第12話 地上

 発光型の腕時計を見ると、午後6時を回っていた。


 時計は昼夜のない地下では必需品だ。


 中には一周24時間を刻む時計まで開発されている。人気なのはライト付きの時計や蛍光時計だった。


 俺の時計は盤の上に小さな窓が開いていて、太陽と三日月のマークで昼夜を知らせるタイプだ。重宝している。


 通過したトロッコの眩しい光に比べたら、懐中電灯の灯りは頼りない。


 俺達は無言で線路を歩いた。


 しばらくして、懐中電灯が線路脇の倒れた人を照らした。


 死体だ。


「酷い。」


 サチが顔を逸らす。


 彼らは赤軍軍服を着ていた。俺は顔を歪めた。




 総括そうかつ




 それまでの活動の評価や反省を意味する言葉だが、赤軍連邦では内部での粛清を意味する。


 要はリンチだ。定期的に内部の者を殺すことによって兵と思想が先鋭化し、歯止めの効かないテロリストになっていく。


 見ていて気分の良いものではない。


 ここは線路をメインにあちこちに横道小道が走っていた。


「市線にどこかつながってないかな。」


「うん。」


 俺は急に妖怪の勘が働いた。


 何故連中はこの場所で総括を行い、死体を置いてった?



 ここは、ヤバい。



「ここを離れよう。」


「え?」


「来た道を戻ってもいい。兎に角離れるんだ。」


「三平さん。何言ってるの?」


「死体を食うやつがいるかもしれない。」


 ここまで言って、サチの顔色も変わった。


「ヤバいじゃん。」


 そこかしこで気配がする。


「こっちだ。」


 俺達は急いで、誰もいないとわかる道、つまり来た道を戻る。


 一度聞いたら忘れない甲高い声がして、死体のあった場所に何かが群がった。


 そっちに懐中電灯を向けるほど馬鹿ではない。


 ガリガリという咀嚼音が小さくとも耳に響く。




 俺の中に確信が芽生えた。




 赤軍連邦はスリエルのことを前から知っている。

 総括の実態はラジオでも取り上げられるところだったが、たくさんの死体をどう処理しているかは疑問だった。


 総括など無いと言い張るシンパまでいたが、これが答えだろう。


 懐中電灯に手を当て光をわざと小さくしながら、音をたてないように、しかし素早く立ち去った。




 結局、タヌシマル方面へと向かう。


 時折、線路に耳をあてて震動を確認するが、乗り物がくることはなさそうだ。


「足が痛い。」


 サチがホコリを払う動作と共に太ももを触る。


「駅はどのくらい先だろうな。」


 だいぶ歩いたはずだ。


 タヌシマル方面へと向かってはいるが、民間の線路が駅に辿りつくかどうかは定かではない。


 とはいえ、小道を試して迷子にでもなったら困る。


 サチは歩きながら懐中電灯を灯りにコンパクトを出して顔を写した。


「やだ。ぐちゃぐちゃ。」


 髪を手櫛するサチに、俺は疑問をいってみた。


「そういえば、なんでガングロにするんだ?」


「ガングロにするのって黒皿っていって皿ギャの間で流行ってて、お日様当たってる感あるし、美白とか普通の化粧と違って、おっさんに媚び媚びな感じしないから好きなんだ。」


「成る程な。」


「それに肌が黒い方が美人に見える顔つきとかあるし。私は肌がもろグリベだから黒くしたいかな。」


「グリベ?」


「グリーンベース。肌の色の違いで、グリベとピンべがあるの。」


 ピンベというのは、ピンクベースということなのだろう。


 河童の肌は緑が基本だが、女性の河童の中にはピンクの肌もいる。


 人間のように人種で決まっているわけではないが、地方によってはベージュ色の肌もいる。


「三平さん。グリーン・イエローだから化粧したらあうよ。」


「男が化粧か。」


「なんで?化粧水だけでもすれば?」


「考えとくよ。」


 市鉄の駅につけば最高だったが、赤軍連邦のアジトに向かっている気がして、俺達の声は小さくなっていった。


「風?」


 サチが横道を見た。


 地下ではあらゆる所に換気口や通風口がある。それとは別に地上につながる階段では風が感じることがあった。


「地上につながっているなら、出てみるか。」


「えぇ、危なくない?」


「このままアジトにでも行ったほうが危ないさ。出てみよう。」


 俺とサチは階段を上がる。


 出口は地下とは違う暗闇があった。




 地上だ。




 田んぼだったらしい土地には野放図に草や木が生え、荒れに荒れて自然にかえっていた。


「星、綺麗。」


 満天の星空が広がっていた。信じられないほど美しく、俺達はしばらく上を向いて立ち尽くした。


「飯はないが、水筒にお茶ならある。天使もいないようだし。今日は野宿してみるか。」


「賛成。」


 感動したのか、サチは目を擦って笑顔になった。

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