第7章 大人の階段
外から聞こえる少年たちの元気な声で、私は目を覚ました。
うっすら瞼を開けると、カーテンの隙間から漏れ込む陽射しが眩しくて再び閉じてしまう。
もう少し寝ようかと思ったが、昨日伊澄に薦めてもらった本を読みたかったので少し早起きをすることにした。
ベッドから出て、軽く伸びをする。なぜ朝にする伸びはこんなに気持ちがいいのだろうか。
目線を部屋のデジタル時計に向けると13時だった。
「あれ……」
全然早起きではなかったらしい。
こんなに寝過ごすことなんて久しぶりだ。
じめじめとした重たい空気を肌で感じながら、とりあえず朝食兼昼食を済ませることにした私はリビングへと向かう。
リビングは静寂に包まれていて、入った瞬間に誰もいないことを悟った。
「そういえば今日出かけるとか言ってたっけ」
曖昧な記憶を辿ってみると、今日は両親の結婚記念日であることを思い出した。
今頃は仲良くランチでも食べている頃だろうか。
娘の私が言うのもなんだが2人の夫婦仲はとても良く、小さい頃はアラジンとジャスミンみたいなんて思ったこともある。
きっと2人には
私もこんな夫婦になりたいな。
なんて彼氏すらできたことない私が言うのも変な話か……
そんなことを考えていると、なぜだか1人の男の子が私の脳内を占拠する。
突如現れた男の子に私はぷっと吹き出してしまう。
だって彼には、夫婦や恋人なんて言葉は似合わない気がするから。
それに昨日、妹がいることを知って少し驚いたけど、家でお兄ちゃんやってる姿を想像できてしまう。
——カチッ
お湯が沸いたことを電気ケトルが得意げに教えてくれる。
トースト2枚とインスタントコーヒーで私の1日が始まる。
トーストをかじる音がいつも以上に大きく聞こえ、こんなときには特に兄妹の存在が羨ましく思えてしまう。
私は一人っ子で両親と3人家族であり、昔から密かに兄妹というものに憧れがある。
「苦い……」
普段は飲まないコーヒーを少し大人びて飲んでみたけど、まだ早いみたい。
ちなみに私の持論ではコーヒーを美味しく飲めるのは舌が大人だからじゃなくて、味覚が衰えているからということになっている。
冷めたコーヒーと共に自分の部屋に戻り、昨日購入した本を開いた。
——Prrr Prrr
本を開いてすぐに、静寂を引き裂くように着信音が鳴り響いた。
すぐにスマホを確認すると、画面には「さくら」と表示されていた。
「はーい?」
「つばっきー今何してる?」
「家にいるよ」
「いつもの高級イタリアン行かない?」
「1時間後に現地でいい?」
「おっけ!」
今日も読書はお預けになりそうだ。
桜は私が気を許せる友達の1人で、桜に彼氏ができるまでは放課後は毎日一緒にいた。
最近は休日に遊ぶことも無くなっていたので嬉しい誘いに気分が上がる。
ワクワクで胸を躍らせながら、すぐに支度を終わらせて家を飛び出した。
時間通りに待ち合わせの場所に着いた私は、すでに到着していた桜を見つけた。
「桜、お待たせ」
「つばっきー、金曜日ぶり!」
立ち話はせずに目の前にある行きつけのイタリアンへと脚を向ける。
そう、行きつけの高級イタリアン専門店ことサイゼイリアへと。
ミラノ風ドリアとドリンクバーを2つ、マルゲリータ、辛味チキンを注文した。
ドリンクバーで私はメロンソーダ、桜はオレンジジュースを入れて席に戻る。
他にオーダーが溜まっていなかったようで、すぐに注文したメニューも揃い、話に花を咲かせる。
「今日は彼氏と一緒じゃないんだ?」
「今日は学校の友達と予定あるみたいだよ」
桜は他校の生徒とお付き合いをしていて、放課後や休日にデートやらなんやらしているみたい。
彼氏が欲しいとは思ったことないが、桜の話を聞くと少し羨ましくなることもある。
「つばっきーこそ彼氏とどうなの?」
「……ん? 彼氏?」
「ほら2年生の年下彼氏」
「ッ、ゴホッ、ゴホッ……」
最初は誰のことを言っているのか全然わからなかったが、伊澄のことだとわかった途端に驚きと気恥ずかしさが込み上がる。
「ちょ、大丈夫?」
「桜が変なこと言うから」
冗談にしても心臓に悪すぎる。
