第7話 鼠の天使

 脇線Aだけでなく、他の脇線を全て確保した俺達が、第1分隊と合流するとなった時だった。

 爆竹が弾けるような破裂音が、遠くから聞こえてきた。

「こちら第2分隊。」

「こちら第1。どうぞ。」

「主線から銃声と思われる音を確認した。確認向かう。」

「確認よろし。」

 山下伍長はすぐさま第1に報告し、俺達は銃声の方へ向かう。

 市の主な線路が通るトンネルの大通りに出る。

 俺達は足音で銃声を聞き漏らさないように気をつけながら、なおも続く銃声の元へと急いだ。


 銃声は大きくなっていき、目視する前に『それ』を見た。

「何だ、これは。」

 銃によってできた死体が散乱している。

 一匹一匹が子供の大きさで、頭の大きく人間の子供のような、しかし、巨大なねずみにもみえる。

 鼠の背中に小さい翼が生えていた。

「鼠の、天使」

 恐怖に固まりそうになる俺達を動かすのは、銃声とオレンジ色の火線だった。

 頭にロシア帽を被った河童が二人。

 二人こぎの小さなトロッコの上からボロカービンを撃ちまくっている。

 鼠は群れとなって襲っていた。

「化け物が。」

 松尾が緑の顔を青くして、こっちに向きを変えた鼠の群れに発砲した。

 フルオートの弾が群れを襲う。

 発砲する時、フルオートの銃の命中率を上げ、無駄弾を抑制するために指切り点射という技術を使う。

 引き金を引いたり戻したりすることで、一度の発砲で3、4発程度弾が出るようにするのだが、興奮した松尾は引き金を引きっぱなしにし、数秒と言わず弾を打ち尽くしてしまった。

「射撃開始!」

 遅れて除く全員で発砲する。

「民間人と未確認生物あり。未確認生物と交戦す。」

 俺は第1分隊へ連絡する。


 ボロカービンこと広く流通しているM1カービン改の7.62ミリ口径に比べれば、83式小銃は5.56ミリと口径が小さい。

 弾を比較すれば5.56ミリの弾の方が軽く、持ち運びが小さく済むため携行性が高いといえる。また、フルオートで操作しやすい。

 地上に比べれば狭い空間でM16A2本来の連続射撃機構の3点射バーストで狙うよりフルオートで撃った方が制圧力があって良い。83式がフルオートなのはそういうせいだ。

 そんな軍の宣伝文句も聞こえそうだが、難点は一つ。

 軍人側がセミオートのカービン銃に慣れすぎて、指切り点射で弾を撃つことを怠りがちだった。

 松尾と福澤は引き金を間違えてベタ引きし、銃口が跳ねてトロッコ乗りを撃ちそうになった。

「リロード!」

 松尾が叫んだが、弾倉を交換して弾をこめる暇がない。牙を剥いた鼠はワラワラとこちらにやってくる。

「くそ!」

 同じく撃ち尽くした福澤が銃口を穂先のように鼠に突きを食らわせた。

 鼠は福澤のコートに噛みつき、厚手の布地を引き裂いた。

「うわぁぁ!」

 弾切れになった民間人が雄叫びをあげ、カービン銃を握って銃床で鼠に殴りかかった。

「リロードしろ!」

 山下伍長だけは冷静に、鼠に蹴りを入れつつ弾倉を交換した。見事な点射で鼠を殺傷する。

「第1、援護求む。」

 俺は無線の返事も聞かず、援護射撃で鼠に発砲した。

 その隙に松尾が急いで弾倉を交換し、チャージングハンドルを引いて弾を装填する。

 俺は足元に迫った鼠をフルオートで撃つ。ガク引きしてしまい銃弾が逸れながらも鼠の肉を引き裂いた。

 鼠はのしかかるように福澤に張り付いた。

 ヘルメットを齧られライトが割れる。民間人からは悲鳴が聞こえた。

「このっ!」

 ナイフを手に福澤の救出に向かう小島が、福澤から鼠を引き剥がした。

 福澤は顔を派手に出血させながら、手で顔を覆った。

「民間人!こっちへ来い!後退する!」

 民間人は言われなくとも俺達の背後に回った。トロッコに下げられたカンテラ型ライトの電球が割れる。

 作業場からの強い明かりに向かって民間人が逃げ出した。

「後退!後退するぞ!」

 山下伍長が叫ぶ。

 鼠に背中を飛び乗られて松尾がうめき声を上げる。ナイフを真っ赤にさせて鼠と兵を引き剥がす小島に群れが襲いかかる。

 俺は弾倉を交換し、慣れた単発で攻撃した。

 福澤の身体を引き寄せて後退という名の撤退にうつる。

「あぁああ!」

 松尾が姿勢を崩し、そこに鼠が群がった。

 山下伍長が松尾の服を引っ張ったが、血の袋となった松尾が動くことは無い。

 光を背に第1分隊がやってきた。

「射撃、始め!」

 鏡見軍曹の野太い声で、援護射撃が開始される。

 この時には、鼠の天使達は一斉に逃げていっていた。

 後に残ったのは死んだ松尾、顔面を引き裂かれ重症の福澤、興奮してナイフを握ったままの小島、山下伍長そして俺がいた。

「撃ち方止め!深追いするな!」

 軍曹は追いかけようとする山下伍長らを制した。

「怪我はないか?」

 軍曹は咄嗟に俺に聞いてきたが、俺はヤバかったとだけ呟いた。

「鏡見軍曹。負傷者2名の内1名の戦死を確認しました。」

 松尾のことだ。

「引き続き周辺の警戒にあたれ、また戻って来るかもしれない。」

 軍曹はくちばしに似た唇を、器用に噛み締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る