第三審

1

「とにかく、あなたを急襲に使えない以上、プランを練り直す必要があります。私は少し外すので、都合さんはこの子たちと顔合わせを済ませておいてください。」

 あなたの知識があれば、私はむしろ邪魔になるでしょうしね——と意味深なことを言って、辻さんはこの部屋をあとにした。

 世界を救うチームのリーダーを任されているあたり、彼女には相当に強力な権限が与えられているのだろう。

 しかしプランを練り直したところで、世界の終わりそのものである今のソラに勝てる策など、果たして存在するのだろうか。もちろん存在しなかったところで世界を見捨てるわけには——「ご、ごめんなさいっ!」

 と。

 ぼくの思考は、唐突に響いた目の前の少女の謝罪の声に遮られた。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい。わたし、わた、わた、おねえちゃん、は、は、わ、わる、わ……わたしのっ!」

「お、落ち着いてよ。ほら、深呼吸…」

 ヒステリーの誘拐犯を必死で宥める捕虜といえば、なんだかピンチっぽい感じだけど。

 精神年齢の幼さについては予想していたが、この方向性はちょと想定外だったな…。

「こーれーれっ。ほら、ほら泣かないの。お兄ちゃんゆるしてくれるって!」という声とともに後ろからとたとたと走ってきたのは、やはり魔法少女だった。パステルピンクを基調とした主人公カラーの女の子だ。髪色までピンクなのも『変身』の一環なのだろう——いや、地毛かもしれないけど。

 斯々ちゃんの肩を抱き、上目遣いでこちらを見る彼女——ん、今お兄ちゃんって?

「ねっ?ゆるしてくれるでしょ?」

「ああ、うん。もちろんだよ。全然気にしてないから…」

 自然と幼い子供に対するような口調になってしまう。

 しかしこんなの、心が鬼でもない限り許さないわけにはいかないだろ…。

「ほんとですか……?」

「ほんとだよ。だからよかったら、きみたちについて、お兄さんにすこし教えて欲しいんだけど…」と、心が人であるぼくはマインスイーパのごとき慎重さをもって言葉を選ぶ。

「あ、大丈夫です。月先輩に言——」

「はいはいはい!わたしは≪恋と写真銃ポイント・オブ・ビュー・ポイント≫、艇橋こぶなばし瀟花しょうかです!見えてるものがとめられます!お兄ちゃんがいつ起きても大丈夫なように、わたしが見てたんです!この子はこれれちゃん!ほら、挨拶して?」

「あっ、あ、こんにちは。かりゃわ、か、瓦井斯々かわらいこれれです……。空気に魔法がかけられます……ごめんなさい、お兄ちゃんのこと、最初に攻撃したのはわたしです……」

「…なるほどね」

 随分と拙い口調での説明だったが、だからこそ、その内容の意味するところは十二分に伝わった。

 こいつら、強すぎる。

 なにが不味いってその発動条件のゆるさだ。杖も呪文もいらない、思うだけで発動する魔法というのは、それだけで恐れるに足るものだった。

「それでそれで、まだいるんだよ。ちょっとまってて……」とまたせわしなく走り出す瀟花ちゃん。なんというか、小学校低学年のころにいた優等生みたいな趣だ。

 棒立ちでまごつく斯々ちゃんにしても、とても外見年齢にふさわしい情操が備わっているようには見えなかった。

 瀟花ちゃんが三人目の魔法少女を連れて来た。オレンジ色の大きな花飾りが特徴的である。彼女は三人の中では1番身長が高かった——というか、下手したらぼくよりも大きいんじゃないだろうか。

「……………」

「…えっと、はじめまして。ぼくは都合待期っていうんだけど——」

 こっちから話しかけてあげた方がいいかと思い、今さらのように自己紹介をするぼくだった。いや、他でもないこの子たちに拉致されたんだから、調べがついていないはずはないだろうけれど。

「この子!≪電話マイナスマグナム≫の閑古かんこ艦子かんこちゃん!わたしたちのなかで1番強いんだよ!ビームうてるんだから!あ、でもでも、おしゃべりはわたしとしかできないから、あんまりいじめないであげてね……?」

「……なるほど」

 ビームね。

 …まあ、彼女たちにそこまでの説明能力が期待できないのは明々白々だし、顔合わせしておけというからには、ぼくが聞きたいことを聞いていいということなのだろう。

 とりあえずぼくは、重要じゃなさそうなところから突くことにした。

「ところでなんだけど、なんでぼくが『お兄ちゃん』なの?」

 艦子ちゃん以外も、正直ぼくと年齢が変わるようには見えない。

「え?男の人はお兄ちゃんって呼ぶんだよ?」

 ……男の人と来ますか。

 いよいよきな臭い感じだった。

「ええっと、ちなみにここはぼくの通ってる学校だったりするんだけど、きみたちの学校について聞いてもいいかな」

「んーっと、ほんとの名前はちがうんだけど、みんな魔術中学まじゅちゅーっていってるとこ!みんな魔法使いなんだけど、わたしたちはめっっっっちゃ強いから、おしごともしてるの!」

