一之九 桜との邂逅
ドアを開けると中に入って、暗い部屋に明かりを付けた。
「……うわぁ!」
明るくなり、自分のいる部屋に驚く。
なんと豪華な客室だろう。天井には可愛らしい花のシャンデリア。赤い絨毯に洋式の箪笥。春花より少し高い本棚。二人位の寝られるベッドがあり、壁は花柄の壁紙が張ってある。貴族の部屋に在るだろうテーブルと化粧台もあった。窓は普通だが、日当たりが良い場所にある。まさしく、中世の英国の貴族の部屋。
春花は驚愕していた。これは客室と呼ぶものかと一瞬考えるが、首を横に振る。違う気がした。
ベッドに座るとふかふかの布団。いい素材のベッドである。枕に顔を突っ込む。高そうな羽毛枕。春花は一度ベッドから降り、置いてある草履に履き替えた。本棚にある本の種類を見たかったのだ。
「あ、色々ある」
米国料理の本に歴史書。古文などの枕草子、宇治拾遺物語。漢文など、本の種類は幅広い。春花の目は思わず、感嘆する。こんなに種類が豊富なら飽きない。色々見ている内に目に付くものがあった。本棚の一番下の段にある真新しい赤い本。背表紙に書いてある題名を読んでみる。
「……妖怪絵巻集?」
春花は目を数回瞬く。学校の図書室では見た事の無い本だ。
本を開いてみると、九本の尾を持つ狐の姿が書かれている。
九尾の狐。春花も伝承で知っている。九尾の狐は傾国の美女であり、禍々しい力を持った妖怪。日本の三大妖怪の一人に数えられていたはずである。次のページをめくると、春花の知っている姿があった。
白い着物に赤い袴の巫女の服。下駄を履いて、能のお面をしている。髪は烏帽子のようなもので隠されて独特な格好。夢で出てきて春花達を助けた人だ。端に何かが書いてある。
「……こ……だま?」
その言葉を呟いてページを捲っていく。木霊に関する説明が載っていた。
【木霊。精霊の一種。山中を駆け巡るとされる。木霊の外見はごく普通の樹木であるが切り倒そうとすると祟られるらしい。神通力にも似た力を要する。木霊に宿る木の種類は決まっている。古木を切ると血が出るという説がある。木霊は妖怪の一種とも考えられ、怪火、獣、人の姿にもなるという。人間に恋をした木霊が人の姿をとって、会いに行ったという説がある】
「……あの人、妖怪だったんだ」
恵美子が知ったら怖がる。あの木霊が妖怪と言うよりも、人ではない何かに近い感じがした。 次のページを捲ると、思わず目を見開く。
「黒丸?」
三本足の烏と山伏の姿で背中に黒い翼を生やし、赤い下駄を履いて、錫杖に鴉の面を被った人が描かれていた。その頁の説明を見る。
【
黒丸の本当の名は八咫烏というのか。あの黒丸が妖怪だとしたら、恵美子は完全に悲鳴を上げていた。烏なら少し平気だろうと春花は思いながら、次の頁を捲る。
【四聖獣・朱雀。また鳳凰とも同一視される。また鳳凰とは身体の半分は雌の
本来の朱雀は五行では火を司り、季節の夏、南方を守護する朱雀。鳳凰と同一視されているが、朱雀は鳳凰の派生と言われている。また、別物とも言われている】
ページには朱雀と美しい男性の一葉が描かれていた。次のページを捲る。
【四聖獣・玄武。北方を守護し、季節は冬。色は黒で、五行では水を司る。通常、蛇が巻きついた亀の姿で描かれる事が多い。玄とは黒を指し、武は硬い甲羅が防具のように身を守る事を指す】
玄武の姿と甲冑を付けた男性が描かれている。この男性は潤一郎だ。あの人達も妖怪らしい。確かに変化をしていたが、彼女は妖怪ではないような気がした。次は何の妖怪だろうと、期待を胸に次の頁を捲る。しかし、次の頁には何も書いてない。後も真っ白な頁ばかりだった。
