一之三 夢会瀬
春花はまた不思議な夢の世界に居た。昨日の夢のように周りには満開の桜の杜。顔面を蒼白し、震える身を押さえる。不思議な夢の続きだと恐れて、彼女は身を縮めていた。
震えながら春花は感じ取っていた。夢なので死なないが、昨日の夢と何かが違う。何か違和感があると。
足音が聞こえた。びくっと震えるが、聞き覚えのある声が届く。
「春花?」
「その声、恵美子ちゃん!?」
名を呼ばれて、後ろに振り向く。恵美子が立っていた。彼女は確認の為、手を握ったり開いたりしている。
「何なの此処。浮遊感があるから夢みたいだけど」
「どどどどうして、恵美子ちゃんが此処にいいいるの!?」
完璧に怯えている姿に恵美子は驚いた。とても怯える彼女は初めて見たからだ。長年の幼馴染み兼親友をやっていても、この一面は知らない。頭に手を置き、安心させる為に春花の髪を撫でた。
「安心して、私が傍にいるんだから」
ゆっくりと撫でていると、春花は目をだんだんと潤ませ、恵美子に飛びつく。
怯えている子供のようだ。恵美子は強く抱き締めてあげた。恵美子はずっと彼女を幼い頃から見ている。泣く所はあまり見ない。春花は親との約束であまり泣かないのだ。大切な幼馴染みを抱き締めながら、恵美子は周りを確認する。
摩訶不思議な夢。何を見て怯えたのかと恵美子は考えていると、音が聞こえた。砂利を踏む音、下駄の音が此方に聞こえてくる。
恵美子は正面を見た。
「誰なの?」
男性だ。恵美子を見て、彼は瞬きをした。
「お前、なんで」
驚かれる意味が分からず、恵美子は間抜けな声を出す。
「あの、意味が分からないんですが……」
「意味がわからないって、そうだろうけど。……嘘だろ?」
夢の原因は狼狽している男性なのかと考え、彼女は眉をひそめた。
「あんた、この子に何したの?」
恵美子は春花を守るように抱き締め、勢いのある剣幕で問う。
「答えなさい。あんたがこの子を怖がらせたの?」
男性は目を丸くし、真っ直ぐと見つめてくる。恵美子は既視感に陥った。力強い意思。男性の黒い瞳は烏に似ている。恵美子はその瞳に飲まれそうになった。
彼は帽子を深く被る。
「いや、俺はその子を怖がらせた覚えはない」
恵美子ははっと我に帰り、男性に怒鳴って聞く。
「じゃあ、誰よ!?」
答えられないのか相手は黙る。恵美子は怒りの沸点を越え、勢いよく一歩踏み出す。二人の足元から、ぶわっと大量の黒い靄がいきなり現われた。
「何!?」
春花も気付いた。急速に靄は二人を飲み込んで行く。喰われると二人の少女は直感した。男性が慌てて駆け出す。恵美子は嫌な予感しかしなかった。何とか手で振り払おうとするが靄につかまれ、呑まれていく一方だ。引っ張っても逃げ出せない。
「まさか、化け物っ!?」
恵美子の顔は恐怖の色に染まっていく。
男性は舌打ちをした時、強風が周りの桜の花びらを散らす。風に運ばれ、大量の花びらが二人を呑み込んでいく。花びらは靄より先に飲み込み、守るように包んでいった。
一枚の花びら。匂いを春花は感じた。桜の花びらでは無い。微かに香る桃の香り。桃は昔から邪気を祓う神聖な植物とされる。桃の花も邪気を祓う力を持つのだ。
彼女は目を開ける。周りには桃の花びらが漂っていた。春花を優しく包んでいる。
不思議と落ち着く空間。気付くと抱き締めていたはずの恵美子が居ない。状況が分からないが、靄が消えているのは分かった。
[ぁぁぁあ!]
