一之二 文禄2

 二日後、紅葉ははるのいる村へやって来る。畑には大根や葉の物の野菜など植えられていた。しかし、葉には元気がなさそうだ。水がないのか、それとも土の栄養状態がよくないのか。彼は周囲を見る。水源はあるが問題は土だ。栄養が足りてないのだろう。彼はしゃがんで畑の土を触った。

 言霊を使用すると、彼の手が一瞬だけ光る。生命力を作り、分け与えておく。少しは良い物が作れるはずだと彼は考えていると、背後から声が掛かる。


「法泉様?」


 驚いて彼は振り返る。はるがしゃがんでまじまじと見つめていた。紅葉は驚き、体勢を崩して畑の中に倒れる。はるはわたわたとして、彼に駆け寄る。


「法泉様。すみません、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……うん」


 立ち上がろうとする彼に、彼女は手を差し伸べた。申し訳なく畑の中から立ち上がり、はるは頭を下げて謝る。


「驚かせて誠に申し訳ありません! そのつもりはなかったのですが、何やら畑を気にしていたようなので気になっていました」

「気にしなくていいよ。僕が悪いから」


 臀部に付いた砂を払い、紅葉は訪ねる。


「ところで、君のお父さんは大丈夫なのかい? 約束通りに来たけど……」

「はい、薬が効いてお父さんは元気になりました。法泉様のお薬のお陰です」


 彼女は微笑み、すぐに険しい顔になる。


「お陰なのですが、お父さんに話をしたらお礼をしたいと言い出しました。法泉様。やはり、一昨日の言葉は無しにしてもらえませんか?」

「できないよ。でも、お話はした方がいいかもしれないね」

 

 この時代でも父親の権力は強い。彼女を通して拒否を伝えても叱られるだけだろう。はるは嬉しそうに案内してくれた。村人が物珍しそうにみる。この村は人の通りはあるが、目的があってよる場所ではない。

 はるの家の前につく。戸を開けて声を掛けた。


「お父さん。薬売りさんが来てくれたよ」


 二人の夫婦が紅葉に向く。麻布を着た着物の暖かそうな男性が正座をしており、彼をみて嬉しそうに笑う。昨日見た美人の女性も隣にいる。はると紅葉が上がる。彼女の母親が飲み物をだし、紅葉は身を解く。彼が座ると父親共々彼女達も頭を下げた。


「法泉殿。私の命を救ってくださり、誠にありがとうございます。私は廉太郎。こちらは妻のわかもと申します」

「初めまして」


 わかもは綺麗な所作で自己紹介をした。優しそうな家族だ。紅葉は礼をし、紹介に入る。


「私は法泉之紅葉と申します。しがない薬売りをしております故に、薬効があるかどうか気になりまして来ました。どうでしょう。お効きになりますか?」

「ああ、ぴんぴんしています。今からでも畑仕事が出来そうですよ」


 元気よく腕を振る。血色のいい顔と元気な状態を見て、紅葉は良好であると判断した。元気なそうなはるの父親に、紅葉は苦笑をして告げる。


「明日からの方がよろしいかと思われますよ。今日は奪われた体力を回復する日です。……して、代金の件ですが要りません。これは、私の意なのです。貴方方の大切な物を受けとるわけにはいきません」


 自分の意志を話して、彼は微笑みを作る。


「私は誰かが無事ならそれでいい。どうか、日々を健やかにお生きください。私の願いはただそれだけ」


 穏やかに答えると、廉太郎は見つめてくる。顔を見つめられて、紅葉は困っている。やっと廉太郎は口を開いた。


「……気持ちはわかりました。しかし、貴方は何が嫌なのですか?」


 聞かれて紅葉は驚く。恩は要らないのは真実だが、人間を忌避していると見抜かれるとは予想してない。はるの父親は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「遠慮がなく申し訳ない。ただ、私達を避けているように思えたのです」


 忌避の理由は話せず、紅葉は口を閉じる。この時の紅葉は歳をくっていない。まだ青い十代なのだ。長く生きている者に見抜かれても仕方はない。廉太郎は顔をうかがい、悩ましく腕を組む。


