第6話 鉄道 脇線A
瓦礫撤去作業も終わり、暦の上では秋がきた。
新しい防衛設備の建設が急ピッチで進む中、俺は鉄道警ら隊に補給人員として回されることになった。
鉄道警ら隊は市が運営する鉄道の警備をする。
『地上部隊』を除けば花形の部隊だ。一時的でも配属されるのに悪い気はしなかった。
治安維持を名目に電車に乗って他の市街に移動することもでき、必然的に反政府主義の妖怪を逮捕または捕殺する危険な仕事でもある。
きつい怖い危険の3Kな仕事は勿論やりたくない。しかし、お上の命令は絶対だ。
俺は『地上部隊』よりマシだと割り切ることにした。天使も襲ってこないだろう。
「平野三平上等兵。鉄道警ら隊に着任しました。」
そんな感じで挨拶し、仕事をすすめる。
同衾乗車といって電車に乗って警備する時は常時拳銃を携帯し、肩に小銃を下げる時もあった。
電車の電線警備を任ぜられるようになったときは、季節は地下でも冷え込む冬になっていた。
電線警備は危険な任務だ。
反政府主義や無政府主義のテロリストは市鉄の電線を狙うことが多かった。
トンネルの爆破などに比べると最も労力が少なく、インフラに絶大な負の効果をうむ。
最近は非常用の電力で動くタイプの電車もあるが、電線の確保は鉄道警らの重要な任務の一つだった。
任務について掻い摘んでいえば、お上がテロリストが予測できないように日にちを決め、山内少尉から各管轄の曹長へ命じられ、曹長から軍曹達に通達、軍曹と伍長とその他8名合わせて十名を一個小隊として電線整備の護衛にあたる。
この時、小隊が
バルディエルとの交戦と勤務時間と罰なしの勤務態度により上等兵から下士官候補の特別上等兵に昇進していた俺だが、下士官になる気はなかった。
今回の任務で俺は、階級的に第1第2どちらかの分隊長の補佐をすることになる。
願わくば第1分隊の比較的安全で退屈な警備につきたかったが、第2分隊として作業から離れた周辺の安全確保につくことになった。ついてない。
市鉄の点検用の輸送車に乗り、暗いトンネルの更に暗い区画へと移動する。
トンネルは所々血管のように線路や通路を広げながら、巨人の口の中を思わせる開けた作業場へと続いていた。
電気付きのヘルメットを被った俺達と鉄道整備士が降車し、車両のスタンドライトをつける。
「では、作業始めます。」
「宜しくお願いします。」
軍人より偉い整備士に軍曹が軽く敬礼した。
作業場のある空間はドーム状の天井で、電車以外の小さな通路や市が定めた線路以外の脇線があり、そのすべてが静謐を保ちながら広がっていた。
ライトがあっても暗黒だ。本能的に行きたくない暗闇だ。
通信確認を完了した第2分隊は、脇線の調査も兼ねて安全確保作業に向かった。
暫く軍靴こと作業靴の音だけが響く。
ねっとりとした黒い空間がテロリストに見える。
ライトを向けると無だ。
最初はひりつくように動いていたのが、段々早足になり、それから歩くようになる。
先行する松尾が闇に忍んであくびを噛み殺す。
福澤がそれに続いた。
小島が小銃を構え直すタイミングで鼻をかいた。
俺はこの脇線が一本道なのか確認するついでに不用意に辺りを見回した。
状況に慣れてきて、緊張しているのは山下伍長くらいになっていった。
皆、軍服の上から軍用コートを羽織っているが、今日は特に冷える。
寒い。マフラーまでしてくれば良かったか。
銃撃戦が起きる想定の鉄道警らともなると、半自動式のボロカービンではなく、1983年に米国で制式化されたM16A2ライフルをフルオートで撃てる様に改造した83式小銃を使用する。
1983年当時の最新銃をどうやって幽世に持ち込んだかは分からない。だが、黒い金属の独特の冷たさは今は有り難くなかった。
銃は市によりナンバリングされ、銃本体は勿論弾やパーツ一つ売っぱらえば軍法会議で縛り首だ。軍人の中にはこの銃にあこがれを持つものもいるらしいが、俺にその気はなかった。
「ここで通信しよう。」
脇線のデッドラインまで到達し、山下伍長は時計を見た。
補佐として俺が携帯無線のレシーバーを渡す。
「こちら第2分隊、異常なし。第1、異常あるか。」
「こちら第1分隊、異常なし。」
「脇線Aを作戦区域まで確保。引き返す、よいか。」
「第1、よろし。脇線Bに移れ。」
「第2、了解。」
「引き返そう。」
行きは怖いが、帰りはダルい。
足早に移動することはするのだが、軍曹の目の届かない所では雑談することが多くあった。それが今だった。
「昨日のラジオ聴いたか?」
「いや、聴きそびれた。」
「ラジキンが言ってたんだが、今度テレビが復活するってさ。」
「マジか。」
脇線は電車が通るだけあって広い。松尾と福澤の会話は響くことなく消えていく。
「それで、人間世界の放送を観ようとしたらしいが、テレビに何も映らなかったそうだ。」
「何だよ、それ。」
「専門家によると、向こうの世界でも黙示録が起きた可能性があるってよ。」
「ぶったまげだな。日本でも戦争起きてるんか。」
「テレビがつかなくなったのはそのせいだとさ。」
福澤のいうことが正しいなら、人間の世界でも由々しき事態になっているだろう。
ブラウン管テレビがつかないのだから、どれ程のものか。
「YHKでは言わなかったな。」
山下伍長が会話に加わる。
「伍長殿もラジキンのラジオキングダムを聴いたらわかりますよ。流行最先端ですから。イマいっすよ。」
「イマいとは?」
「今風の、という意味の形容詞ッス。最近じゃ皿ギャルがそう言ってます。」
皿ギャルってなんだ、と伍長がいったとき、福澤がニィと笑った。
「皿被りギャルってやつですよ。帽子じゃなくて敢えて古式ゆかしい皿を頭に被るんです。流行が一回りしたんだと言われてます。」
「そうか。そう言えば、妹も皿を被ってたな。」
「伍長殿の妹さんも皿ギャルじゃないですか。」
緊張がほどけた。
「そうか、顔を黒く塗って皿を被ってたのはそれか。」
「黒皿ってやつですね。妹さんイマいなぁ。21世紀の新ファッションですよ。流石伍長殿の妹さんだ。」
小島が露骨にヨイショした。
「そうか。」
シスコンらしい伍長は、破顔して喜んでいた。
何事も起こらない。
俺もそう思っていた。
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