第10話 事故

 悲鳴を聞くもなく、駅をすっ飛ばして電車が走る。


 3両目に飛びついたスリエルの一群が2両目のドアをけたたましく体当たりした。


 甲高く不快な叫びがこだまする。これがスリエルの鳴き声か。


 俺はホルスターをベルトに下げると、44マグナムを取り出した。


 車掌よりデカい拳銃を取り出しておいて、どこか気恥ずかしい気分になる俺と裏腹に、管轄が違う同僚兵士が83式をあっちだこっちだとせわしなく構えた。


 スリエルの叫びがそこかしこで聞こえ、警笛の長い音が身をよじる巨獣の咆哮を思わせた。


 皿ギャルやジャンパーの下にボディコンシャスドレスを着た女を守るように、男達が円状に広がる。




バンッ!




 2両目最後尾のドアが破られ、スリエルがなだれ込んできた。


 壁を走るように接近するスリエルに銃が火を吹くも、勢いが止まらない。


 接近するスリエルを射撃しながら先頭車両へと逃げていき、車両間の扉を閉じると車両が鍵をかけた。


 また、ドアを破ろうとする音が響く。


 銃を持った男達が集まり、槍衾のように銃を構えた。


「くたばれ!」


 いかにもその筋らしい赤ら顔の鬼が先んじて、金色の趣味の悪い拳銃を扉の透明な部分に当てて発砲した。


 俺のマグナムに負けず劣らず大口径のそれは扉に穴を開け、スリエルの頭を破壊した。


 仲間がやられて興奮したのか、スリエルが扉が変形するほど殺到してきた。


 赤ら顔の鬼は慌てて後ろに逃げようとしたが、上から下に倒れた扉の下敷きになった。


「撃て!」


 一等兵の声に従い、一斉射が始まった。


 踏ん張るように構えたマグナムの44口径スペシャル弾が音速の勢いでスリエルに命中する。



 1発、2発、3発!



 マグナムより弱装のスペシャル弾だが、太い口径にストッピングパワーが働いて、群れの来る勢いが止まる。


 4発目はスリエルの頭に近づけて撃つほど近接しており、射撃から接近戦になりそうだった。


 角刈りの男が懐からドスまで取り出してスリエルの喉をつく。別のスリエルが男にかぶりつく。


 先頭車両内の群れは数えるほどになったが、2両目最後尾から切れ目なくスリエルが入り込んできていた。


 いきなり地面が悲鳴をあげた。急ブレーキしたのだ。


 俺は他の者同様、思い切りコケた。


 運転席の方へと転がる。


 どうしてと思う間もなく、電車は巨大な何かにぶつかった。





 止まった。





 衝撃から身体が動くまで、時間がかかった。


 幸い俺は電車内のポールや座席にぶつかることは無かった。


 運転席はひしゃげて見えず、乗客は死傷者が出ていた。


 曲がったポールにぶつかり首や頭の骨を折って死んだらしいスーツ男や、重なって倒れ下敷きになったらしいボディコンの安否を叫ぶ皿の割れたギャル、他にも血を流して倒れた乗客やスリエルで車両の地面は赤くヌルヌルしていた。


「いてて。」


 身体に疼痛以外どこも支障のないことを確かめると、床に落ちた拳銃を握り直して立ち上がる。


 外へのドアが壊れて開いている。一旦俺は外に出た。


 車両は2両目が途中から折れ曲がってテンジン行きののぼりの線路へとまたがり、3両目がトンネルの壁を破壊して道を塞いでしまっていた。

 大事故だ。助かったのは奇跡だった。


「キャァアア!」


 悲鳴を耳にして、慌てて電車の中へ急ぐ。


 中では上半身だけになったスリエルが、這いずりながら皿ギャルへ向かっていた。


 俺はスリエルとギャルの間に割って入ると、スリエルを軍靴で蹴り上げ、銃を構えた。


 スリエルは唇を歪めると、男の裏声に似た震え声をあげ、俺は銃を撃ち込んだ。


「聖なるかな。」


 そう言った。確かに聞こえた。


 意味が脳を通るにつれて、俺は寒さ以外の理由で震えた。




 無事なのは俺と、高校の紺ブレザーの制服を着崩したギャルしかいないようだった。


 俺は見つけた自分のカバンから軍帽を取り出して被り変えると、ギャルにトラッパー帽を差し出した。


 下着姿の人に上着を与えるようなものだ。頭の窪みをさらすものではない。


「ありがとう。」


 ギャルはそれだけ呟くとトラッパー帽をかぶり、俺と外に出た。


「なに、これ。」


 車両はタヌシマルまで超え、更に何駅かオーバーして進むが、急ブレーキして何かにぶつかり止まった。


 その原因を見た。


 身体に節のある巨大なイモムシかミミズに似た化け物が、列車と正面追突していた。


 イモムシの胴体にも、きっと小さな翼が生えてるに違いない。


 こいつが何匹もいると想像した俺は、愕然となった。


 地下街の交通手段が、インフラが、途絶えようとしている。


「小道があるはずだ。脇線じゃなくてそっちに行けばどこかの街につく。」


 独り言に近い俺の言葉にギャルが頷いた。


「おにいさん、あっちだ。」


 ギャルの指差す方向に、今度は俺が頷いた。

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