第8話 ラジオ

 鉄道に現れた鼠の天使スリエルの話は、新聞やニュースラジオで瞬く間に広まった。

 人々は恐怖し、市鉄の中でも小銃を袋の中でなく肩に下げる者まで出た為、治安のために小銃は袋の中へのポスターが壁に貼られる始末だった。


 数日後、俺は新聞派だったが、夕方のラジオを捻った。

「ラジキンのラジオキングダーム!」

 流行りのポップチューンからファッション、噂話まで扱うワイドショーラジオの代表格というやつだ。

 皆さんのお耳の恋人ラジキンが喋りまくる番組で、音楽紹介やゲストとのトークを含めて夕方から夜にかけて絶大な人気とトレンドをもつ。

 皿ギャルの今、市長の批判すれすれの政治ジョークなどを飛ばしつつも、話題の中心はスリエルにあった。

「地下にうごめく巨大な生物の噂はあったけど、まさか本当だったとはねー。ここからは地下生物学の権威林洋一先生をお招きして、スリエルについて語っちゃうよ。」

 地下生物学とやらも知らないが、林洋一という男が挨拶もそこそこにスリエルの話を始めた。

 スリエルは尻尾を除く体長80から90センチの巨大な鼠に似た化け物で、顔は人間に似ていて体毛がなく、また背中には小さな翼があるが、空を飛ぶようにはつくられていない。地下の電線整備で初めて遭遇し、犠牲者まで出ている。


 電線整備のくだりを聴いて俺は驚いた。情報が漏れているのか、犠牲者のことまで具体的だった。

 陽気なアメリカ人を声優が吹き替えたようなラジキンの喋りも、ここにきて若干トーンをおとした。

「我々はどの様に注意を払えばいいですか?」

「今回の生物は群れで生活しています。出来れば安全な市営鉄道の使用をおすすめしますし、個人トロッコの方は武装して乗ることが肝要になると考えられます。また、市ではテロリストやアナーキストに備えて小銃であっても銃の携帯許可制をとると、今度の市議会で決定されましたので、市民な皆さんは是非、銃の携帯許可証を持って正しく銃を携帯しましょう。」


 テロリストやアナーキストという文言を聴いて、林という男は市の職員ではないかと考えた。

 結局、その後も林は拳銃同様小銃も無許可で携帯すると警察が逮捕することになったぞという市の宣伝に終始した。


「今後の皆さんの安全のために、皆さん銃の携帯許可証を市役所で取るようにしましょうね。林さんありがとうございました。ここで一曲、上念けいなでHABOTAN」

 夏に恋をして冬に花開いたとかいう少女の恋歌が流れる。昭和歌謡曲は90年代に過ぎて、日本のPOPリバイバルが一昔、今は山下達郎や角松敏生の系譜を称するYポップや、米塚謙信という音楽業界の革命児の音楽が最先端をいっている。アイドルソングからは歌宮ヒカリが頭一つ出ていた。

「光を浴びて いつか 雪に踊るの ハボタンのように」

 短期間にやたらと流行ることをトレンドする、トレると言うのだが、この曲がトレる理由は地上への憧れだろう。地下に雪は降らない。そのへんは米塚謙信のPayBackや髭と淑女ひげしゅくのBeyond The Cradleに似ている。

 贅沢品であり生活必需品の焼酎を飲む。

 酒は好きだが強くはない。

 プレハブ小屋でボンヤリしていると、小屋前の郵便受けに手紙が入る音がした。

 郵便屋の電動キックボードの音を聞きながら戸を開ける。

 手紙を確認すると、チラシに紛れて手紙があった。


 部屋に戻って手紙を開けると、手紙は珍しく両親からだった。


 故郷で認知症だった祖母が死んだ。


 葬式の日付があったが、それはスリエルに襲われた翌日だった。

 郵便の遅延があることは前々から問題になっていたが、ここまで遅れているとは。

 すぐに知らせが届く機械でもないものか。

 俺は恨めしかった。

 安全で平和を感じられた故郷タヌシマルからここテンジンまで鉄道で数駅もある。

 ラジオではラジキンがYHKテレビ創設を華々しく喧伝していた。

 俺は顔を下げた。

 涙は出なかったが、頭を上げることが出来ないでいた。


「ラジオキングダム今日最後の一曲、米塚謙信のバラードナンバー、花に足があったなら」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る