第16話 試験

 下士官の選抜試験を受けた。

 推薦までされて落ちた奴がどんな目にあうか、身の保身のためには頑張らざるを得なかった。

 葛藤は後回しにして、まずはベストを尽くす。


 筆記は銃器を含む装備の扱いや軍に関するものを必須として、社会に科学に数学に時事問題と一般教養問題まで選択式で広く出題される。

 筆記は簡単で突破しやすい上等兵への選抜試験と違って、下士官選抜試験の筆記の一般教養は幾問かわざと大卒レベルの問題がでていた。

 軍に入ってきた奴で頭のいいものを勉強ではかるためだ。IQテストめいた問題もでる。

 上等兵ではやる気が大切だが、下士官はやる気だけでなく、指揮官としての戦闘技術と地頭の良さを図るのだ。

 ユニークなのが地雷問題という奴があって、弾の目詰まりに銃口を覗いて確認するだとか、常識的にやってはいけない選択肢があり、地雷問題を2問選ぶと落ちるようになっている。

 大学に在籍していた身として過去問を見たが、慌てるほど難しい問題だらけというわけではなかった。

 確かに難しい問題はあるが、大半は過去問から丸々出ていた。

 過去問さえ勉強すれば、取れやすく代わり映えのない問題と答えが並んでいる。ここまできたら手抜きに近い。


 近々問題になるんじゃないか?やり玉にあげられる前で良かった。

 本番では解けた、と思う。


 問題は実技と体力テストだ。

 実技試験では銃器や兵器の正しい扱いを実物や模造品を用いてテストされる。曹長は実戦経験でとか言っていたが、正確にはバルディエルこと天使との交戦をもって、兵器として当然使用したとされるものに関する実技試験の一部が免除されるというものだ。

 無くなったわけではなく、また、スリエルとの戦闘はスリエル自体が新しいため戦闘経験には入らない。


 上等兵の選抜試験以来、お久しぶりです迫撃砲、お久しぶりです模擬火炎放射器だ。妖怪同士での殺し合いにしか使わないだろ、こいつら。

 取り敢えず全てシュミレーション通りにキビキビとやった。


 そして、一番の懸念である体力試験、フィジカルテストに合格するのは、軍曹並の体力がいる。

 俺は20代だ。体を張れる年である。

 腕立て、腹筋、ランニング走、フル装備で小銃を持ってのランニング記録といった定番のものから、人形の重りを持ち上げ移動するレスキューリフト、4.5キロのボールの背面投げ、シャトルランといったものまで。


 徴兵に基づく基礎訓練プログラム、所謂ブートキャンプを受けた時、俺のせいで俺の訓練隊だけ居残り訓練させられていた悪夢を思い出す。

 集団の冷たい視線とヒートアップする教官の怒鳴り声を浴びながら、上から垂らされた綱に張り付いて登ろうと頑張った。登りきった時、こんな所来たくなかったと色々呪ったものだ。

 そんな調子だったから、軍隊の上等兵になったこと自体が奇跡であり、狂気だったのである。


 総合評価での合格のため、運動試験で高得点を狙って周りの河童が猿の様にひょいひょい運動する中、俺は頑張ったとしか言えない。


 受かったかどうかは微妙だった。

 下士官候補生のなかで予備役から一等兵を飛び越し上等兵の地位で入ってきた大卒組が、勤務年数も少ないはずなのに受けることが出来ていたのが印象的だった。

 大学で選抜試験が受けられるように改正された影響だろう。士官は士官学校を出るか、大学卒業後に士官養成プログラムという准尉待遇の候補生の現地訓練を受けて士官選抜試験をうけるようになっている。

 つまり、下士官選抜は就職も駄目なら士官も駄目になった大卒の落ちこぼれが受ける試験と化していた。


 そんな奴らには負けてないつもりだが、受かったら受かったで、天国の婆ちゃんになんて言われるかを想像してげんなりした。


 20数年も続く終わりのない天使災害、戦災と慢性的国民徴兵は、余程引き締めないと練度がバラけ、質が落ちていった。

 また、訓練の費用対効果から、軍備するにあって当初議論があったようにリクルート制が望ましいと俺も思った。

 今でも世論は志願制の方が良いと言うが、天使が襲う限りは徴兵して一定数の兵の確保が国としては必須らしかった。

 つまり、多少破綻していても徴兵はする。そういうことらしい。

 大卒のなんちゃって下士官も破綻の一つとみていい。山下『もと』伍長も大卒の下士官で軍事マニアだったが、スリエルと戦ってみせた彼は例外だ。

 万年一等兵の『おすけ』は一番嫌いだが、星が多いだけの『キラキラ星』は軍隊では総スカンをくらう。

 多分、それが分かってない。


 面接は狂った下士官やイカれた下士官をつくらないために行われるもので、簡単そのものだった。

「最後に、下士官として職務を全うする上での貴方の抱負や信念を聞かせて下さい。」

 何それ美味しいのという感じだ。

 もういいや、この際だから俺の願いを述べてしまおう。

 落ちたら落ちたでどうにかなるさ。

「自分は下士官になったら、皆が安心して日光浴でも何でも自由にできる安全な社会を目指して職務に一層邁進いたします。」

「ほう?」

 精神科医が何か書いた。余計なことを書くなよ?


 開放された時、上を向いたが空はそこに無かった。

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