第12章 人工知能①

 今日は2日間行われた学園祭の最終日で今はその打ち上げが終わり帰路についている。


 学園祭に参加したこと、クラスの出し物である演劇の脚本を書いたこと、クラスメイトとの打ち上げ、何度思い返してみても不思議で新鮮で嬉しくて、どこかくすぐったい。

 それに、椿のメイド服を見れたことや写真を撮ったこと、一緒に校内を回ったこと、この2日間のどこを切り取っても楽しいと思えることしかない。


 ふと、碧と椿の様子がおかしかったことが頭によぎった。

 まぁ帰ったら碧に聞いてみればいいか。


 「ただい……ま」


 家に着き、鍵を開けてドアを開けると土下座をして待機している中学生がいた。


 「なにしてんの」

 「御兄様、誠に申し訳ない!」


 何に謝っているのか皆目見当もつかないが、こうしていられると落ち着かないし何だか不気味だ。

 とりあえずリビングに移動して話を聞くことにした。

 あと口調どうした?


 「で?」

 「言っちゃった」

 「何の話?」

 「伊澄が小説書いてたこと椿さんに言っちゃった……」

 「え、まじ」


 遡ること数時間前。

 演劇が終わり、碧が椿と2人になった時。

 「面白かっですね!」

 「あれの脚本書くなんて凄いね、伊澄」

 「ですよね、また書けばいいのに」

 「またって?」

 「伊澄がまた小説書けばいいのにって話ですよ!人工知能っていう名前で活動してて結構人気だったんですよ」

 「え? えっと……」

 「……もしかして伊澄から聞いてないですか」


 そして現在。


 「椿さんは伊澄が書いてたこと知ってると思い込んでた」

 「まぁ、隠すつもりはなかったんだけどね。言うつもりもなかったけど……」

 「うっ……ごめん」


 怒るようなことでもないのに怒っている風になるのはきっと碧がそれなりに罪悪感を感じているからだろう。

 いつもの勢いを失った碧との空間はどこまでもぎこちなく、調子が狂う。


 「なぁ、碧」

 「ん? ぐはっ」

 

 どことなく気まずい空気に耐えきれなくなった俺は渾身のチョップを碧の頭にお見舞した。


 「痛い」

 「碧らしくなくて気持ち悪い」

 「……」


 あれ、やりすぎた?


 「うぐっ」

 「たしかに」


 碧の蹴りが俺のお腹に刺さった。

 あ、いつもの調子が戻ったみたい……

 お腹の痛みが消えてから俺は悩みの種を碧に共有することにした。


 「実は椿、人工知能知ってたんだよね」

 「え、何で?」

 「ファンだったみたい」

 「伊澄が正体だって椿さんに言わなかったの?」

 「うん……」


 言えなかった。

 あの時は何て言えばいいかわからなくて笑って誤魔化した。

 そしてそれは今もわからないままだ。

 情けないなと自嘲し、ため息が漏れる。

 椿はどう思っているのかな。


 学園祭の振替休日であった2日間が過ぎ、普通の高校生活が戻ってきた。

 当たり前のように6時間目まである授業に学校中でどんよりとした空気が流れていた。

 準備期間というぬるま湯に浸かっていたせいで1日が長く感じるのだろう。

 しかし俺には放課後までの時間がいつも以上に早く感じた。


 あっという間に放課後になり、椿と待ち合わせている校門の前へと向かった。

 いつも俺よりも早く着いていてるはずの椿が今日に限ってその姿が見られなかった。

 ドクドクと心臓が大きな音を立てて、嫌な想像が頭によぎる。


 「おまたせ」


 椿の声に俺はほっと安堵して顔を上げる。

 俺の正体を知った椿はいつも通りに接してくれるだろうか。

 そんな不安を抱えながら椿の方に視線を向けると、彼女は俯きがちにぎこちない表情をしていた。


 ——ドクドク

 

 不安なのか焦りなのかはわからないが収まりかけていた大きな鼓動が再び音を立てて、「いつも通りには戻れない」と知らせてくる。

 

 「サインちょだい」

 「……え?」

 

 少し恥ずかしそうに突飛なことを言う椿に俺は呆気に取られた。

 いろいろと複雑なことを考えていたが全て杞憂だったらしい……

 

 


 



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