でも、少しは恋人っぽく見えるのかな。
彼氏はいらないなんて思っているくせに、少し喜ぶ自分に苦笑する。
最近の私は変だな……
「私たちはそんな感じじゃないよ。それに、そもそも伊澄が私を好きにならないと思うよ」
「えー? つばっきーといて好きにならないとかあるの?」
「まぁ、確かに私はモテるけどね?」
「自重しろ?」
軽口をドヤ顔で決める私と冷静に突っ込む桜。
他愛のないかけ合いに2人してぶはっと吹き出して笑う。
「そうだ、咲と美雪にも連絡してみる?」
「賛成!」
普段、学校では桜、咲、美雪と4人でいることがほとんどで、いつメンというやつだ。
咲はバスケ部の中心メンバーで美雪は吹奏楽部でトランペットを吹いている。2人とも部活が忙しくて放課後も休日も遊ぶことは稀である。
この時間なら部活が終わっているかもしれないと期待を込めて、私は4人のグループLINEで呼びかけてみる。
30分後、私たち4人は奇跡的に集まることができた。
バスケ部は午後から休みだったらしく、連絡した数秒後に「行く!」と咲から返信があった。
美雪は部活終わりにそのまま来てくれた。
放課後には何度か遊んだことはあるが、休日に4人が集まるのは初めてのことで私たちのテンションはキャパオーバーになった。
中でもJK4人が最も盛り上がる話といえば、やはり恋愛に纏わるものだろう。
といっても、私以外の3人は彼氏持ちのリア充で標的は必然的に私になる。
咲はバスケ部の先輩と、美雪は他校の幼馴染と中学を卒業する時からお付き合いをしているらしい。
私を置いて少しずつ大人の階段を登る3人の姿が眩しくもあり、寂しくも感じてしまう。
「椿ちゃんは誰かのこと好きになったりしないの?」
私のことを「椿ちゃん」と呼ぶのは3人の中では美雪だけだ。ちなみに咲には「ばっきー」と呼ばれている。
「中学の時に好きだった先輩はいたんだけど、今思えばあれは好きというより憧れって感じなんだよね」
「あー、それはわかるかも」
共感してくれたのは意外にも先輩彼氏がいる咲だった。
咲は続けて自分の話をしてくれる。
「最初は野坂先輩のこと気になってたじゃん?」
「そういえばそうだったね」
新学期が始まってすぐに咲はサッカー部の野坂先輩が好きと言っていた。
連絡を取り合うようになったということは聞いていたが、それ以降は話の話題に上がってこなかった。そして、いつの間にかバスケ部の先輩である水野先輩とお付き合いをしていた。
「どこから水野先輩に心変わりしたの?」
「うんうん!」
桜と美雪が興味津々に真相に迫る。
咲は心なしか少し紅潮していてとても可愛らしかった。
「実は野坂先輩との仲を取り持ってくれていたのが水野先輩だったんだよね。部活後にも作戦会議みたいなこともしてくれて自然と一緒にいる時間も増えて……」
「うんうん」
「増えて?」
「それで?」
知らない間に標的が咲になっていてラッキーだと思ったことは秘密にしておこう。
「休みの日に野坂先輩と遊びに行くことが決まって、その日はすごい楽しくてこのまま付き合えるのかななんて思ったんだけど、そう思うと何か途端にモヤモヤしてきて……」
「「「うんうんうん」」」
「で、そのモヤモヤの正体が水野先輩との時間が無くなることの寂しさだったて訳」
「そこで水野先輩が好きだってハッキリしたの?」
私が聞くと咲は恥ずかしそうにコクんと頷く。
「あー、こんな恥ずかしい話やめやめ!」
紅潮した咲が烏龍茶を一気に飲んで言う。
咲のお陰で恋愛話にお腹いっぱいになった私たちは締めに学園祭の話をして19時ごろに解散した。
帰り道、私はまだ楽しかった余韻に浸っていたくて公園に寄ることにした。
ベンチに座って10分くらいしたら帰ろう。
ふと、咲の話が頭をよぎった。
「本当に大切なものは遠くなって見えてくるか……
近くなるほど見つけたいものなのにな……」
今の距離感を変えることに立ち
「はぁ……」
何で伊澄のこと考えてるんだろう。
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