第6章 碧とは
これは後日談……と言っていいのだろうか。いや、先刻談?
まぁ、つまるところ約3時間ほど前まで俺は椿と休日デート(仮)をしていた。
芸術的なモンブランを食べた後に俺たちはショッピングモール内にある書店でお互いにおすすめの本を読むという最高の展開になった……はずなのに。
碧というのは俺の目の前のソファで寛いでいる小娘のことである。
中学2年生で身長は150cm程。髪型はセミロングのストレート。そして綺麗よりは可愛いといった感じの整った容姿をしている。
「伊澄ぃー、彼女いたの?」
「お、お前なぁ」
挑発気味のニヤリとした顔でそんなことを言ってくる。
そう、この碧という小娘のフルネームは逢沢碧。つまり妹である。
「椿とはそんなんじゃないよ」
「へぇ、椿さんっていうんだ。てか最近は休日に出かけてないから私服持ってないと思ってたのにいつの間に買いに行ったの?」
「これは椿に選んでもらった」
「あ、どうりでセンスいいと思った。なっとくなっとく」
あれ、なんか軽くディスられた気がするんだが?
遡ること3時間前
「ん、伊澄の知り合い?」
「……えと、妹」
「え、伊澄に妹さんいたんだ!」
とりあえず俺は何故かその場に居合わせた碧の方に視線を向ける。
だが、俺の目に映ったのは目を見開きながら口をポカンと開けて固まっている姿だった。
「おい?」
「ッ、あ、伊澄が女の人と一緒にいるところ初めてみたからビックリしちゃって」
無自覚に俺の傷に塩を塗ってくる。
碧は目線と体を椿の方に向け、それに椿は一瞬驚いたような表情を見せた。
「初めまして、妹の碧です!
不束者の兄ですがよろしくお願いします!
では、失礼します」
そう言って碧はそそくさと帰っていった。
碧のやつ絶対に何か勘違いしているな。
碧という名の嵐が過ぎ去った後、俺たちが本の世界に戻ることはなかった。
というより、椿の質問攻めにあっていた。
「家ではよく話すの?」
「お兄ちゃんって呼ばれたりしないの?」
「いいなー、兄妹」
とか言っていたが正直よく覚えていない。何せ質問に答える前に次の質問が飛んでくるんだから俺の頭はてんやわんやしていた。
けっきょく購入した本は各自で読むことになり、18時ごろに解散した。
そして現在
「碧こそ今日は1人だったんだ」
「たまには1人で本読みたいからね。誘い断った」
「そうかいそうかい」
何を隠そう碧は昔から超リア充である。
週末はよく友達に誘われて遊びに行ったりしているが、気分で断る鋼のメンタルを持つ鉄人だ。
「ちなみになんて言って断るの?」
ただの好奇心で聞いてみる。
なんたって俺は誰かに誘われるという経験が椿以外にはないし、だからこそ断るといる行為に想像もつかない。
「え、普通に1人で本読みたいからまた今度ねって言ったけど」
「……」
もしかしてこれが普通なの?
怖いよ中学生。
「てかスタバの新作飲みたい」
「お金を寄越せと?」
ソファに寝転がりながらTVとスマホを行ったり来たりしている妹にたかられる兄。
我ながら何とも情けない。
「そうじゃなくて、たまには一緒に行こうよ」
「はい?」
「椿さんはよくて健気な妹はダメと?」
「……」
「うわー、お母さんとお父さんに言いつけよ」
「わかったわかった。行くから落ち着けって」
両親に言われて困るようなことはないのだが、どの道こうなった碧は行くというまで諦めない。
さすがは鉄人といったところだろうか。
「まったく、中2にもなって兄とスタバ行くかね普通」
「え、行かないの?」
「いや、普通は嫌がるもんじゃないの」
「碧は行きたいけど?」
うん、普通じゃないわ俺の妹。
まぁ、反抗されるよりかは全然マシか……
そう思って開き直ることにしよう。
「にしても碧は俺と歩いて恥ずかしくないのかよ」
「なに!? まさか伊澄は碧と歩くのが恥ずかしいの!? やっぱり椿さんみたく綺麗で大人っぽい人の味を知ってしまったのか……」
「そういう意味じゃなくて、俺と碧じゃ性格真逆だし友達に見られたりするかもよってこと」
てか、なんで椿の名前がここで出るんだよ。
「伊澄の良いとこいっぱい知ってるし恥ずかしいわけないじゃん。てか自慢のお兄ちゃんだと思ってるけど? あんま妹舐めんなよっ」
「お、おう」
よくこんなことを恥ずかしげもなく言えるもんだ。言われているこっちが恥ずかしいくらいなのに。
てかこの娘本当に中学2年生?
