第14話 帰郷

 地下から駅につく。

 駅の交番にいき事情を説明したあとは、ひたすら事務的な作業が続いた。

 赤軍連邦を目撃したため、取り調べに熱が入ったが、地図を広げられても曖昧にしか分からなかった。

 防衛大臣いわく、シビリアンコントロールの観点から警察と軍は同等の立場なのだが、俺の軍人それも特別上等兵という立場が効力を持ち、地上に出たことや一夜過ごしたことはやむを得ないこととして不問にされそうだった。

 陽向教の事は言わないでおいた。


 開放されたのは昼すぎだった。

「友達に連絡したら、迎えにくるって。」

「良かったじゃないか。」

「三平はタヌシマルに行くの?」

「そうだな。俺も電話口で心配されたよ。」

 俺は苦笑した。

「まぁ、まずは風呂屋で洗濯を試すつもりだ。さっぱりしてから家に帰るよ。」

「そっか。」

 手軽な通信手段はないし、個人端末はポケベルやショルダーフォンの後継機が昔はあったが、地下に入っては個人の連絡は公衆電話と手紙に終始した。

 軍隊では最新の端末もあるのだろうが、つまり、あらゆる出会いは一期一会ということだ。

「帽子はやるよ。大事にしてな。」

「今までありがとう。」

 俺はサチの差し出した手を握り、笑顔で握手した。


 サチと別れた後、風呂屋では血のついた服を見られてぎょっとされた。身体を洗うと脇腹を怪我してたり細かな傷があり、石鹸の泡を赤くした。湯船には入らなかった。

 洗濯の方は、漂白剤をたっぷり入れたが白い下着は赤っぽく残ってしまった。だが、軍服は血痕が目立たない。どうせ血痕がつくならオリーブドラブではなくいっそ黒とかの方が目立たない気がした。

 最低なのが革ジャンだ。タオルが真っ赤になるまで血を落としたが、こいつはクリーニング行きだな。クリーニング屋の嫌がる顔が目に浮かぶ。


 何だかんだで時間をくったが、タヌシマルまですぐだ。事故で市鉄が使えないため、割高だが民間の車両に乗る。

 久々に利用する民間の駅は、派兵されるのかと言わんばかりに乗客と銃が並び、銃や弾薬の販売の声が響き、銃にライトをくくりつけた警備員が線路を出て警戒にあたっていた。

 田舎でさえそうなのだから、テンジンはどれほど厳重かを、俺は想像した。

 田舎から田舎へ移動するので車両はさほど混雑してはいなかった。

 私鉄の良いところは網目のようになった線路から乗客のニーズに答えて最短で駅から駅へと移動する所で、市線よりも急ぎの便も出る。

 パンタグラフのない所が多いため、電動の4輪駆動車を先頭に、腰掛けのついた柵の台車を引く。

 外から丸見えだが、地下の移動は安全だとされていた。スリエルや地下生物が発見されるまでは。

 今は一応、電車型に囲まれた車両に乗れるようだった。

 俺は音楽を聞くような気分になり、持ってきたテープからスタンド・バイ・ミーのカバー曲を聞いた。



 タヌシマルに無事ついた俺は、無言で実家を目指した。

 父は小さな町工場の職員で、家は高祖父の代は金もあって地元の名士だったらしいが、曽祖父、祖父の代になるにつれ順調に没落していき、今は財産が全くない家になっていた。

 父の勤める工場は、軍事特需があるかと思われたのだがしかし、軍用品をネジ一本扱うだけで市により理不尽に接収されるおそれがあるため、民間の受注のみで辛うじて運営していた。

 商売は軍に媚びるか関わらないか、後者の実践編といった感じらしかった。

 お兄様こと一平は大学で何かに目覚め、卒業後ジャーナリストを名乗ってどこかにいる。今頃、海外の妖精とか亜神の国かもしれない。

 平次は家を飛び出してからどこかに勤めてるとかいないとか。彼女とうまくいってるといいけど。

 地下では広い家の引き戸を開ける。

 帰ると、母が出迎えてくれた。

「三ちゃん、おかえりなさい。大変だったわね。」

「ただいま帰りました。親父は?」

「まだ帰ってきてないわ。」

 火葬も終わったことを聞くと、俺は線香をそなえ、位牌に手を合わせた。

 写真の祖母は聡明な河童に見える。まだボケる前の写真を使ったらしかった。

 お骨での再開。

 亡骸でも、大好きだった祖母に最後に触れたかった。無念だ。


 小さい頃は、ハルマゲドンの最中でも平和を感じていた。

 タヌシマルはタバルやクルメやトオノと違って戦禍が少なかったし、祖母は柔和で優しかった。

 兵隊にとられるのを心配していたのも、祖母だった。俺は生来勉強が苦手だったから、認知症が出る前の祖母の気を揉んでいた。我ながら罪深いと思う。


 大学に行くから兵隊にはならない。


 呆けつつあった祖母は、俺の言葉を理解したのか分からないが、独特の笑顔を俺に見せてくれた。


 それから、大学で揉めたり金で揉めたり親と揉めたり色々あって、今は軍隊で特別上等兵だ。人生何が起きるか分からない。



 婆ちゃん。



 思うとようやく涙が出た。



 夕飯を食った。久しぶりの父の顔は老けていた。母は疲れた顔をしている。

「地下鉄の事故では大変だったんでしょう?」

「あぁ。」

 母の言葉に俺は飯をかきこんで応える。

「ラジオの乗客の読み上げしぼうしゃの中に三ちゃんの名前がなくて良かった。心配だったんだから、お父さんも本当に心配して」

「余計なことは、言わんでよか。」

 親父が母の言葉を遮る。

「…最近はどうしてるの?」

「軍に入ったあと、テンジンのトーチカ勤務をしばらくしてたけど、バルディエルの件があって目茶苦茶になってさ。鉄道警ら隊に補給で異動したよ。」

「鉄道警らっていったら、お父さん、エリートですよ。」

「あくまで補給だから。また異動になるかも知れないから。」

 俺は父の様子をうかがった。父は俺との距離をはかりかねているのかもしれない。手先は器用だが不器用な男だ。

「うん。ま、頑張れ。」

 そういうと、父が豚肉の天ぷらをがぶりと食った。

「うん。頑張るよ。」


 今日二度目の風呂をすませた俺は自分の部屋の布団にゴロリと横になった。そして、天井のシミをぼーっとみる。

 テンジンと違って、ここはまだ平和の空気が残っていた。

 だが、巨大なミミズの化け物、スリエル、赤軍連邦がいる。知らないだけで危険が可視化されたのだ。

 小さい頃は平和だった?

 違う。知らなかっただけなのだ。

 地下にうごめく悪意の群れに、俺はどれだけのことができるというのか。

 俺は、ため息をついた。

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