悲鳴が聞え、見上げる。黒い靄が花びらに包まれ、苦しそうにもがいていた。二人を飲み込もうとしていた靄は苦しそうに身震いをしている。声が響く。
「七分咲・
桃の花びらは靄と共に、ぱぁんっと勢いよく散る。春花は地面に降り立ち、桃の花びらは桜吹雪と共に舞っていた。
「春花?」
隣に恵美子が居た。
「恵美子ちゃん、大丈夫?」
「あ、うん、一体何が起きたの?」
彼女も状況が分からず、辺りを見回す。
「決して悪しき者の侵入は許されない」
凛とした声が聞えた。目の前を見れば、不思議な男性がいる。白い着物、赤い袴の巫女の服と下駄に能のお面。髪は烏帽子のようなもので隠されていた。
「君達は呑み込まれ掛けていた。それを祓い守った。この世界の夢を見る者は強き霊力が無いと見られない」
恵美子は謎の男性の言葉に首を傾げて、眉間にしわを寄せる。
「えっと、どういう意味? 春花わかる?」
「つまり、私達は幽霊とか見える霊力、いわゆる霊感が強い。霊感が強い人ほど、幽霊がはっきりと見える。だから、この夢は霊感が強くないと見られないてことだよね?」
春花なりの解釈が加わり、恵美子は納得して頷く。
「……なるほど。でも、春花。大丈夫なの?」
「うん。大丈夫」
いつもの笑顔に恵美子は胸を撫で下ろす。正面に振り向き、二人は謎の男性に深く頭を下げた。
「「助けていただき、ありがとうございました」」
「構わない。頭を上げて、両手を差し出して」
言われた通りに、頭を上げて両手を差し出す。謎の男性は右手に扇子を持ち、勢いよく広げた。
「一分咲・桃」
手の中に桃の花が現われる。
「それは御守り。この夢を見た者は悪い者に必ず狙われる」
「あ、ありがとうございます」
説明を受けると、春花は桃の花を大事そうに持つ。
「目覚めの時間だ」
別の声が聞こえた時、強い風が吹く。周りに散っている花びらが、春花達の視線を覆う。花びらで視界が見えなくなる瞬間、謎の男性の隣には誰か居た。山伏の姿に錫杖、髪をおろし、鴉の面をかぶった人が一瞬に見えた。背中に黒い翼を生やし、赤い下駄。
「天狗……?」
恵美子が呟く。二人の視界は花びらで覆われた。
目を開ける。
医務室であった。春花は起きて状況を確かめる。窓が全開になっており、桜の花びらが部屋に沢山入り込んでいた。ほんのりと香る桜の匂い。この所為であの夢を見たのだろうか、春花は考えてベッドの脇を見る。恵美子がすやすやと眠っていた。起こそうとすると、手の中に何かがあると気付く。ゆっくり開くと桃の花が手の中にあった。
「夢じゃない?」
恵美子は身動ぎし欠伸をする。彼女の目覚めに気付いて、寝ぼけながら恵美子は名を呼んだ。
「ふわぁぁ……あれ、春花?」
「おはよう。恵美子ちゃん」
挨拶をすると手の中にある桃の花が目に入り、意識が一気に覚醒した。
「その花っ!?」
「……うん、あれって、多分夢じゃないみたい」
手の中にある花を確認する。恵美子は訊ねようとするが、春花を見て目を丸くしていた。
「春花。なんで、桜の花飾りを付けているの?」
言われて、左手で髪を触ってみる。綺麗な桜の花の髪飾りが頭に付いていた。いつの間に付いていたんだろうか。ゆっくりと触ってみる。
恵美子はベッドの上を見た。
黄金に輝く徽章を見つける。軍がつけている徽章とは違うが、桜を象った綺麗な徽章だ。拾ってじっくりと見て見る。
「軍の」
春花が青ざめたので首を横に振る。
「軍人の証じゃないからね。どう見ても違うでしょう」
軍人ならば、違う物をつけている。二人は徽章を黙って見続けた。だが、本当に軍人が此処に立ち寄ったのか。訓練に忙しい彼らが女学校に来るわけない。恵美子は思考を巡らせていると。
「ねぇ、届けにいこう。その徽章」
幼馴染みの提案に恵美子は呆れる。
「徽章を届けるって律儀だよね。今の春花にできるの?」
「その時は、恵美子ちゃんの後ろに隠れながら返す」
「私を盾にするの!? まあ、いいけど」
「ううっ、ごめんなさい」
申し訳なくて春花は謝り、恵美子は仕方がないと立ち上がった。
「あのお兄さんがごめんねだって。じゃあ、気を取り直して持ち主を探しに」
立ち上がった時、医務室の戸が開く。
「持ち主を探すのは良いけど、まず貴女達の今日出てない授業分を放課後の補習で取り戻さないと」
綺麗な女性だった。後ろに縛ってある黒い髪。四十代とは思えない若さ。黒い着物で笑顔だが、その笑顔には微かに怒気を感じた。
「「お、小野喜代子先生」」
二人は若干ひきつって笑う。あの噂の喜代子が医務室に登場をした。先生は笑って、手に持っている紙束を二人に渡す。紙束に大量の文字と問題が書かれ、辞書並みの分厚さであった。
「それは、今日の宿題の紙よ。貴方達が授業に出なかった分、みっちり入っているから。ちなみに、明日の朝に提出。勿論補習もするわよ?」
授業の欠席にも鬼である喜代子に、二人の顔は青ざめていた。
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