トーテム-TФTЁM
アロス・コンポ―ヨ
第1話 全身伝令
「うぐぐ...うぐ...」
「いい。たまらなく。とてもじゃないが、こんな酷いことをして…」
少々かび臭い部屋。電気もつけず街から漏れ込んでくる灯だけを頼りに蠢く翳があった。フードを深く被った男が一人、ナイフを片手に気味悪く穀物を擦り潰すような調子で呟いている。
他方、女は猿轡を咥え、身包みをはがされ、四肢を縄で縛られ、あられもない体勢で天井から宙吊りにされていた。その目からは大粒の涙が溢れだし、涙に誘われ化粧が融け落ちている。先ほどまで街で気楽に遊んでいたことがわかるほど派手な化粧だった。
「…勃起している自分につくづく嫌気が差す。本当だ、本当だよ。しかしそれ以上に興奮する。それにはどうしても抗えないんだ。どうしても」
「…ぐ」
「分かるだろ? アンタを殺す。もちろん色々と考え得る限りの酷いことをして満足したあとに、だ」
「うぐ...う...う...」
男の常軌を逸した発言を受けて女はより一層暴れはじめた。両の足、両の手を必死で動かして、解けもしない拘束を解こうとそれは力一杯に。
「シッ、シッ、シッ...Hush little baby...Don't make a sound! Otepは好きか? パニックに陥って暴れる女は好きだが、こうずっとバタバタされると興覚めだ。イラついてすぐ殺しちまいそうになる」
「...!」
すでに運命が決まっていることは女の頭でも完璧に理解しているはずだった。男の言葉に若干怯んだが、しかし、どうしてだろう。たまたま縄が外れて、たまたま男が自分を追いかけようとして転んで、たまたま通りがかりの警察官に救助される未来を期待して、女は暴れずにはいられないのだ。何かに縋るように女は暴れて見せた。
「そうか…」
男は残念そうに呟き、腕を振り上げた。
その行動にどんな意味があるのか、女が腕に合わせて見上げると、どうにも
「…!んんん!!」
「理解が追い付くと一層恐怖だろ…」
「…ぐぐ…ふう、ふう…」
女は猿轡を
その態度を見て気分を害したのか、男は首元にナイフを突きつけ問いかけた。
「首から上が無くても俺は楽しめるぜ?どうする?」
女はこのまま抵抗し続ければ、容赦なく解体される未来を悟り、とうとう脅しに応じた。動きはピタリと止まった。
四肢の縄は散々暴れたその余韻で、ギッギッと音を立てて揺れていた。まるでそれはハンモックのように―――。
「よし、よしよしよし!いい子だ。本当。実にいい子だ!今日は沢山楽しもう」
男は手に持ったナイフを近くの木製テーブルの上に置き、おもむろにジーンズのベルトを外しはじめた。
「…」
女は考えていた。もしこのまま凌辱に耐えていれば誰かが偶然助けに来るかもしれない。それはあまりにも出来すぎた妄想かもしない。空洞の希望かもしれない。だが今の彼女にとってはどんなに小さな希望でも十分すぎるほどに大きく、何よりも欲するものであった。この地獄のような時間を耐えるための理由を自らに課したのだ。
「なあ。モーツァルトって知ってるか?」
「…?」
「モーツァルトだよ。学校で一度は演奏したことあるだろ?メヌエットとか、交響曲第35番『ハフナー』、『ドン・ジョバンニ』とか、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』とか聞き覚えあるだろ?どうだ?」
「んん…んん…」
女は聞いたことがあるという意味で必死に首を縦に振った。
「そうかそうか。それはよかった!有名だもんな彼」
男は準備ができたらしく、下半身を露わにして異常にいきり立った自身の角を握ると、ゆっくりと女に近づいてゆく。
「でな、彼って相当な変態だったらしいんだわ。どんな変態か知ってる?」
「んん!ぐんん!!んんんっ!」
女は知っていた。モーツァルトが一体どんな変態であったか。どんな逸話を持っていたか。いとこの女性にどれほど卑猥な手紙を送っていたか、どんな下品な曲を書いていたか。
「おやおや、もしかして知ってた?」
そして、この男が何でわざわざそのような話を今しているのか。
女の臀部を引き裂くような鋭い痛みが電撃のように走る。
「そう、彼はお尻好きだったんだよ!何か運命感じちゃうわ!HAHAHAHAHA」
男はゲラゲラと笑いながら相手の痛みなどお構いなしに激しく突き刺す。
そのたびに女は苦悶の表情を浮かべ目を剝きながら泣き叫ぶのだった。
しかし、その悲痛の叫びも口元の湿った布に吸われてゆくだけで、目の前の変態以外は誰の耳にも届かなかった。
「いい!すごくいい!やっぱり女はクラブでバカを釣るのが一番だな!あーはっはははは!クスリの一つ二つチラつかせれば脳死でついてくるんだからな」
男は腰を振りながら勝ち誇ったように女に対して悪態をついた。方や、女はというとボロボロと泣きながら肛門と脹脛の痛みに顔を歪めていた。
「あーバカだよな。バカ馬鹿莫迦!本当ぉぉに馬鹿だよなー!」
罵倒が激しくなるにつれ、男の動きも激しくなる。己の性欲を存分に満たすことのみに脳の処理容量を割いた、社会的動物としては最低最悪な行動だが、男に世間体や社会的許容などまったくもって関心の外だった。
男の息遣いが段々と激しくなってくる。「ふうふう」と息を荒く吐き、間隔も短くなってくる。それはそろそろ絶頂を意味していた。
「ふう…い、良いか…ふうイクぞ!中ぁ!ええ?バカにおみまいしてやる!バカは制裁しないとな?ええ?ははは!罰を与えて更生してやるよ!はあ、はあ!食らえ!」
「なら、貴様からだな」
「えっ?」
男は声の方へ振り返るや否や部屋の端に置かれた家具に突っ込んでいた。凄まじい物音がそこら中に鳴り響く。ソファーや椅子、丸テーブルに書棚など、ありとあらゆるものを薙ぎ倒し、その残骸に男は埋もれる格好となった。
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