一之十 半妖

 春花が彼を見る。紅葉の頬から一線の傷ができ、血が流れていた。銃弾が頬を掠って出来た物だ。その傷に目を見開き、貧血を起こしそうになるが彼女は持ちこたえた。


「法泉さん、その傷……!」


 彼は頬を触ると白い手袋に血が付くのを確認し、安心させるように笑う。


「僕は大丈夫。普通の人より治りが早いし、僕よりも君が無事でよかったよ」


 頬を手で隠した瞬間、傷が消えていた。紅葉は息を吐く。軍人を見るとゆっくりと立ち上がり、再び拳銃を向けている。


「今から怖いことをする。目を瞑って耳を塞いでいて」


 紅葉は軍人に対し、拳銃を構える。春花が目を閉じて耳を塞ぐ。

 彼は銃の引き金を引くとぱんっと銃声が響く。軍人の持っている拳銃を落とすが、彼は容赦なく銃弾を撃ち込んだ。苦しむ声を上げながら耐え忍び、紅葉達に向って歩いていく。何発か撃ち込むが、悲鳴を上げるだけで倒れようともしない。


「たくさん撃っても持ちこたえるとは」

「あ、あの、い、一気に攻撃しないのですか?」

「そうしたいけど、此処での力の消費が半端ない。現実世界に戻ると、此処での力の消耗が付いてきて元の姿に保てない」


 春花は目を瞑り、紅葉は軍人を撃ちながら答えた。引き金を引いた時、カチッと音がした。弾切れだ。紅葉は即座に拳銃から空の弾を抜き、新しい弾に入れ替える。


「元に戻る時は力が戻るまで待つか。強い霊力を持っている人に少し貰うとか」

「法泉さんは髪飾りでいた間は、力が戻らなかったのですか?」

「うん、あの時は本当に君達が危険だったから使った。今回ばかりは無理そうだ」


 紅葉は軍人を見据え、再び銃声が何度も響く。軍人に全て弾が当たっているが、攻撃と避ける姿勢を見せないのに疑問に思う。

 攻撃を避けないとは効いているのか。再び撃ってみると悲鳴を上げる。効いているようだ。だが、多くの銃弾をくらって倒れないのはおかしい。今までの攻撃の痛みは強くなっているはず。軍人はゆっくりと二人の元に来る。これでも駄目かと分かった。


「僕の後ろに付いたら、目を瞑って耳を塞いで!」


 紅葉から離れて、背中の後ろに隠れる。言葉通りに春花は動く。彼は空いている片手で、腰にあるもう一つの拳銃を持つ。二つの銃を構えた。


「これなら、どうかな!?」


 二つの拳銃の引き金を何度も引く。耳を塞いでいるはずなのに、鼓膜にぱぁんっと銃声が何度も響いた。


[ぐィ!]


 さっきより効いているが、中々倒れようとしない。しぶとい。近づいて仕留めたいが、今の紅葉は接近戦用の武器を持ってない。紅葉が奥歯を噛み締めた時、風が吹いた。

 桜の木々を揺らし、花びらが散る。春花の頭上から一枚の黒い羽が落ちてきた。空を見上げた時、春花の上から人が落ちてくる。


「きゃぁぁぁっ!」

 

 その人物は恵美子だった。春花は慌てるがそんな暇さえもなく、身体で幼馴染みを受け止めて下敷きとなった。


「ってててっ、あれ。春花!?」


 春花から恵美子はすぐに降りて、上半身を抱き上げた。


「う……うーん」

「ご、ごめんね。春花!」


 恵美子の呼びかけで、彼女は少し目を開けた。恵美子は胸を撫で下ろし、春花は不思議そうに目を向ける。


「いたたっ、恵美子ちゃん。どうして、空から落ちてきたの?」


 疑問に空から答えが来た。


「悪霊に泣き出し、更に暴れだすから落ちたんだよ!」


 紅葉は銃を撃つのを止めると、空から刀を持った男性が落ちてきた。着地と同時に黒い軍人を一刀両断にする。




 少し前。

 恵美子が目を開けると鳥居の下にいた。

 青の空。伏見稲荷のように、どこまでも続く赤い千本鳥居。その間からは赤い沢山の風車が見え、風によってからからと回っていた。

 あの夢の続きだろうか。そう思った時、鳥居に何かが止まる。見上げたら、三本足の黒い烏が恵美子を見ていた。黒丸は翼をはためかせ鳥居の上を飛んでいく。


「黒丸、待って!」


 恵美子は駆け出し、鳥居の奥に向かっていった。前を見ると、何本もの鳥居が続く。しばらく走っていくと、鳥居には色々な文字が書かれた紙が貼られている。すると視界が開け、広場に着く。赤い二つの大きな鳥居が目に付く。

 桜の御神木が見えた。その鳥居の上に黒丸は止まっている。

 黒丸はゆっくりと降りてきた。

 強風が吹く。強い風に瞑るがすぐに止んだ。目を開けると目の前には、夢をみた時に出てきた天狗の男性。


「……あっ、貴方は!」


 恵美子は目を見開くと、男性は恵美子を横に抱く。


「話は後だ。黙って来い」


 翼が動き、ゆっくりと宙に浮かぶ。地面がだんだんと離れていき、地面と恵美子の間には距離ができた。男性は多くの桜がある場所を見る。翼を動かし、暗くなっている空の方へと飛んでいった。