「あの、国立魔法第九大学附属中学校っていいます、本当は……」と斯々ちゃんが注釈を入れてくれた。

 ……まあ、ここまでくればさすがのぼくでも察しがつく。

 魔法をいかに有効に使うか、ね。

 国際魔法協会、どうやらやることはやっているタイプの秘密結社らしい。

 石鹸と教育。

 強力な魔法使いの育成と——少年少女の情操の抑制が、その中で行われているようだった。

 魔法の性質上、個人としてみるならば使う魔法が強ければ強いほど魔法使いは弱くなってしまうが、それを組織で、社会でバックアップしようというのだろう。

 能力がそれを持つ人次第なように、能力を持つ人もまた、それを持つ人次第——なのか。

 なるほど、確かに魔法少女兵の実態がこれならば、辻さんからの説明はむしろ邪魔になったことだろう。

 自力で察するのが1番早い。

 しかし、そうなるといよいよ気になってくる。

 世界を救うためのチームのリーダー、辻月とは、一体どのような魔法を使う少女なのだろうか。

 考えがそこまで至ったところで、辻さんが戻ってきた。

「都合さん、きてください。計画が決まりました」

「あ、はい。でも……」

 ぼくは魔法少女達の方をふり向く。

「いってらっしゃーい!」と手を振られた。

「はあ。では…」

 ぼくはなんだか追い出されるような心持ちで、辻さんに連れられて部屋を後にする。

 一応これで、あの部屋からは解放されたということになるのか…。

 もっとも、それで自由になったわけではないけれど。

 むしろ囚われている感覚はより強くなったし、事実、ぼくは一層きつく縛られているのだろう。

「よく躾けられているでしょう、あの子たち」

 辻さんが皮肉っぽく言った。

「そうなんですかね。ぼくは嚙みつかれた側の人間なので、やっぱり狂犬のような印象が拭えませんが……」

「あはは、意外と例えが容赦ないですね」

「……」

 いや、ここで笑う方が容赦ないだろ。

 なんならそっちが振ってきた流れだし。

「しかし、彼女たちにはなにも説明しなくていいんですか?」

 無能な捕虜たるぼくなんかとは違うのだ。説明したところでどこまで理解してもらえるかは正直微妙なところだとは思うが、かといって自由気ままに動かせば、その機能がとんでもない爆弾と化すことは必至である。

 爆弾。

 架々ノ賀ソラ。

 ひょっとしたら魔法少女が揃えられたのは、その再現オマージュの意味もあるのかもしれないと、ふいに思った。

「いいんですよ。自由とはいえ、彼女たちは調教された通りに考え、動いているに過ぎません。麻薬探知犬は『自分は麻薬を摘発するために働いている』と考えているのでしょうか?」

 私たちはその機能を、せいぜい有効に使うだけですよ——といって、辻さんは校長室のドアを開けた。

 校長室!?

「ここです。どうぞ」と、辻さんは扉を開けたまま待ってくれた。

 いや、まあ、魔法協会の話を聞いた段階でこの学校もその傘下のひとつなのだろうと思ってはいたけれど、いざ直接校長室を占拠されてしまうと、さすがに思うところがないでもなかった。

 別に学校に思い入れとか、ないつもりだったんだけどな……。

「こちらが作戦です。口頭でも文章でも、この部屋以外で内容に言及することはできないので、すべて記憶してください」

 質問もあればこの場でお願いします——そういう辻さんと並ぶように、見るからに高級そうなソファに座りながら、ぼくは渡されたタブレット端末に目を通した。

 ………。

「そ、う、ですね。質問は——ふたつだけあります」

「どうぞ。あなたも作戦の重要なピースです。ふたつでもみっつでも、どんなことでもお答えしましょう」

 そういわれたぼくは、やはり比較的重要じゃなさそうなところから突っ込む。

「辻さんの魔法って、これは——どういうことなんですか?」

「どういうことというのは…記載の通りですが」

 そう、魔法の効果についてはかなり詳細な情報がのっていた。

 しかし問題は、その数である。

可愛いは美味しいメランコリーメロン

ごみどものおもちゃダスト・ザ・ダスト

八つ裂きの刑デビルフィッシュ

「魔法って、ひとつしか持てないはずじゃ……」

 魔法は魔法使いの成長によって弱まったりはするが、その基本的な形質は変化しない。

 成長しても、人が人であるように。

 劣化しても、人が人であるように。

 だから魔法を複数持っているなど、それこそ多重人格のようなものなのだが——。

「ようなものっていうか、まんまその通りですよ。多重人格」

「…は?」

「私は洗脳教育とは別口のモルモットでしてね。使——その唯一の成功作なんです。仮想マシンってご存知ですか?コンピュータのなかで、ソフトとして別のマシンを動かす技術があるんですよ。それと同じように、私の脳の中に魔法使いの脳と、それを使用するための回路が埋め込まれてるんです」

 もっとも、魔法を使うためだけに極限まで削ぎ落されているので、実際に人格が変わってしまうわけではないですけどね——と辻さんは肩をすくめた。

「魔法に関わっているだけの一般人という意味では、あなたとそう立場が変わる訳ではないのですよ」

「…はあ」

 いや、変わるだろ。

 科学ならぬ魔法学。

 非科学的ならぬ魔法学。

 それはここまで、到達しきった学問だったのか…。

「それで、ふたつめの質問というのは?」

「ああ、それはですね…」

 そうだ、予想外の衝撃的な事実に面食らってしまったが、重要なのはこっちなのだ。

 ぼくは少々、言葉に迷う。

 この作戦には、望むらくは不備であって欲しいが、しかしそんな不備がありえてしまうならばそんな頓智気な策士はいないというような、かなり極端なファクターが前提のように潜んでいた。

「これ、成功したらぼくも死にませんか?」

「そうですね。ですが架々ノ賀ソラも死にます」

「世界を——救うためですか」

「そうです。理解してくださりますよね?」

 だから——考えるまでもなかった。

 選択の余地などない。

「もちろんです」

 もちろん、理解などしていない。

 ぼくの命より重いものがどこにある。

 二度目の裏切りが、このとき早くも動き出していた。


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