大人過ぎて一周回って少し不安になるわ。
「なに伊澄、照れてんの? まぁ、友達いないのは可哀想だと思うけどね」
「妹に照れる訳ないだろ。あと、一言余計だ。スタバ奢ってやんないぞ」
「え、奢ってくれるの!? 最高!」
やれやれといった感じだが、今まで使っていなかったお金がそこそこあるしたまにはいいか。
それに碧に言われたことに気恥ずかしさは感じたものの嬉しかったことに嘘偽りはない。
「それで、いつ行く?」
「もちろん明日!」
「明日かよ」
「善は急げだよ!」
「そうですか……」
翌日の午後2時過ぎ。
俺は碧に急かされながら、スタバに行く支度をしているところだ。
「はーやーくー」
玄関で待機している碧が待ちきれないといった様子で俺のことを無駄に大きな声で呼ぶ。
そんなに張り切らなくても良いような気もするが言わないでおこう。
ささっと服を着て部屋の外へ、そして階段を降りてようやく碧の目の前だ。
「兄よ、さすがに2日連続で同じ服ってのはどうなんだろう?」
「やはりそう思うか、妹」
まさか2日連続で外出するなんて思いもしなかった俺は、昨日椿に選んでもらった服を着た。
というか他に服がないので同じ服を着るという選択肢しかなかった。
「なぁなぁ碧さん、スタバの前に兄の服でも買いに行きませんか?」
「碧ちゃん、NEW ERAのキャップ欲しいなぁ〜」
「クッ、交渉成立だ……」
ニヤッと笑う碧は完全に悪い顔をしている。
頼むから鼠講の元締めなんかにはならないでくれよ。
今日の碧の服装はというと白のバルーンパンツに濃紺の七分袖のトップスを大きめに着たストリート系のファッションだ。足元は白と黒のスニーカーで合わせている。お気に入りの一足のようでパンダダンクとか何とか言っていた。
それにしても我が妹ながらよく着こなせていると思う。
「どこで服買うか決まってんの?」
「……」
「じゃあ、どんな服装したいとかは?」
「……」
「おい?」
そんなこと何も考えてなかった。というか考えたところでわかるのかすら怪しい。
情けない兄を見てなぜか楽しそうにため息をつく碧が俺の方を見て言う。
「碧ちゃんのおまかせにしとく?」
「お願いします……」
おっと、はじめて妹が可愛く見えたぞ。
機嫌を損ねるわけにはいかないので声に出すことはやめておく。
「何着か買っとくの?」
「そうしようかな」
「お金は……あるか」
「まぁ、少しは、って何で知ってんだよ」
「妹だもの」
理由になってないと思うのだが?
それにしても椿に続いて碧にも選んでもらえるなんて幸運なことだ。
椿と碧は服装の系統は違うが2人ともおしゃれに疎い俺でもセンスが良いことだけはわかる。
そして碧は俺の袖を引っ張るように張り切って歩き出した。
まず俺たちが訪れたのはBEAMSだった。このお店はセレクトショップで国内外のブランドの取り扱いがあるのだとか。また、オリジナルブランドも展開しているらしい。
店内をざっと見た感じでは、カジュアルな商品が多い印象だ。
「これ似合いそうだよ」
「全然想像できない」
碧が手に取ったのは、オーバーサイズになった白と黒のボーダーのTシャツ。
素人からするとボーダーはなかなかハードルが高い。着る人によっておしゃれにもダサくもなる印象がある。
「これにデニムを合わせると」
「おぉ、ちょっと様になって見える」
ボーダーのTシャツにグレーのワイドデニムを鏡の前で合わせてみるとしっくりきたので試着してみることにした。
試着してみた結果、めちゃくちゃよかった。
すごいな妹。
「あと、これも着回しやすいからおすすめ」
そう言って渡されたのは黒のパーカーで、確かに持っていた方がいいような気がする。
ここでは4点購入することにした。
1点多く感じるのは気のせいだろうか。レディースのパーカーがあるのは気のせいだろうか。
購入後、試着した服をそのまま着て店を出た。
2店舗目に碧が選んだのは無印良品。
「服売ってるの?」
「はぁ、これだからおじさんは……」
碧は頭に手を置き首を左右に振りながら言う。
俺、高校生なんだけどね?
