第11章 占いって信じる?
学園祭2日目。
時刻はもう少しで14時になろうかというところ。
そろそろ椿が教室まで来てくれるという時間になる頃だった。
「お待たせ」
俺の耳を惹きつける凛とした透明感のある声。
俺の鼻孔をくすぐる春のような温かさを感じる上品な香り。
俺の視線を釘付けにする綺麗に整った容姿。
「行くよ! 伊澄」
「まずは模擬店?」
「うん!」
「椿は何食べたい?」
「たこ焼きと焼きそば! あとはフライドポテト、ポップコーンでしょ? それからチーズドッグにいちご飴。あと何食べよう」
「……正気か?」
俺もお腹が空いているし、何よりも椿が食べたいなら文句はない。
それにしてもどこまで本気なんだろうと思い苦笑する。
「伊澄、どこから行く?」
「焼きそば!」
「意義なし!」
こうやって放課後じゃない校内を一緒に歩くのは初めて少しくすぐったい。
こういう時間がずっと——
意外にも俺たちは椿が食べたいと言っていた模擬店のメニューを制覇することができた。そして最後にロールアイスまで食べた。
さすがに2人とも満腹ということは言うまでもない。
「椿、次どうする?」
「そうだなぁ、占い行こう」
「占いやってるの?」
「どこかの部活がやってるって! 結構当たるらしいよ」
正直なところ占いとかは信じる性分ではなく、やったことがない。
ちなみにクラス以外にも各部活で出し物をすることも認められている。
部費の足しにしようと出店している部もあるみたいだ。
「占いなんて信じてないって顔だ?」
「うっ……」
俺の顔を覗き込む椿がニヤリと笑って言う。
どうやら見透かされているらしい……
「椿は信じてる派?」
「うーん、良いことだけは信じてるよ」
「……」
どこかの中学生も同じこと言ってたような気学する。
ふと椿が脚を止めて、それに倣うように俺も脚を止めた。
「着いたみたい」
「あ、本当だね」
目の前にはダンボールにペンキで塗装された「占い屋」という看板がある。
すぐに入れると思っていたが、予想に反して並ぶ人の列ができていた。
看板に書いてある詳細を見てみると1回100円で恋愛運、勉強運を占ってくれるらしい。
そして約15分後、ようやく俺たちに順番が回ってきた。
受付の人にそれぞれ100円を渡し、中へと入る。
中に入ると、黒いマントを羽織っている人が1人いた。おそらくこの人が占い師だろう。
その人と謎の魔法陣が描かれているテーブルクロスの上に水晶が置かれた机を挟んで俺は椿の隣に座る。
「まずは名前と生年月日、正座、血液型をこの紙に書いてください」
そう言って占い師が1枚の紙を俺と椿に各々渡す。
簡単な質問だったのですらすらと書いて占い師へと戻した。
「これから3つ質問をします。その答えを心の中で唱えてください。それでは、目を閉じてください」
俺たちは言われた通りに目を閉じて質問を待つ。
「あなたの将来像を想像して下さい」
——将来像か……
全然想像できない。
「あなたの好きな人を想像して下さい」
——なんなんだこの恥ずかしい質問は。
そう思いながら俺は椿の姿を思い浮かべる。
「では、最後に好きな色を想像して下さい」
——最後の質問適当だろ!
