第4話 逃亡

 天使が空から押しつぶしにきた。


 動物にはこういう時、逃走闘争本能がある。

 戦うか、逃げるか。

 妖怪は動物に含まれるのか、俺は知らない。


 俺は咄嗟に持ち場を離れた。

 天使が陣地ごと殺しに来た際に、太郎の顔を見た。


 呆気にとられた顔。

 それが最期の顔だ。

 夢に出てくる顔だった。


 虹の天使は、地下につながる階段まで体を押し付けて、更に液体のような柔らかさで潜り込んできた。


 俺は振り向くことさえ出来ずに階段をおりる勢いで、足を滑らせて派手に転んだ。

 背中を強く階段に打ちながら、目で階段上を見る。


 虹色の肉が震えながら波のように迫ってきた。


 俺が肉にめり込むと、肉は一瞬で鼻孔や塞いだ口に粘着し、喉に焼けて肺までおかそうとした。

 俺は頭を振りながら、粘り気のある天使の体と顔面を引き剥がそうともがいた。


 何がどうなったか分からない程、滅茶苦茶な勢いで地下鉄まで肉に流されて、止まった。


 起き上がると、俺は盛大に吐き、咳込み、そして口から息を大きく吸った。


 辺りを見た。穴の中特有の真っ暗な中に、駅の明かりが見えた。俺は線路の上にいるらしい。


 ショックから覚めるまで時間がかかったが、駅から線路に、複数の懐中電灯の明かりがやってきた。


「誰かいるか!」


 警官姿の鬼が仏様に見える程、俺は錯乱していた。

 命拾いしたとは思えないし、咄嗟とっさに逃げた。それしか頭に無かった。


 後悔というより、安堵が先にきた。そんな自分が悲しい。


「ここだ!ここにいる!」

「あっ。ご無事ですか?」


 俺の胸だか肩の記章を見たらしい鬼警官が、咄嗟とっさに言葉を改めた。


「あ!何だこれは。」

「埋まっとるじゃないか。」


 鬼の官憲以外、俺を見るより先に階段を見ていた。

 階段は、石化した天使で埋まっていた。

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