第9話 市鉄道

 軍にも忌引がある。

 祖父母の葬式は喪主でなければ1日。

 金曜日に取れば、土日勤務ではないので三連休が取れる。それなら帰っても問題あるまい。


 第二次世界大戦は約6年続いたが、黙示録はあと5年で30年が経つ。大戦の約5倍だ。

 平和を知らない子供達が、そのまま兵隊にとられることも多く、世論は厭戦に傾きつつあり徴兵制は残っているが段々『ゆるく』なっていった。

 進学や就職をして、戦闘が激化したとき妖怪神国国軍予備役として徴兵されるパターンが増えた。

 中には生まれてから一度も徴兵されずにすんでいる者もおり、それが非国民扱いされることがなくなった時代に生きている。

 選抜試験などという昇進試験を受ける酔狂なやつは滅多にいない。本気で軍に入る奴は士官学校へ行っている。

 俺は祖母の葬式のためにタヌシマルに帰ることにした。


 地名は幽世AポイントBポイントと呼ぶ代わりに、河童がいた里の名前、タヌシマル、ワカミヤ、チガサキ、イワイズミといった日本全国の地名がついている。

 似ても似つかないらしいが、海に面した所でヨコスカなんて地名もある。日本に行ったことのない俺だが、港のヨーコがどうとか歌う歌で知っている所だ。鮭の入ったたい焼きことサーモン焼きが美味いらしい。


 俺は葬式にオリーブドラブ色のいつもの軍服で出ることにした。

 公務ではない者が私用で何かに参加するときは軍服の上に官給品でなく私服に見えるジャケットを着るのが望ましい。守られていないことが多いが。

 俺は襟に人工毛皮ファーのついた革ジャンを着た。背面にトーチカの模様がある人気のデザインだ。ミリタリーだが、官給品ではない。

 軍帽は鞄にしまい、流行りのトラッパー帽を被る。

 後はスリエルに備えてだが、83式は現場でしか携帯されない職場の銃だ。警ら用の9ミリ拳銃も職場にあって持ち出せない。

 俺は大学の先輩に勧められて大枚払って買ったダタラM29という刑事映画のパチモノ44口径リボルバー拳銃を持っていた。


 マグナム弾を撃てるモデルだが、弾の生産が少ないため弾丸をわざわざ受注生産しないといけない。

 射撃場で最初こそ喜んで的にマグナムを撃っていたが、経費の高さから安くて流通のあるスペシャル弾に変えていき、最後は飽きて小箱の中に閉まっていた。

 人間界のオリジナル品であれば目の飛び出る価格で取引されているだろう骨董品だ。

 鉄道警らで乗車時の拳銃携帯を必須とする旨を受けたとき、この銃を悪気なく持っていって年配からキャラハンかお前は、と小馬鹿にされて以来封印してきた銃でもある。

 その年配からしばらく三平イーストウッドと揶揄もされた。

 カバンが重くなるけど、この際だから持っていくか。俺はスペシャル弾と共に気付けに持っていくことにした。


 カバンの中にホルスターごと突っ込んだとはいえ、武装した俺という気分で電車に乗ったものの、市鉄の中は物々しい雰囲気だった。

 銃が入ってるだろうズタ袋やカバーをつけた銃と分かるものが、座席に立てかけられたり肩に下げられていた。気分は戦争だった。

 電車の先頭車両の角に座席があり、鉄道警ら隊の隊員が2名乗っているのだが、ラジオでの宣伝が効いたらしい。

 また、自衛を思うと当たり前の行動なのだろう。


 着物を着た中年が、老人に席をゆずるガングロの皿ギャルに驚くのを横目に俺はイヤホンをつけ、マイカセの再生ボタンを押した。

 CDが衰退してマイクロカセットテープレコーダー、マイカセが今の主流だ。

 ロックバンド、ダブルクリックのギターと叫びが耳をくすぐる。

 電車は何事もなく数駅過ぎて、タヌシマルまで後3駅。暗闇に紛れて痴漢を働く輩はいない。逮捕するのが警官でなく軍人だからだ。

 法律上警官が逮捕しても軍人が逮捕しても罪は変わらないが、噂では軍人が逮捕した方が量刑が重くなるとのことだった。

「Terrible kisses そして ガラスの eyes 地獄を彷徨う俺のただ一つの愛’s」

 テープがハードロックを奏でるとき、電車の外で物音がした。

 電車は線路に沿ってタイヤで走る仕組みになっている。線路がなくなった時には電気自動車のように走ることも可能だ。

 小石の音以外比較的静かな市鉄の外で物音とは尋常では無かった。

「あれ、スリエルじゃないか?」

「スリエルだ!」

「ヤバいヤバい!」

 テンジンから離れて少なくなった乗客が声をあげる。

 電車は3両編成で最後の車両は貨物となっている。俺は2両目の中程に座っていた。

 スリエルを目撃したらしい市民の一人が先頭車両へ急ぎ、気の早いスーツ姿の男が薄いガンケースから銃を取り出した。M1カービン銃の新品。どこでそんな綺麗な銃を、という位ニスが光っていた。

 俺はテープを止めてマイレコをカバンに入れると、そのままカバンの中に手を入れて銃のホルスターを探した。

 銃把の尻を腰のベルトと紐で結んだ38口径のリボルバーを手にした車掌が83式を手にした警ら隊員と共に確認に来た。

「どこでしたか?」

「窓の外でした。灯りの下に何匹かいたのが見えたんですよ!」

 電車の窓は安全上開かない。

「通り過ぎたんだから、大丈夫でしょう。」

 車掌は無責任にそう言うと、スーツの男に銃をしまうよう手で制した。

 ゴツッガタンッゴリゴリゴリッ

 嫌な音を立てて電車が何かと接触して引いていった。

 車掌と兵士が窓の外、下の辺りを覗き込む。


 ガッ


 ガラスに人の顔がへばりつく。

「うわッ!」

 車掌が思わず窓に銃を向けた。

 窓にはスリエルらしき泥と黄土色の肌が、ガラスを挟んで電車の明かりに照らされていた。

 一斉に銃を構える。


 ガッ  ドッ  ゴッ


 電車の警笛と共に、鈍い音がそこかしこに聞こえた。

 音の正体はスリエルの群れの体当たりだ。

 妖怪メトロは走る棺桶になりつつあった。

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