最終章

 まず、僕がここにいることに君はかなり動揺しているだろう。

 そうだろう。

 もう、この声で分かるんだから。

 そうさ。

 僕の名前はラヴ。

 ね。

 高齢であるにも関わらず殺し屋を続けていたラヴさ。

 若々しい喋り方に今日も磨きをかけて生きている男、ラヴさ。

 話を続けよう。

 君は僕のことをステイシーと一緒に殺したと思っている。けれど、残念なことに生きていた。ちなみに、ステイシーも生きているけれど、僕と一緒にいるわけじゃない。

 君はステイシーと恋仲にあったみたいだけど、彼女のことをよく分かっていないんじゃないかな。

 彼女の正体は、秘密を纏えば美しくなれると勘違いしているバカだよ。

 で。

 僕さ。

 僕の話をしようか。

 僕はラヴ。

 知っているだろう。

 懐かしいね。

 マヨナカ。

 ステイシー。

 ラヴ。

 僕は許さない。

 ステイシーだって絶対に許さない。

 あの時、殺したはずなのに、何故ステイシーも僕も生きているのか知りたいかい。

 そんなことはどうでもいいじゃないか。

 これはただの復讐劇さ。

 君の周りを漂う死の運命は変わらないのさ。

 じゃあ、必ず殺すから。

 お楽しみに。

 頑張るんだよ。マヨナカ。

 君の真夜中はまだ始まったばかりなんだからさ。

 さようならマヨナカ。

 君が思っている以上に、この業界は君を中心に狂ってしまったんだよ。




 携帯を捨てた。

 もう、必要ないからだ。

 頭の中で曲が流れている。

 Pleasant Dreamsという歌詞のない音楽。

 製作者の名前は忘れた。

 確か、合作だったと思う。

 何気なく聞いてきた曲なのに急に思い出深くなる。

 もう、頭の中でしか聞けないのだ。

 闇の中を歩く。

 感覚はない。

 私は一人である。

 何故だろうか。

 泣いていた。

 何を間違えた。

 どこで間違えた。

 いつ間違えた。

 誰を間違えた。

 どのようにして間違えた。

 私は。

 いつだって帰ることができたのだ。

 戻ることができたのだ。

 なのに、戻らなかった。

 自信があったせいなのか、自分を知らな過ぎたせいなのか。

 周りは、私に色々な言葉をかけてくれていたに違いない。

 しかし、気が付けば誰もいなくなっていた。

 それを周りのせいにした。

 けれど、違うのだ。

 すべて私の責任だったのだ。

 自分で選んで、自分で転び、自分で走り出し、自分で崖から落ちた。

 私以外の人間は皆、気が付いていたのだろう。

 私がここに行きついてしまうことを。

 だというのに、私は分からなかった。

 光がない場所を歩いている。

 転んだ。

 顔面が急に熱くなる。

 歯がぐらついている。

 岩が私の顔を抉ったのだろう。

 何故か笑えた。

 泣きながら笑っていた。

 目も潰れてしまい、もうよく見えない。

 歩くのもおぼつかない。

 しかし、止まったら死んでしまう気がした。

 本当は止まっていた方がいいのに、その場にい続けるのが怖かった。

 背中から来る死に抱きつかれるような気がした。

「死にたくないよ」

 声が聞こえた。

 あたりを見回す。

 そして、涙が出た。

 自分の声だった。

 夜が深すぎる。

 余りにも深いせいだろうか。

 足を取られていないのに、躓いているような感覚になり、その場で転んでようやく自分がさっきまで立っていたことに気が付く。

 手に何かが刺さる。

 体中から血が出ているのに、やけに痛いし、それが気になる。

 搔きむしっても取れない。

 肉の中に入り込んでいく姿を想像すると、ムカデを飲み込んだかのような不快感が昇って来る。

 爪を立てて、同じところを掻きむしる。

 しかし、とれない。

 その部分の皮膚が熱くなってくる。

 まだ歩かされるのか。

 もう、死んでいるのではないのか。

 頼むから、気が付いたら既に死んでいたというようにしてほしい。

 死ぬと思いながら死にたくない。

 近づいてくる死を見つめながら死にたくない。

 今、目を開けているのか。

 それとも閉じているのか。

 夢を見ていて、うずくまっているだけではないのか。

 分からない。

 引き返せない。

 引き返したい。

 おうちに帰りたい。

 温かいお風呂にはいって、ベッドで寝たい。起きたら、ちょっと高いお寿司屋さんに知り合いと一緒に行って、お腹いっぱい食べたい。その後、CDショップに寄りたい。別に買ったりしない、ただ眺めたい。

