第4話 アープの何気ない初日の朝(1)
街に移住した翌日の早朝、あてがわれた部屋のベッドの上で目覚めたアープは、寝ぼけ
そこに手を突っ込んで取り出したのは、装飾入りの貫頭衣(ユオ族の民族衣装)。アープからすると二度と着たくないものなのだが、今は他に着るものがない。仕方がないので着てやるかくらいの気持ちで見つめたが、それもほんの一瞬だけだった。
見慣れた着衣になど興味はなかった。そんなものに時間を取られるくらいなら他のことをした方が良いとアープは思う。
ただ、そう思うのも一瞬。頭で考えることなく実践できていると言っても過言ではない。そもそもどんなことでも深く長く考えていられない
嬉しい、楽しい、美味しい、気持ちいい。それだけで良い。辛いのはもう沢山。辛いことを考えてメソメソするのももう沢山。それがアープという少女なのである。
(ふふー、なんだか絵みたいですねー)
パンツ一枚の状態で、寝ぐせのついた髪に覆われた頭をわしゃわしゃと搔きながらそんなことを思う。それから軽く俯いて胸の見た目、重さ、手触りを確認して「うん、絶好調ー」と呟いて一度頷く。
これはアープが毎朝行っているおっぱい占いなる行動。それでなんとなくその日の調子が分かる。ような気がしているだけで実際は何の意味もない。その謎の行動を済ませてからアープは満足そうな顔で用意した服に着替えた。
アープの部屋は一階にある。本当は二階が良かったのだが、
「良いんじゃねぇか? アープの好きにさせてやりゃあよ」
ローガはきょとんとした顔でそう言ったが、デネブは「アープを甘く見るな」と頑として聞き入れなかった。アープは自分がじっとしていられない性分だという自覚はあったので、デネブに対して反感を持つことはなかった。
というよりも、それが気にならなくなるくらいアープは二人の兄の会話を喜んでいた。食事はパンと野菜スープだけの質素なものだったが、初めての三人での食事というスパイスのお陰で、これまで食べたどんなものよりも美味しく感じられた。
(味だけならー、旦那様の料理が一番なんですけどねー)
アープが昨晩見た夢はユーゴの料理だった。心では最高だったと思っても、やはり体は正直。あの程度の夕食ではまったく物足りなかったということを、涎に
だがその枕のことなど既に頭にはない。アープが乾燥した唾液の臭いに気づくまで枕は放置されたままになる運命だ。もっとも、狼人なので鼻は利く。「くさっ⁉」となるまで、さほど時間は掛からないだろう。
そんな憐れな枕のことなど眼中にないアープは、昨日の幸せな夕食から夢で見た料理のことまでを思い出し、またも垂れてきそうになる涎を
(いけませんねー。今は朝ごはんに集中しないとー)
食べることばかり考えているように思えるかもしれないが、最近はそこにユーゴに対しての恋愛感情が混ざりこんでいる。たまにごっちゃになって夢の中で料理とキスをしてユーゴを食べてしまうことがあるが、アープはまったく気にしていない。
そんな夢を見たアープは決まって「間違えちゃったー」と朗らかに笑う。だが渡り人のユーゴからすれば笑い事ではなかったりすることをアープはまだ知らない。
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