どうやら無印良品でも服が売ってるみたいだ。
「ここで買うのはもう決まってるよ」
そう言って何着かの服を手際よく手に取っていく。
5分も経たないうちに碧に選んでもらった服と一緒に試着室に向かった。
その服の内訳は、黒のスラックスに白のシャツ、無地のTシャツを白と黒1着ずつというシンプルなものだった。これなら似合う似合わないなんてないと思うのでサイズを確認するだけでよさそうだ。
サイズも問題なく、会計をするためレジに向かう。
この店ではセルフレジが導入されているらしく、自分でバーコードをスキャンする。
隣にいる碧はこのチャンスを逃すまいと、化粧水のバーコードをスキャンしていた。
しかも普段使っているものよりも大きいサイズ……
視線を横に向けると碧と目が合った。
「出世払いで」
「来週には忘れてるだろ」
「じゃあ、宝払いで」
「海賊か」
実際のところ俺1人ではまともな服を選べないので化粧水くらいは問題ない。
「よーし、あとはキャップだね!」
「碧が欲しいって言ってたやつか」
「うん!」
そして俺たちはNEW ERAへと向かった。
どうやら碧はお目当てのものが決まっている様子だ。
俺も似合いそうなものがあれば買ってみようかな。
店内に到着して碧は真っ先に一つのキャップを手に取った。
ホワイトソックスのキャップで9FORTYという種類だった。
形によっていくつも種類があり、何が何だかわからない……
「どう?」
「すごい似合ってる」
碧は嬉しそうに笑っている。
キャップを被った姿はお世辞抜きで本当によく似合っていた。
「伊澄は?」
「これかな」
俺が手に取ったのは黒のドジャースのキャップだ。サイズは碧のと同じ9FORTYにした。
鏡があったので試着してみることにした。
今の服装にも合っていて、思わず碧の方を見る。碧は何も言わずに親指を立てている。
俺たちは購入してそのままキャップを被って店を出た。
そしてようやくスタバへと脚を運ぶ。
そう、今日のメインは買い物ではないのだ。
「伊澄も新作?」
「メロンって気分じゃないかな」
「あら、そう」
今の新作のメニューはメロンらしく、碧はメロンフラペチーノとワッフルを即決していた。
そして俺はアーモンドミルクラテを注文することにした。
2人分の会計を済ませて、俺たちは空いている席に腰を下ろした。
「メロンうっま! さすが自由の女神様」
「セイレーンな」
デジャブだ……
「てか、本当に付き合ってないの?」
「な、何言ってんだよ」
「やっぱ付き合ってないのか。まぁ、あの綺麗な椿さんは高嶺の花って感じだよね」
「そゆこと」
俺と椿の関係性って何なんだろう。
ふと、そんなことが頭によぎった。
でも、その関係性の核心に触れると何かが壊れてしまいそうで、俺はその問いから目を逸らすしかない。
「椿さんの気持ちは置いといて、伊澄は好きじゃないの?」
「そりゃ、好きだよ」
「いや、恋愛感情の話」
「……わかんない」
今まで誰にも恋愛感情持ったことのない俺には「好き」の違いがわからない。
本の世界だと登場人物の心情を読み取ればいいのだが、いざ自分がその立場になってみると全くと言っていいほどわからない。
椿といる時間はもちろん楽しい。でも、それが「好き」に繋がるのだろうか。
「そっかー、ついに伊澄も恋するのかと思ったんだけどな」
「残念でした。そう言う碧はどうなんだよ」
「碧はこう見えてそこそこモテるんだよ? まぁ、この間別れたばっかりだけど」
「そ、そうなんだ……」
え、中2で付き合うとかあるの?
世の中の若者ちょっと進みすぎじゃない?
てか、別れたって聞いて少しホッとしてる俺なに?
数日後、いつも通り学校から帰ってきた俺は自分の部屋で部屋着へと着替える。
そこで、昨日まで俺の部屋になかった箱があることに気がついた。
「何だろう……」
不思議に思い、近づいてみると靴が入っていそうな大きさの段ボールだった。
その上に1枚の付箋が置いてある。
「この間のお礼!」
見てみると、碧が書いたであろう文字があった。
俺は思わず頬が緩んでしまう。
中を見てみるとNIKEのAir Force1が入っていた。
この間買い物に行ったとき、靴を買っていないことを思い出した。
よく出来た妹だな……
「てか本当に中2かよ」
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