第13話 陽向教

 地上は草々が生えていたので、アスファルトに沿って歩いた。

 空気は地下よりうまく、冷たい。

 アスファルトの面積がしっかりしてきた。

 俺達は廃墟になった町の駐車場で歩みをとめた。

 ここならマシだろうか。

「ここなら休めそうだな。」

「歩いたぁー。」

 サチが地べたに座り込む。

 無理もない。

 火をおこすことを考えた俺は、カバンの中にマッチがあることを確かめた。今は煙草を吸っていないが、習慣というやつはありがたい。

 看板の柱になっている木や、廃屋に見えている木材などを持ってくる。底が抜けてるがドラム缶もあった。ブルーシートでまともなやつも持ってくる。

 木材とドラム缶を持ってきて、軍手代わりに手に巻いたタオルを引き裂いて火のタネにする。

 タオルに火をつけ木材を焚き木にし重いドラム缶をかぶせると、煙突効果で勢いがついた。

 後は燃えるものを適当に入れていく。地上に軽犯罪法はない。


「あったかい。」


 サチが手をあてて喜ぶ。

 俺は煙を吸って軽く咳をした。

「しばらく暖まったら寝よう。」

 俺達はお茶を分け合い、ブルーシートにくるまるように寝た。最後はドラム缶の近くにいるだけでも暖かさを感じた。




 朝。

 日差しで目を覚ます。

「ふぁーあ、寒い。」

 勢いにまかせて野宿と言ったが、ブルーシートごしでも地べたで寝るのは最悪だった。

 ここにきて、俺の革ジャンや軍服が血で汚れているのが気になった。洗濯で落ちればよいが。

「おはよう!」

 滅多に拝めない太陽を、サチは俺より早く起きて味わっていた。

 サチは両手を広げ、目を開けたり閉じたりしながら、全身で太陽を感じている。俺はそれが美しい儀式のように見えた。

「ふふふふふ。」

 サチのテンションが上がってるのをみて、俺は思った。



 天使を滅ぼして、皆に紫外線浴でなく日光浴をさせたい、と。



 月並だったが、思ってしまったのだから仕方ない。

 俺は太陽に向かって背伸びして、深呼吸したあとパンパンと軽く柏手をうった。正月ではないが、願いたくなる光だ。

「よし。」

 気合を入れた。


 地上には妖怪の気配はなく、天使もいなかった。

「こんなに天使がいないなら、皆で地上に上がればいいのに。」

「市民が勝手に地上に上がると、天使に襲われた時に軍や市が責任を負う羽目になる。市はそう考えているのさ。」

 サチは俺の気持ちを代弁したが、俺はその意見に反対せざるを得なかった。

「三平は天使と戦ったりしたことある?」

 タメ口くらい許していたら、とうとう呼び捨てにされた。

「まぁな。死にかけた。」

 俺は声では苦笑したが、太郎の顔を思い出すと笑えなかった。

「ふぅん。どんなやつ?」

「テンジンを襲ったバルディエルってやつだ。」

「ラジオでやってた!戦死者多数の大厄災だったって!…ごめん。」

 俺の顔が怖くなっていたらしい。謝られて頑張って体裁を繕った。

「いいさ。終わったことだ。」


 やはり人が住んでいないと町も荒れるものらしい。

 地下に行ける階段がないか探す。トーチカなどの防空場でもいい。

 ゴーストタウンを進んでいて、俺は地下鉄への階段がある事を予想した。

 果たして階段はあった。そして、鬼や河童がいた。

 俺とサチは遠くから様子をうかがう。

 皿ギャル同様古式ゆかしい皿を頭にのせ、白地に太陽マークのついた長衣を着て、皆で太陽に向かって手を合わせていた。

「お坊さん?」

「かもな。ちょっと行ってみるか。」

 俺はカバンに手を突っ込んでリボルバーを握ると、僧侶らしき集団に近づいた。

 俺とサチの姿をみた集団は驚いて、幾人かは階段へ逃げたが、代表者らしき老河童がやってくる。

「こんにちはー。」

 サチが挨拶すると、老河童が手を合わせた。

「こんにちは。お二方はどちらからいらっしゃったのかな?」

「妖怪メトロで昨日事故にあいまして、地上に上がって駅へ通じる所を探していたんです。」

「そうでしたか。事故のことはニュースで聴きましたが、無事でいらっしゃるのはお天道様のお導きですな。南無大日如来。南無大日如来。」

 俺はカバンから手を離した。

「こちらで何をなさってるんですか?」

「私どもは陽向教ひなたきょうのものです。」

 地下に住み着く上で、日光が恋しくなるあまり宗教ができてしまうのは、ある意味道理かもしれない。

 陽向教はお天道様つまり太陽を本尊とする新興宗教だ。教祖として東雲行人しののめぎょうにんという男がはじめたのだが、行動原理が太陽に向かって祈るというものであり、市の勧告を無視して地上にあがるなど問題行動も多い。

 先祖代々禅宗の俺は陽向教などではない。純粋な気持ちで太陽に願ったのに、新興宗教の迷惑行為と一緒にされてたまるか。そう思った。

「地下の駅か交番へ行きたいのですが、階段から行けますか?」

「ええ。勿論。案内して差し上げたいが、甲羅干しの会の最中でして。」

「そうですか。階段を利用しても?」

「ええ、いいですよ。」

 軍属の任務以外の妖怪が地上に出るのは軽犯罪になるのに、いいですよも何もないのだがせっかくの好意だ。

 俺とサチは階段を降りた。

 後ろではお題目を唱える声が響いていた。

 

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