「しかし、私は貴方に薬代を支払いたいのです。でなければ、割にあわない。ですので、扇の代わりに受け取ってほしいものがあります」

「……代わりですか?」


 紅葉が聞くと、廉太郎ははるの肩に手を置く。


「はるをもらってくれませんか?」

「「えっ!?」」


 紅葉とはるは驚く。とんでもない提案だ。流石の提案にわかもは廉太郎を叱る。


「お父さん、娘をやるってどういうことですかっ!」

「はるのためだ。色目でしか見てない村の男よりも、良い金持ちの家に嫁がせるよりも、優しい人にやった方がいい」

「……それもそうですが、この子の気持ちも考えてください」


 夫の考えに妻は納得するが、複雑そうな顔をしている。男の権力は絶対。貧しい家なら、娘を金の持ちのいい家に嫁がせた方がよい。紅葉の見た目は金の持ちのいい商人と見えるだろう。金持ちはいいが半分人ではない。身の事情もあり、紅葉はわかもの意見に同意を示した。


「私はわかもさんの言う通りだと思います。彼女の気持ちも考えてからの方がよろしいかと」


 彼女の為にいうと、当の本人は。


「私は恩を返せるなら嫁いでも良いですよ~」


 のほほんと返し、紅葉は驚愕する。考えてもない発言にわかもは叱り始めた。


「はるっ。そうほいほい簡単にいっちゃあだめ。女の子なんだから、ちゃんと自分と自分の気持ちを大切にしなさいって言っているでしょう!」


 母親から叱られて、娘は困惑する。まだ女性の立場は強くない時代。女性の意見が尊重されるのは珍しい。わかものいう通りであり、紅葉も注意をする。


「はるちゃん。君のお母上のいう通りだよ。あまり自分を大切にしない発言はやめた方がいい」


 彼女は「はい」と頷き、落ち込む。

 はるを嫁がせてまで恩を返そうとするのは理由がある。普通の村人が薬を買えるわけない。薬は高く、民間で伝わる方法で風邪に対処をして来た。後を引くとは思えず、紅葉は代わりの条件を出す。


「嫁がせるのは彼女の気持ちの答えが出る。また私の踏ん切りがついたらにしてください。代わり、この先もここへ寄ってもよろしいですか?」


 彼もはるとは話してみたいと思っていた。彼女はどんな人物なのかを知りたい。三人は快く提示した条件を呑んでくれた。





 日は傾きつつある。夕暮れの道を彼女と彼は歩いていく。条件を呑んだあと。昼飯をもらい、村の案内をしてもらった。最中で薬草となる草花も採種し、村についても多くを教わった。

 帰りは送らなくてもいいと断るが、はるが首を何度も横に振る。村とはいえ、巷には盗賊が出る話も聞く。また黄昏時になってくると妖怪も人間を狙う。桜のある木の前で紅葉は歩みを止め、はるも歩みを止めた。


「はるちゃん。ここまででいいよ。遠くなっちゃうも夜道が危ないからね」

「法泉様……本当によろしいのですか?」

「うん、危ない人と妖怪も出ちゃうかもだしね。……あと」


 頭を掻いて情けなく告げる。


「法泉様じゃなくて、さんにしてほしいかな。……何だか、さまだとむず痒くて」

「さんですか……わかりました。法泉さん」


 さんと様も当時は変わらない。ただ話し言葉か書き言葉かの違いだ。素直に聞く彼女が心配になり、紅葉はお守りを渡すことを決めた。言霊をこっそりと使用して己の背後で隠れて作り、彼女に桜の枝を渡す。満開の桜の枝を受け取り、はるは不思議そうに見つめる。


「それあげるね。お守りようなもの。花が散るまで君達を守り続ける桜の花だ。家に飾って置いておくといいよ」


 教えたあと、彼女はきょとんとして桜の花を見ている。普段はお守りを渡すことはしない。一目惚れしたせいか、渡した行為でさえ心臓が高鳴る。紅葉は顔に出さないように全力をつくしていた。はるは桜を見つめて、表情が花やぐ。


「綺麗ですね」


 桜の枝にある花のように笑うため、紅葉の全力は意味をなさなかった。顔を赤くして、すぐに背を向ける。


「ご、ごめんね! もう僕いくから。じゃあ、またねっ!!」


 桜並木がある道に向かって、紅葉は全力疾走をした。

 

 

 はるは手を伸ばすが、間に合わない。手に残った桜の枝を見て、匂いを嗅ぐ。いい香りがして身が軽くなる感覚がある。彼女は口許を緩めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る