第5話 撤去作業
奇跡の生還を果たしたらしい俺の心は、罪悪感で一杯だった。
太郎の奴を捕まえて逃げれば良かったのか?
そんなことは出来なかった。
俺は出動した軍人の数少ない生存者として、軍への報告書を作成した。
俺の身体は戦闘中、天使の肉塊に押される形で地下に流れ込み、天使が石化する前に運良く離れたので命からがら助かったということになっている。
その場から逃げた、と誰も思ってはいない。
俺は、卑怯だ。
後日、瓦礫の撤去にかり出された。
石となった天使の身体は硬く、工事現場の削岩機やドリルでやっと削れるものだった。
そこで、作業員が悲鳴をあげることになる。
石の中に、化石となった軍人が入っていたのだ。
ご丁寧に装備まで石化しており、恐怖や苦悶の表情を浮かべている。
初めは手を合わせて拝むものもいたが、撤去作業が進むにつれて、最後はため息しか出なくなっていた。
幸いなことに、割り当てられた作業場は元いたトーチカとは別の場所だったから、石になった太郎の顔を見ずに済んだ。
今日の作業を終え、俺はプレハブ小屋の家へと帰った。
地下に自分の住居がある者はそれほど多くない。
それなりに給料があって家賃を滞納しない妖怪が住むとなると、俺みたいな軍人や公務員、または工場責任者が多かった。
俺は独身だ。両親は金を無心をしてからあまり会ってはいない。
遠くからゴトンゴトンという列車の音が聞こえる。
地下の市街を結ぶトンネルに線路を置き、トロッコの要領で漕いで移動する人力車や電気機関車が行き交うようになってから、流通と人流は回復を見せていた。
それでも市鉄道では反政府主義者と鉄道警ら隊、それに公安とは名ばかりの特高めいた警察組織との撃ち合いが頻発し、大都市と言われる所になればなるほど治安が悪い。
俺は帰るなり桶と手ぬぐい、替えの下着なんかを手に、公衆浴場へ出かけた。
不潔を嫌う河童の
そのため、風呂屋で一夜を過ごす風呂ラーという生活スタイルの者もいる。風呂屋側もそうした人々のため、休憩場に軽食なども用意するところもあった。人気の所には
風呂で汗を流し、軍帽と下着姿になった俺は、黄ばんだ古い漫画を読んだ。太い眉毛をした河童が表紙で、
「うちの街を襲った天使はバルディエルというそうだ。」
ふと世間話が耳に入る。
「黙示録も早く終わらんかね。人間の予言というやつは当たろうが当たるまいが、その後どうなっていくかまで言わんからな。」
「
「もうこの街も御仕舞ばい。」
厭世家の老河童がお国言葉で首を降る。
俺は新聞に手を伸ばそうとしたが、日付が一昨日だったのでやめ、ズボンを履いて出ていった。
もうこの街も御仕舞ばい、か。
口の中でもごもご呟く。
言葉と共にふいに現れた太郎の顔を消し去りたくて、俺は家で焼酎を三杯飲んだ。
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