一之八 人であり人でない者
びゅぅっと風が吹く。山風の気流は複雑だ。しかし、吹く風は目的地が決まった方向に吹いている。
「……あのな……何で、今の……俺の力で……運ばなくちゃ……いけないんだよっ!?」
黒丸は息切れをしながら青筋を立てた。後の四人はふわふわと宙に浮いている。黒丸は先導して前を飛ぶ。四人は黒丸の力によって、風に乗っている。朱雀の男性は溜息を吐いた。
「何を言うんだ。お前の風の方が、本部に早く着くだろう」
「そうだ。せいぜい、これを助けてもらった借りを返したと思え」
玄武の男に言われて、黒丸は声を荒くする。
「ただ単に面倒くさいだけだろぉ!」
二人に突っ込むと、朱雀の男性は呆れた。
「かぁーかぁー五月蝿い。嫁入り前の女子を抱えていくは失礼だろう」
烏は言葉をつまらせる。
「そうだ。烏のクセに五月蝿い、鳥頭」
玄武の男は賛同する。黒丸の中で何かが切れたらしく、ふっと嘴を歪める。
「所詮亀野郎は、のろのろと鈍間だから俺に頼っているのか」
玄武の男は眉をひそめる。黒丸は嘲笑う。
「泳ぐのは早いのに、歩みは鈍い。さすがは亀」
言われ玄武の男の中でも何かが切れた。
「烏。俺はそこらの亀とは違う種だ。歩みは速い」
「だが、空中ではどうだ? お前は空中だと、何もできないだろう。亀」
「力を上手く利用すれば、空中さえ飛べる。だが、お前の場合、カラスだからか水中だと泳ぎは遅いよな」
「俺も力を上手く利用さえすれば、早く泳げる。登場ノロマ野郎。俺を舐めるな」
彼らの言い合いは激しくなった。
「お前こそ、俺を舐めるな。
「お前が俺を舐めてんじゃねぇのか。バカメ」
「お前が俺を舐めているだろうっ! アホガラス」
「ち、が、う。お前だっ! ノロノロ野郎!」
「バカラス! お前に決まっているだろぉっ!」
「うるせーぞ、阿呆亀! 黙って風に乗ってやがれぇ!」
良い歳をした男性と烏が、負けじと言い合っている。二人は呆然とその光景を見ていた。
《ごめんね。あの二人は張り合ってばかりだから》
頭の中で響く声は苦笑が混じっている。恵美子に内容を伝えると「くだらない喧嘩」と言って呆れていた。
しばらく飛んで、山中に入る。
「見えた」
黒丸が言うと、皆は真正面を見る。豪華な建物が森の中にあった。西と東、真ん中にそれぞれ大きな欧風式の建物がある。大きな庭園には春の時期に相応しい花々。色彩豊かに咲き乱れた、多くの桜の木がある。息切れしながら黒丸は皆を連れて、洋館の方に飛んでいった。全員はゆっくりと敷地内に降り立つ。ゆっくりと黒丸は地面に倒れた。
「黒丸!」
恵美子は急いで黒丸を抱き上げる。黒丸は息切れをしながら、二人に怒りを瞳に宿して声を荒くする。
「お前ら、もう二度と運ばねぇからなっ!」
朱雀の男性は緋色の炎に包まれた。玄武の男は水に包まれる。驚くが、包まれたのは一瞬。その中から人が出てきた。
水の中からは、がっちりとした体格の男が現われた。軍帽を被り、後ろの髪は一つで縛っている。白い手袋をした手で寒色系の着物と下に着ているワイシャツを着直す。袴は濃い緑あり、足袋をはいている。カランコロンと下駄で玄武の男性は黒丸に近付く。見下ろして不敵に笑う。
「自分の力でなんとかなるからいいぞ。なっ、一葉」
「ああ、そうだな」
声がした方を向くと炎が弾ける。
髪を高く縛っている男性が現われた。黒地で薄く牡丹の柄が入り、着物を肩に掛けている。灰色に近い着物の下に、白いワイシャツを着ていた。白い手袋で髪を払い、暖色のくすんだ色の袴を穿いている。
先ほどは妖怪に近かったが、此方は人だ。
朱雀の男性は編み上げブーツで二人の目の前に来る。くすりと笑い、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、私は利花一葉。加齢臭を漂わせているのは汐屋潤一郎です」
一葉の自己紹介に男性が怒る。
「馬鹿、俺の見た目は二十代後半だ!」
年齢詐欺の見た目をしている潤一郎に二人はびっくりした。一葉は彼女達の反応を見て、面白そうに笑う。
「ふふっ、面白いでしょう?