そんなツッコミを内心思いながら黒を想像する。
「目を開けていただいて結構です」
そう言われて俺は目を開けて隣に座る椿の方を見る。
椿は目をキラキラさせて占いの結果を楽しみにしているようだった。
3分ほど経過し、占い師は結果を書いた1枚の紙を差し出す。
それを受け取り、俺たちは店を出た。
「なんて書いてあった?」
椿にそう言われて、結果が書かれている紙を2人で見た。
——恋愛運 想い人が離れていくでしょう。
勉強運 成功するが時間がかかるでしょう。
椿は俺の悲惨な結果を見てぶはっと吹き出す。
占いなんてやっぱり信用しないと固く誓った。
「椿はどうだった?」
——恋愛運 言葉にすると叶うでしょう。
勉強運 全力を尽くせば叶うでしょう。
「どうよ?」
「……」
ドヤッとした顔で結果を見せてくる椿。
結果は俺のとは違い、前向きな内容だった。
「あ、椿、あそこ行こ」
「え、無理無理無理」
俺が指差したのはお化け屋敷だ。
この反応ってまさか……
「苦手なの?」
「そ、そんなわけないじゃん」
「ふーん」
俺は口の左端を少しだけ上げて椿のことを引っ張る。
「ちょ、伊澄! 悪い顔してる!」
「さぁ、行こ行こ」
お化け屋敷は意外にもすぐに入ることができた。
完成度が高く、入った瞬間にこれはやばいなと思った。主に椿が……
お化け屋敷からなんとか生還した俺は気絶寸前の椿に声をかける。
「大丈夫?」
「死ぬ……」
いつも揶揄ってくる姿とのギャップにぷっと笑ってしまう。これはいつものお返しということにしよう。
「あ、今何時?」
「15時過ぎ」
何かを思い出し、焦った様子で時間を聞く椿に俺はスマホで確認して時間を伝えた。
「よかった、演劇15時半からだよね?」
「そうだった気がする」
どうやら俺のクラスの演劇を見るつもりらしい。
焦っていた理由に頬が緩んでしまう。
——Prrr Prrr
「伊澄、スマホ鳴ってるよ」
珍しく鳴る自分のスマホを確認すると、表示されていた名前は……
「碧からだ」
「碧ちゃん?」
「うん、出るね」
「もしもし?」
「あ、伊澄?」
「入り口まで来て」
「はい?」
「伊澄の学校来た」
——プツッ
え、学校来たって言った?
「碧ちゃん、大丈夫?」
「学校に来たみたい。迎えに来いって……」
そうして俺は椿と一緒に校門まで行くことにした。
校門の前に1人の中学生が立っていて、すぐに碧だとわかった。
「おい?」
「あ、椿さん! こんにちは」
「こんにちは、碧ちゃん」
あれ、無視されてない?
「これから伊澄のクラスの演劇観に行くんだけど一緒に行かない?」
「是非!」
あれ、やっぱり無視されるよね?
「伊澄も早く行こう!」
「あ、伊澄もいたんだ」
「……」
椿と辛辣な妹の後ろについて行き、演劇などのステージ演出が行われる体育館の空いている席に座った。
「俺は出演してないからな?」
「伊澄が出るわけないじゃん」
「ん、どういう意味だい?」
俺と碧の話を聞いていた椿が肩を震わせてクスクスと笑う。
——ブーー
ブザーが体育館中に鳴り響き、照明が消えて暗闇に包まれる。
そして、人魚姫が始まった。
自分が脚本した演劇を椿と碧に見られるのはかなり恥ずかしい。
そして、面白いと思ってくれるだろうかという不安と緊張でソワソワしたりドキドキしたりで忙しい。
ステージよりも2人の様子の方が気になってしまう。
って、何で碧が真ん中に座ってるんだよ!
——ブーー
俺の心情は演劇どころではなく、ブザーの音で人魚姫が終わったことがわかった。
——定番じゃないのが見たい!
あの言葉に感化されて、悩んだ末に決定したこの
椿はどう思っただろうか。楽しんでくれたなら良いんだけどな。
「伊澄、」
「おーい、逢沢」
椿と少し離れたところにいる日向の声が重なった。
「行ってきたら?」と微笑む椿を背にして俺は日向の元へ向かう。
「どうした?」
「今日の19時から打ち上げだってよ!」
「え、俺も行っていいの?」
「は?何言ってんだよ」
——俺が行って変な空気にならないだろうか。
そんなことが頭によぎる。
「脚本が来なかったら締まらないぞ!」
「マジでよかったもんな、あの脚本!」
日向と一緒にいた2人のクラスメイトがそう言う。
2人とは話したことはないが温かいなと思った。
「わかった! 19時ね」
「場所は後で決めるってよ!」
嬉しかった。
学校生活がこんなに楽しいだなんて知らなかった。
そして俺は、椿と碧のところへと戻ることにした。
離れたところから見ても2人の場所はすぐにわかった。
それほどまでに2人が纏うオーラは他よりも一段と華やかに見える。
何やら仲良さげに会話をしているようだ。
「碧、今日ご飯いらないって伝えておいて」
「あ、うん、わかった」
「どうかした?」
「いや……先帰るね」
そう言って何やら動揺した碧が走って帰って行った。
椿の方を見ると、目を丸くして呆気に取られているようだった。
「椿?」
「え、あ、ん?」
「どうしたの?」
「い、いや何も? 伊澄も打ち上げ?」
「うん」
「じゃあ、教室戻ろっか」
そうして俺と椿は各々教室に戻った。
2人の様子が変だったことは気になるが……
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