第5章 これって休日デートってやつ?

 金曜日も残すところあと2時間になった22時。

 春と夏に挟まれた6月のじめじめした空気に気怠さを感じつつ、春を懐かしく思い、夏を待ち遠しむこの頃。

 今日も何の変哲もない学校生活と椿との放課後という特殊ないつも通りを過ごした。

 そんな俺は今、寝るには少し早く、特にやることもないという状況に頭を抱えている。

 そんな風に悶えていると、スマホから着信音が鳴った。

 椿からの着信だった。こんな時間に電話をしたことがない俺は動揺と緊張をゴクリと唾と一緒に飲み込んだ。


 「も、もしもし」

 「あ、やっと出た。もしかして寝てた?」

 「いや、暇してたとこだよ」

 「それにしては電話に出るの遅かったけど、私からの着信にドキドキしちゃったのかな?」


 いつもと変わらぬ調子で椿は揶揄ってくる。

 きっと今、悪戯に笑っているんだろうな。


 「椿にドキドキしたことはないかな。それで、こんな時間にどうしたの?」


 俺はそんな嘘という名の軽口を言って本題を聞くことにした。


 「ひどくない!? そうそう明日何してる?」

 「明日は特に何もないけど」

 「そしたらさ、ちょっと出かけない?」

 「まぁ、いいけど」

 「じゃあ、明日の13時に駅に待ち合わせね!」


 明日の予定ができた。

 これって、もしかして、休日デ……そんなわけないか。

 23時半頃、いつもより早く寝ることにした。

 

 「寝れない……」

 

 すでに時刻は1時を回っているが寝付けない。

 なぜかそわそわして落ち着かない自分自身に驚愕した。


 そして翌日の13時。

 俺は待ち合わせの10分程前に駅に到着した。

 

 「北口にいる」

 「了解! あと3分で着くよ」


 到着の連絡をLINEで済ませ椿を待つこと3分。


 「伊澄、お待たせー……って、え?」

 「ん?」

 「何で制服?」

 「言われると思いました……」


 そう何を隠そう、俺はまともな私服を持っていないのだ。

 今朝クローゼットを開けた時のあの絶望感は忘れないだろう。そもそも休日に誰かと遊ぶという発想が無かった俺にとっては完全に盲点だった。


 椿の気遣いにより、俺たちはユニクロへと私服の調達に向かった。

 そんな椿の服装はというと、梅雨の時期でも快適に着られそうな淡い青色のフレアワンピースに白いスニーカーでカジュアルに崩している。小さめのショルダーバッグで飾らないかわいらしさをプラスしている。

 何というか、流行りに疎い俺でも彼女がおしゃれだということはわかる。

 

 「じゃあ、これとこれね」

 

 瞬く間にメンズ服を選ぶ椿を目で追っていたが、おしゃれな人は買い物が早いというのは迷信ではないらしい。

 椿に選んでもらった服と一緒に試着室に入り、何だか得した気分だとしみじみ思う。

 試着が終わった俺は鏡の方へと振り返ってみる。

 白のスラックスに青のシャツで綺麗めな服装を着た自分の姿は少し大人っぽく見えた。

 ちなみに靴は元々履いていた黒のコンバースが採用された。

 

 「どうかな」


 カーテンを開けて椿に声を掛ける。


 「うん! 清潔感あるしシンプルでいいと思う!」

 「ありがとう。お会計してくるね」


 そして俺たちは、ようやく振り出しに戻った。

 

 「そういえば今日の予定って」

 「今日はモンブランを食べに行きます」


 そう言ってにっこり笑う椿の瞳は真っ直ぐに俺を映した。

 そのあまりにも綺麗な姿に見惚れないわけがなかった。


 そして俺たちは目的の場所に着いた。店の外観に生搾りモンブラン専門店と大々的に表示されているので確認するまでもなかった。

 そんなことより生搾りとは?


 「普通のモンブランじゃないの?」

 「まぁ、着いてきたまえ少年」


 なぜか得意げな椿の後に続いて店内へと足を踏み入れてわかったが、目の前でクリームを絞ってくれるようだ。

 生チョコや生キャラメルなんかは食べたことはあるが、今やモンブランも「生」の時代なんだとか?

 すでに注文を終わらせた他のお客さんの手元には一見パスタと見間違えてしまいそうな程に大量のクリームを乗せたモンブランがお皿に広がっている。

 俺はこの店の看板メニューである生搾りモンブラン、椿は抹茶の生搾りモンブランを注文した。

 専用の機械を使って目の前でクリームを絞ってくれる演出に見入ってしまった。

 一瞬でもパスタを連想してしまった自分が恥ずかしい。これは芸術である。

 

 空いた席に座った俺と椿はもう目の前の芸術作品と化したモンブランしか見えていない。


 「うまあ! 生しか勝たん!」

 

 一足先にモンブランを頬張った椿は幸福に満ち溢れた顔をしている。

 すかさず俺もひと口食べると、椿が尋ねてきた。


 「どう?」

 「うますぎじゃない? 何この食べ物」

 「当店自慢の生搾りモンブランでございます」


 椿の店員ごっこはスルーするとして、生搾りモンブランは新感覚だった。

 通常のモンブランよりも滑らかでしっとりしていて、まさに「作りたて」の美味しさが口の中に広がっていく。

 

 「さすが椿、いい店知ってるね」

 「そうでしょう? この間、友達と初めて来てみたんだけど美味しかったから伊澄のこと誘ってみようかなと思ってね」

 「今日まで生きてた甲斐があったよ」

 「それは何より」

 