こいつは自前の老け顔で、おじさんに見えるのです」
「おじさん言うなっ。一葉」
恵美子は苦笑しながら、黒丸に疑問を話す。
「にしても、黒丸はどうして私達の名前を知っているの?」
彼女の疑問に黒丸は答える。
「お前達が名前を呼び合っているのが聞えたからな。髪飾りのあいつも、それで覚えたんだろう。ふわぁ……」
納得しかけるが、黒丸の大きな欠伸を恵美子は気付く。先程、彼女達を運ぶときに力を使い過ぎたのだと。恵美子は頭を撫でると黒丸は戸惑った。
「おっ、な、なんだ?」
「腕の中で眠っても良いよ。黒丸」
恵美子に安心して目を細める。
「……じゃあ、遠慮なく寝かせてもらう。あと、俺の名前は黒丸じゃないからな」
腕の中で黒丸は蹲ると目を閉じた。一秒も経たぬ内に、寝息が聞える。すやすや眠っている黒丸に、恵美子は微笑んで頭を撫でた。一葉はくすくすと笑う。
「疲れたと言いながら、力がもう戻ってきているじゃないか」
「えっ?」
一葉は苦笑して、二人を見る。
「いえ、何でも。ですが……こんな機会もあるのですね」
何を意図して言っているのか。二人はわからなかったが、春花は頷いて同意する。
「変な夢をきっかけにこうなるとは思いませんでした」
彼らは驚き、恵美子も打ち明ける。
「ついでに、私も見ました。沢山の桜が出てきて、男性が出てくる夢です」
話を聞いた途端、一葉は愛想良く微笑んだ。
「なるほど、今日はお疲れでしょう。泊まって、疲れを取ってください。大丈夫です。この屋敷の主は貴女方の学校に知り合いがいます。私が話を付けときますので、御安心下さい」
学校に話をつけることが出来るのだろうか。恵美子は疑ってしまうが、今は疲れている。二人はお言葉に甘えさせて貰った。一葉は潤一郎に声を掛ける。
「潤一郎。部屋の案内を頼む」
彼は頭を軽く下げた。
「では、部屋を案内します」
「ありがとうございます」
恵美子の感謝に潤一郎は笑った。年寄りの感じがするが、意外に表情が豊かなようだ。笑えば、年頃の男性の微笑みである。
急に潤一郎は気まずそうな顔をした。
「そいつらは別々の部屋にやった方がいいのですが、一日だけ我慢してください」
意味が分からないが頷く。二人は彼に案内されて、屋敷に入る。
洋館内を案内され、二人は貧富の格差を味わう。大きいホールに広い絨毯の廊下。壁には絵画や彫刻等の芸術品が置いてあり、庶民と貴族の差を知らされる。
無数あるドアの廊下に連れて行かれた。
「ここは客室です。沢山開いているので、好きな部屋で寝てくださっても構いません」
「ひ、一人に付き一部屋は豪華すぎない?」
恵美子のツッコミはもっともである。春花達が居るのは、東側の大きな洋館。ここは三階建てで、結構の人数が泊まれる。
「上司の趣味です。これだけ、建てるのにどれだけ……。いや、この話はいいですね。貴女方は二人で一部屋使っていたのでしょうか?」
彼は不思議そうに聞いてる。二人は首を縦に振る。潤一郎は説明を続ける。
「困った時は呼び鈴を鳴らしてください。使用人が来てくれます」
使用人に豪華な洋館。大きな庭園。悪霊さえも容易に倒す力。妙な姿をしていたら、元の姿に戻る。意味が分からなくなり、恵美子は口を開いた。
「一体、貴方方は何者なのですか? 訳の分からないまま、屋敷に連れられたのでは納得できません。そちらの話を聞きたいです」
潤一郎は黙って考え、黒丸を指差す。
「詳しくはその鳥頭に聞いてください。俺が説明するより、そいつらから直接聞いた方が早いので。ああ、困った時は呼び鈴を」
誤魔化され、潤一郎は廊下の奥に消えた。潤一郎の姿が見えなくなると、恵美子は眉間に皺を寄せ、地団駄を踏む。
「黒丸は寝ていて話を聞けないって、それに何。訳が分からないから聞いているのに!」
「え、恵美子ちゃん。怒っていても仕方ないよ」
春花の説得に恵美子はぐりんと首をむけて、血相を変えて顔を近づけた。
「あのね、私達は訳も分からずに此処に連れて来られた。これって絶対に誘拐、拉致!」
「冷静になろう。今日はもう夜遅いから」
春花が宥めると恵美子は段々と肩を下ろした。力が抜けて、床に腰を付く。
「色々脱線しているし、意味が分からない」
恵美子の声は弱弱しい。確かにその通りだ。出掛けるだけで、大事が起こるのだろうか。色々愚痴を言っても仕方ない。彼女は溜息を吐いて、立ち上がる。
「疲れたから眠るよ。あと、なんかあったら呼んで。おやすみ」
「おやすみ」
春花は苦笑し、黒丸を抱えて恵美子はフラフラと部屋の中に入った。
彼女は昔から春花に対して心配性である。嬉しく、思わず顔がにやける。
春花は幼くして両親を亡くした。傍にいてくれたのは、幼馴染みの恵美子とその家族である。遠方の学校に行きたいと恵美子は言い出したが、彼女は春花と離れるのを嫌がった。親を説得して、一緒に通ってもらっている。基本、学校は裕福な家庭にしか入れず、家庭内環境によっては長続きはしない。この学校に入れて貰って、春花は感謝するしかなかった。
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