢えだす。
軍記物や戦記物で痛快活劇をやりだし、国は国威を掲揚する内容に満足する。
軍国少年は戦闘機にヘリに天狗の
歩兵部隊にはパワードスーツも運用されてて、将来は空軍や地上部隊に行くんだと息を巻くのだ。死亡率高いのに。
戦艦は無い。
痛ましい話だが、天使によって全滅した。代わりに戦艦や空母が空を飛ぶ荒唐無稽な話が人気だ。
俺が映画でミリタリーを観たくないのは、祖母がミリタリーを嫌いだったのもあるが、観ててどうしてもプロパガンダが入った話になりがちだからだ。
国が検閲しなくとも映画スタジオが忖度すれば、どっちみち見え透いたような内容になる。
大学の先輩の受け売りだが、プロパガンダが入ってて、普通はカサブランカみたいな傑作にはなりえないのだ。俺もそう思う。
「水と炎が 混ざる時
あの子は 絵の具握って
水と炎が 混ざる時
…」
エンドロールが流れる。
チケット代を考えて、この際だからアニメまでしっかり鑑賞した。
アニメも子供向けかと思っていたら、結論として反戦的だった。アニメの方が邦画より尖っててどうする。
だが一方で、露骨な反戦をやった尖った映画は配給打ち切りになることがある。
水と炎の守り人ブレスは巧妙に戦争物と思わせて、最後は空から落ちてきた機械の少女と小国のお転婆姫とが和解する話だった。
素朴な内容だが、敵と戦って死ぬくらいなら逃げて生き延びてという台詞はラジオドラマでは放送コードに違反する。
ふと隣をみたら、チェック柄のシャツや部屋着のようなトレーナーを着た職業不詳の大人が涙を流していた。
成る程、これがオタクか。感受性豊かだな。
りんごプロのフレンドだったりするのだろうか?
そう思うと同時にライトがついた。
喫茶店に寄る。
珈琲をブラックで飲む。
空からの恐怖を光で覆い隠そうと、これでもかと電飾で着飾った、眠らないでなく病んで眠れない街に身をまかせるつもりで一人夜時間を楽しんだ。
下士官になったのか、落ちたのか。
まんじりともせず、ただ下士官選抜試験について仕事仲間から絡まれては、そのたびにやり過ごす日々を暫く送った。
「平野伍長、おめでとう。平野伍長の今後の活躍を祈って 万歳!」
「万歳!」
万歳は3回あった。
受かった。受かってしまった。
俺は伍長になった。
下士官になったらもう引き返せない。
徴兵された中で上等兵でちょっと有利、後は休役除隊といって予備役扱いに戻れば就職でも有利。
福利厚生ばっちりな世界にランデブー。
それが消えたのだから。
身体をどこか失って負傷理由に除隊することでもなければ、終わりの見えない戦争下で退役するまで勤め上げなければならない覚悟がいる。
あるいは死か。
スリエルと交戦しバルディエルから生き延びた特別上等兵は生涯兵士として手元に欲しい。
要するに、そういうことだ。
おまけに伍長の初任務は、スリエルの本格駆除ときた。あれは天使の一種だと確信しているが、市の見解はそうではないらしい。
下手をうったら、スリエルの腹の中で2階級特進で曹長だ。オリゴエルの腹の中もあり得る。
…神様は何で腰折れした詩のように、俺の人生を試練と皮肉と嘆きで一杯にするのか。
いいさ、戦い抜いたら、皆で日光浴だ。
俺は開き直ると共に、家で酒をたくさん飲んで吐いた。
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