 軍人は縦半分に割れた。今までの攻撃と刀の攻撃に耐えられずに霧散する。軍人の中から淡い光を放つ蛍が現われ、空に昇って消えた。

 彼に紅葉は笑う。


「来るのが遅いよ、龍之介」

「ああ、悪い。少々、連れに手間取っていてな」


 恵美子の後に、着地した男性に恵美子は驚く。

 

「あ、あんたはっ」


 風に包まれると姿は人間となる。二輪車に乗っていた男性の姿であり、男性は刀を肩にかけ微笑んだ。


「前の夢の時はどうも、俺は植田龍之介。ちなみに、黒丸じゃないぜ。恵美子」


 その男性は間違いなく恵美子が夢で見た彼であった。龍之介は刀を鞘にしまい、注意をし始める。


「急に喚くんじゃない。悪霊が怖いなら、目でも瞑っとけよ」


 恵美子は龍之介に赤面する。


「ちょ、何言ってんのよっ!」

「事実を述べただけだ。ったく、急に怖がり始めるんじゃねぇ。せっかく人が親切に運んでいるってのに」


 真っ赤にして黙る少女に龍之介は笑う。


「でも、無事で良かった。現実だったらもっと危なかった」


 紅葉は安堵し、二つの拳銃を腰の革入れに戻す。


「兎も角、僕達を戻してくれてありがとう」


 紅葉は笑顔でお礼を言った。 昨夜の記憶を春花は思い出す。


「霊力の強い人から少し力をもらったといっておりましたがらその感謝ですか?」


 紅葉は頷いて二人を見る。


「君達は霊力が強い。二人のおかげで力が戻って元の姿に戻れた。春花ちゃんの中にあった悪いものを退治したせいで、思いの外戻るのに苦労したけどね」


 苦笑して、紅葉は散りゆく桜の花びらを掴む。

 

「この世界は幽体離脱と臨死体験に近い状態なんだ。ここは霊力の強い人間しか入れない世界。しかも、霊力の強い人間と魂は妖怪と悪霊さえも引きつける。狙われていてもおかしくはない。僕達は強い人間に危害が及ばないように、人間を見つける為の世界を作ったんだ」

 

 条件には春花と恵美子が該当しており、狙われる理由を理解した。彼女達は自分に強い霊感があったとは考えられず、口をあんぐりとして聞いていた。春花は疑問をぶつける。


「では、お二人は何者なのですか? この世界を作れるといい、悪霊を倒すといい。奇妙な姿になって……強すぎませんか?」


 紅葉は手を離し、一片の桜の花びらは空へ舞い上がる。


「さっき言った通り、僕は人でないが人でもある。龍之介達は妖怪であり、人間でもある。半分妖怪の血を引いている者。その者を半妖はんようと言う」

 

 恵美子は思わず固まり、紅葉は続けた。


「龍之介は八咫烏。一葉は朱雀。潤一郎は玄武の血を引いて、僕の場合は特別なんだけど、その話は関係ないね。大丈夫だよ、恵美子ちゃん。僕達は半分人間だから怖がらなくても」

「は、はい。お気遣い有り難う御座います」


 微妙に怖がって良いのかわからず、恵美子は戸惑うが場に和みつつある。龍之介は腕を組んで三人を見る。

 三人は龍之介に首を向ける。


「現在俺達はこの世界に入れる人間を探して、危害が及ばないように強い霊力をある程度に封じている。……が、ここ最近は悪霊の動きが活発化している。俺達が退治や浄化しながら調査しているんだが、活発化している原因は不明だ」

「で、僕達、裏組織の桜花はその根源を探している」

「紅葉。それ言っちゃあ駄目だろ!?」


 横から紅葉が教えるので、龍之介は叱咤をした。が、紅葉は真剣な顔で彼の顔を見つめる。


「龍之介。彼女達はもう十分に巻き込まれている。僕達の事を話しても損はないよ」

「けど、紅葉」

「大丈夫。高村さんは許してくれるし、今後彼女達が役立つかもしれない」


 龍之介は黙る。彼の言葉は正しい。彼女達は巻き込まれており、話さないのは不誠実である。紅葉は二人の方に向く。


「僕達は半妖と人間で構成されている裏組織に属している。名は桜花。簡単に言えば悪霊や悪い妖怪の退治をしているんだ。この組織は天皇陛下や皇族。一部の人間しか知らない」

「えっ、じゃあ、私達が知っても良いのですか?」


 不安げに聞く春花に、紅葉は安心させようと和やかに微笑む。


「君達は十分に巻き込まれている上に、今回の標的は君達だ。君達が知っていても損はない。……まあ、うん、僕達はあくまで中立でどちらの味方でもないけどね」


 二人に何か疑問を感じた恵美子は腕を組み、疑心暗鬼に龍之介達を見る。幼馴染みの様子に春花がに気付く。


「恵美子ちゃん。どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 恵美子は微笑んで返すのと、龍之介が理解を求めた。


「まあ、そういう訳だ。分かったか」


 春花は頷くが、恵美子は疑り深く見つめる。龍之介が空を見ると花びらが空に舞い上がる。紅葉も空を見た。


「もう目覚めの時間だ」


 その言葉と共に、視界は真っ白になった。


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