まだ未完成なのだろう。春花はがっくりとした。本棚に本を戻し、部屋にある明かりの電源を消す。辺りが急に暗くなり、春花は履物を取ってベッドに入る。普通は寝なれない無い場所だと興奮して眠くなくなるが、段々と瞼が閉じていく。
疲れが大分溜まっていたようだ。春花は寝転んでいると、髪飾りを思い出した。
「髪飾りさんは、ずっと黙っていたな。……どうしたのだろう?」
眠気に負けて、春花は完全に目を閉じた。彼女は寝ている最中、髪飾りが淡く光りだす。
あの夢を見る合図。
少女はゆっくりと目を開ける。
夜桜の花びらが舞い立ち昇る。満月の夜。無数の桜が植えられて、花びらが舞っていた。桜の杜。春花は身震いをし始め、恐る恐る周りを見る。怖いものはないかと見ている。地面に髪飾りが落ちていた。
「あ、髪飾りさん!」
髪飾りに呼びかけると。
「こんばんは」
声が響き、春花は思わず硬直する。その声に聞いたことあるからだ。強風が吹き、髪飾りは桜の花びらに包まれる。
花びらは段々膨張していくと、一気に散る現れたのは本に描かれていた人物。思わず、妖怪の名を呼ぶ。
「こだま……さん?」
男性は首を横に振った。
「違うよ。僕は人間でもあり、人ではない」
男性は能の仮面と烏帽子を外す。春花は再び驚いた。
明るい茶色。ふわっとした癖のある長髪は風によって靡く。仮面と烏帽子が大地に落ちた。すると、服も共に桜の花びらとなって散った。
真っ白な着物を着流し、黒の革靴を履いている。手袋とスーツは白で統一していた。腰には拳銃を携えた茶色いベルト。耳には緑色の勾玉の耳飾りをしている。
「自己紹介をしていなかったね」
男性の緑の瞳が少女を映す。春花の手が恐怖で震え、優しい微笑みを浮かべられた。
「初めまして。僕は法泉紅葉。君に付いていた髪飾りは、僕が変化した姿だよ」
申し訳ない表情になり、春花を見た。
「ごめんね。僕の所為で君を怖い思いさせてしまったようだ。本当にごめんね」
春花は身体を震わせながら様子を伺う。自分が殺される夢を思い出したくなくて、彼女は遠ざけていた。震えながら必死に声を出す。
「貴方は悪くないです。ただ、私が軍人に殺される夢を見て」
紅葉は真剣な顔になる。
「春花ちゃん。その軍人なんだけどね。此処は悪しき者の侵入を許さない。守護である世界のように作った。あの悪霊は恐らく昔から君の中に入り込んでいたんだ」
何を言っているわからない。春花は問い掛けた。
「……紅葉さん。何を言っているのですか?」
「つまりね……っ!?」
紅葉は目を見張る。春花の後ろに黒い靄の軍人が現われた。人の形を成しており、銃口を向けている。それに、春花は気付いていない。
「こっち!」
彼が目の前に現れて彼女は目を見開く。銃の引き金が引かれ、春花は腕を引っ張られる。紅葉は彼女を急いでしっかりと受け止めた。銃声が鼓膜に響くが、空振りに終わる。受け止めた反動で、紅葉は後ろに倒れた。
弾は避けられたようだ。彼はゆっくりと上半身を上げ、春花を見る。
「……ってて、大丈夫かい?」
「……はい。大丈夫です」
春花が見上げると、顔が近いと気付く。整った顔立ちだ。眉が長く、穏やかな緑色の瞳が少女を映す。瞳に吸い込まれそうだ。紅葉は怪我の有無を確認すると安堵している。軍人が此方に気付いて、銃口を向けていた。春花を片手で抱き締めながら立ち上がる。
雇用は花びらに包まれて、銃の引き金を引かれる。ぱぁんっと二重に銃声が重なった。軍人の弾より、紅葉の撃った弾の方が速い。軍人の額には銃弾が貫き、そのまま後ろに倒れる。
花びらが消えると彼は元の姿に戻っていた。紅葉は春花を包み込むように守っている。
「もう大丈夫だよ」
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