 それから雑談をしながらモンブランを食べること15分。すっかり空になったお皿を見て俺は絶対にリピートすることを誓った。

 椿は紙ナプキンで口元を軽く拭いてから、何かを思い出したように口を開く。


 「そういえば、もうすぐ学園祭だね」

 「なにそれ」

 「えっと……2年生だよね?」

 「あ、去年サボったんだった。準備も手伝った記憶ないな」

 

 驚きなのか呆れなのかわからないが目を見開いて硬直する椿の姿を見て、思わず頬をかきながら苦笑した。

 毎年、学園祭の1ヶ月前から準備期間が設けられる。その期間は授業が2時間目までしかなく、それ以降の時間は学園祭の準備時間として与えられるのだが、去年の俺はその時間に学校にはいなかった。普通にラッキーだと思い帰宅していた。


 「そんなにサボって怒られないの?」

 「成績悪くないから怒られはしないかな」

 「喧嘩売ってる?」

 「なんで!?」


 店を出た俺たちは次の行き先であるショッピングモール内にある書店に向かっている。

 椿が新しい本を買いたいと言い出したことがきっかけではあるが、俺も何か読みたいと思っていたので意気投合した。

 今向かっているショッピングモール内の書店は買った本をその場で読めるスペースがあり、ドリンクが1杯無料で飲めることから休日はそこそこの人が利用している。


 「椿が小説読むって何か意外だよね」

 「ん、どういう意味かな?」


 少しだけムッとした表情で俺を見てくる。

 その表情がおかしくて、でも可愛らしくて思わず笑ってしまった。


 「3年くらい前に偶然すごい面白いネット小説を読んで、そこからかな本読むようになったの」

 「ネット小説か……」

 「あんまり読まない?」

 「読むなら文庫本が多いかな。ちなみに何ていう小説?」

 「n回目! ちなみに作者名は人工知能っていうんだよ」

 「へ、へぇ」

 「タイムリープ物の小説でかなり面白いよ。内容が深すぎて、描いてる人絶対人生経験豊富なおじさんで長髪に眼鏡だと思う」

 

 楽しそうに語る椿に俺は笑うしかなかった。

 それにしても、小説の内容で作者の容姿まで偏見を持てるのはある意味すごいことなのかもしれないが、実物は案外若いかもしれないのに。

 そんなことを考えていたら、目的地であるショッピングモールの前に着いていた。


 「おすすめある?」

 「うーん、読みたいジャンルは?」


 おすすめの本を聞かれたが正直困る。なんたって俺は中学生の時は1日に1冊は読んでいた元本の虫だ。おすすめの本だって軽く30冊はすぐに思い浮かぶ。1冊を選ぶのは至難の業としか言いようがない。

 まぁ、恋愛小説は何冊かしか読んだことがないから専門外ってことで。


 「恋愛系が読みたい」

 

 おっと。まさかの専門外……

 数少ない読んだことのある恋愛小説を薦めることにしよう。


 「恋愛小説は何冊かしか読んだことないから店に着いてから選ぶってことでいい?」

 「もちオーケー!」

 「じゃあ、俺の読む本は椿が選んでよ。ジャンルは何でもいいからさ」

 「それはいいんだけどさ、官能系は知らないよ?」

 「期待してねぇよ!!」


 俺を揶揄う椿はやっぱり悪戯に笑っていて、その姿も予想どおり魅力的だった。

 その魅惑に惑わされながらも、込み上がる気恥ずかしさに苦笑して視線を逆側に向ける。

 てか、揶揄われたんだよね? 官能小説好きそうに見えてる訳じゃないよね?


 「ありそう?」

 「うーん……」


 書店に到着した俺たちは文庫本のコーナーに真っ先に来た。

 ここらへんに探している本があると思うんだけど……


 「ん、あった」

 「僕はロボットごしの君に恋をする……って山田悠介じゃん!」

 「もしかして読んだことあった?」

 「これは読んだことないけど、キリン好きなんだよね」

 「そっか、それはよかった」


 俺は椿に「僕はロボットごしの君に恋をする」という本を薦めた。映像化が決まるほどに大ヒットした名作だ。ちなみに作者は椿が言ったように山田悠介で、キリンというのは彼の代表作のひとつとして有名でもちろん俺も読んだことがある。


 「それで椿のおすすめは?」

 「これ!」


 椿が差し出してきた本のタイトルは「ぼくは明日、昨日の君とデートする」というものだ。

 恋愛小説に疎い俺でも聞き覚えのあるタイトルだった。確か、実写映画化していたような気がする。

 読んでみたいと思いつつ、恋愛物を避けてきた俺にとっては最高のチョイスだと思った。


 「SF要素も入ってて、伏線もあるから期待していいよ」

 「早く読みたいし、レジ行こっか」


 俺たちは、それぞれ手に持つ文庫本に対しての期待と高揚から少し足早になりつつレジへと向かって会計を済ませ、空いている席へと腰を下ろした。

 俺はアイスコーヒーを、椿は烏龍茶を注文した。


 「読書デートっていいと思わない?」

 「間違いないね」


 え、やっぱりデートなの? なんて聞ける訳なかった。めちゃくちゃ気になるけどね。

 椿の方にゆっくり視線を動かしてみたが、すでに先程購入した本に釘付けだった。

 俺もアイスコーヒーと一緒に雑念を飲み込み、本の世界へのページを開いた。


 「え、伊澄?」

 「……え、あおい?」

 「ん? 伊澄の知り合い?」


 ……。

 本を開いて数秒後、隣の席から聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。

 なんでここにいる? いや、きっとあいつも同じことを思っているはず。


 それ以降のことは思い出せない。





 


 


 


 



 



 


 

 

 

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