第15話 下士官

 翌日、夕方になって俺は実家を後にした。

 お兄様こと一平の家族が来るらしかったが、仕事がある。

 タヌシマルとテンジン間の市鉄が通っていたから、帰りはスムーズだった。

 夜家に帰ると、ラジオをつけた。

 話題はやはりスリエルとミミズの化け物だった。

「…これを受けて統括政府ではこの巨大生物の名称をオリゴエルと発表し、また各市では地下生物に関する相談と駆除のため、軍の協力のもと、地下生物対策課を発足すると発表しました。」

 YHKからラジキンにチャンネルを変える。

「今週のミュージックベストテーン!」

 明るい方がいい。

 俺はラジオを聞きながら、明日に向けて準備した。

「今週の第十位は5ポイントアップ、ダブルクリックでChop it out!」

 派手なロックが流れる。

 焼酎をグラス半分に飲みながら聴いていたが、1位は聞き飽きたりんごプロの熱視線だった。

 今年はYPOPで軒並み新曲を出すことが減った印象がある。

 何故かは分からない。

 その代わり熱狂的なファンが多いりんごプロやセクアチことセクショナルアーチのアイドルソングが上位を占めていることがまた増えた。

 生演奏だと音程を外すりんごプロの歌は聞けたものではないのだが、フレンドという狂信的なファンはそれが良いと絶賛している。

 一方、セクアチは美形の河童を集めた男性アイドルグループだ。好きだぜ☆BABYというふざけた曲でデビューしてから、ダンスライブに握手会やサイン会、あの手この手で生き残っている。

 電車同衾の仕事の最中、セクアチのダンス行かなくてもテレビで楽しめるんでしょ?テレビが楽しみ!と女性が相手と話していたのを耳にしたから、テレビ復活の時には人気に拍車がかかるのだろう。

 米塚謙信や歌宮ヒカリなど、やっと各ジャンルでまともに音楽やる個人が出てきたのに、下手ウマなアイドルを00年代みたいに売り出すのはやめてほしかった。その頃は年齢一桁で音楽知らないけどさ。


 そう言えば、チラシで見たが、妖画徳宝から久しぶりにミリタリーでないアクション映画が公開されるらしい。タイトルは吠えよ猛虎。縦縞のズボンをはいたムキムキの主人公と、キャッチコピーで悪い奴らをしばき倒せ!とある。休みの日にでも見てみるか。


 酒がまわってきた頃合いで、俺は寝た。


 翌日の朝礼で、尾身曹長が射撃の練度が落ちている云々とのありがたい訓示があるだけでなく、山下伍長の三等軍曹への昇進を祝って朝から万歳三唱があった。

「平野、ちょっとこい。」

 朝礼後、尾身曹長が俺を呼ぶ

 呼び捨ては大した話ではない。平野特別上等兵、ちょっと来いは叱責だ。

「はっ。」

 曹長は警ら隊の実働員のまとめ役だ。

 軍曹を指揮することで全体の指揮をとる。叩き役の最上位ともいえる。

 そんな地位の人から言われることは、想像するに固くない。下士官選抜試験だろう。断らなきゃ。


 曹長の部屋にノック。失礼しますで開いて礼しドアノブを掴んで小さな音でドアを閉じて、敬礼。

「平野、参上しました。」

「うん。」

 曹長は入ってきた俺に、手で座るよう命じた。

「失礼します。」

「うん。」

 皆の前では厳しい顔をするが、本来はおっとりした性格の尾身曹長は、指を組んだ。

「平野くんは下士官になる気はないかね?」

 出たよ。そうくると思ったんだ。

「下士官は責任ある職務ですので、自分のようなものが目指すには重荷かと…。」

「いやいや、君はよくやっている。バルディエル戦で生き延びたあと、心身を壊して除隊するものが多かったのに、うちでもスリエルを相手に引かなかった。」

 曹長の机には、下士官選抜試験の願書が置いてある。

 しまった、ハメられた。逃げられない。


 軍曹は何故鬼か。現場を統率し下っ端を制御し舐められないようにするためだ。曹長は何故神か。現場を知り尽くしているからだ。

 軍隊は下士官が一番キツいと相場が決まっている。


「これ、願書。試験は体力試験のほかに実技と筆記と面接。推薦するから。実技の方は実戦経験で免除されるし、面接で落とされることはないから。ま、身体鍛えて勉強してね。」

 俺は生来勉強が苦手なのに。大学試験でもギリギリだったのに。ついてない。

「スリエル駆除で軍の地下勤も人手不足でさ。頼むよ。」

 曹長の頼むよ、は命令と同じだ。殺し文句である。

「願書頂きます。」

「うむ。」



 婆ちゃん、ごめん。結局、ノーとは言えなかった。

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