 それで。

 後はあれもして。

 これもして。

 その後にどうしよう。

 やりたいことがたくさんある。

 鼻水が出た。

 何度も何度も啜っているのに鼻水が出た。

 涙が止まらない、顔の傷に染み込んでくる。

 帰りたい。

 おうちに帰りたい。

 大きな声で呻いた。




 誰も聞いてくれない。




 白い紙吹雪が降りてくる。

 それが空を覆っている。

 白い地面の真ん中に私がいる。

 外には黒い闇が広がっている。

 向こうに何かがいる。

 目をこらすと。

 人間。

 一人、二人、三人、四人、五人、六人、七人、八人、九人、十人。

 いや。

 四十、五十ではきかないほどの人間が木製の白い梯子と白い日本刀を持って立っている。

 顔は。

 右半分がラヴで、左半分がステイシー。

 もはや、ラヴでもステイシーでもない。

 キメラである。

 絶対に殺す。

 生き残る。

 私の手には脇差のみ。

 これで戦うのか。

 修羅場など幾つも潜り抜けてきた。

 今回も行ける。

 脇差を抜き。

 大声で叫びながら大人数の中へと入る。

 皆、私の周りを取り囲んで回り始める。

 惑わそうとしているのだ。

 まずは梯子が飛び掛かって来るのをよけて、脇差を突き出す。

 叫び声をあげて一人退場。

 闇の中へと消える。

 次の相手が目の前にやってくる。

 脇差を振ると、相手の目が真っ二つに割れる。

 今度は闇の中から新たに二人も来る。

 上等だ。

 負けやしない。

 一人残らずかかってこい。

 掛け声を一つ、二つ。

 そうして飛びかかって相手の頭の上に立つ。

 飛び降りながら背中に突き刺す。

 背中を蹴り上げると転がりながら闇へと消えていく。

 その度に、白い紙吹雪が空へと舞いあがり、落ちてくる紙吹雪と合わさって視界が白く濁る。

 私の隙を見逃すまいと飛び込んでくる敵、敵、敵。

 私は覚悟を決める。

 かわしながら一人を掴んでそれを思い切り投げ飛ばす。

 私は床を鳴らす。

 敵の梯子がぴたりと止まり、笛の音も太鼓の音も、消えてなくなる。

 私はわめき散らす。

 顔の見える敵、一人一人を指さして唾を飛ばして日本刀を振り回す。

 梯子が横に回って、紙吹雪をこちらに向かって飛ばしてくる。

 私はそこから逃げも隠れもせずに、その紙吹雪の一つ一つを見つめる。

 両手を空に向かってかかげて、床を鳴らすと。

 降りてくる紙吹雪の量が一気に少なくなる。

 笛の音と太鼓の音が急に戻って来る。

 女の叫び声によく似た高い音と。

 心臓によく似た低い音。

 敵は私を中心に回るばかり。

 ただただ恐れをなしているばかり。

 こんなものか。

 逃げまどうだけなのか。

 私が築いてきたものが、私が信じてきたもののすべてがこんなにも通用する。

 かかってこい。

 かかって来るがいいと言っているんだ、この野郎。

 脇差を一振り。

 叫び声をあげながら、一人、二人と倒れていく。

 また一振りで、今度は三人、四人。

 またまた一振りで、今度は一気に十二人。いや、十三、十四、十五、十六人。

 面白いように倒れていく。

 気迫だ。

 私の気迫が届いている。

 こんな脇差一つでも、まるで大鉈、まるで大斧、まるで大剣のような威力。

 これはすべて私の力によるもの。

 もう負けることなどあり得ない。

 叫ぶ。何度も叫ぶ。

 怯んだ敵の体に脇差を突き刺す。

 梯子が近づいてくる。

 人ではない。

 梯子だけが近づいてくるのである。

 眩暈がしてくる。

 しかし、私が一声叫べば。

 梯子は一度私の頭の上で重なると外に向かって倒れていく。

 まるで花のようになる。

 その瞬間。

 降り注ぐ紙吹雪が一気に増える。

 だというのに。

 視界は良好。

 まだ倒せる。

 まだ殺せる。

 まだまだいける。

 幕の外から飛び込んできた縄が二本。

 私の体に巻き付く。

 脇差で斬る。

 またも二本。

 また切る。

 それが繰り返されて。

 五度目。

 とうとう、縄が体に巻き付く。

 笛がより高く激しくなる。

 太鼓の音は聞こえてこない。

 敵の大きな足音と、多くの梯子が床を叩く音が太鼓代わりとなる。

 最初はばらばらだったのに徐々に揃っていき、地鳴りのようになっていく。

 腕を梯子に抑え込まれ、地面に落ちる脇差。

 けれど、それでも生きる。

 最初から自由なのだ。

 私は見えない腕で、縄を掴むと一気に引っ張る。

 すると、幕の外から出てくる、出てくる。

 上手から十人、下手から十人。敵が引っ張りだされて、紙吹雪の上で転げまわる。

 梯子から力が消える。

 脇差を拾い上げて天高く掲げる。

 その勢いで紙吹雪が波のように舞う。

 さあさあ。

 まだいける。

 まだまだいける。

 日本刀を持った敵が走ってやって来る。

 敵の数は増えるばかりだが、物足りない。

 床を鳴らして、鳴らして、鳴らして。

 右手を前に突き出す。

 その瞬間。

 闇の外から万雷の拍手。

 耳をすますと、ここではないどこからか聞こえてくる雪の音。

 私は脇差を咥えると、胡坐をかいて前を睨む。

 拍手が波になって押し寄せる。

 そのまま動きを止める。

 そう言えば。

 さきほどまで私は山の中にいたはずではないのか。

 幻覚なのか。

 これは。

 夢なのか。

 恨まれて生きてきて、恨まれずに生きていく術を知らず。

 こういうことを私は望んでいたのか。

 その時、闇の外から二つの影。

 ステイシーとラヴ。

 一瞬で私に近づく。

 そして、手には脇差。

 それぞれ、私の右の肺と左の肺を刺して、笑顔のまま泣いている。

 私は、ふう、と息を吐き微笑んだ。

 拍子木が鳴った。

 幕がゆっくりと下りてくる。

 息苦しい。

 目が充血してくる。

 眼球から血が溢れてくる。

 白い紙吹雪が私の血で赤くそまり、降って来る紙吹雪も赤くなっていく。

 敵も、ステイシーも、ラヴもいなくなり、背景もすべて赤くなる。

 苦しくなって息を吸おうとするとむせてしまった。

 血が飛び散る。

 鮮血である。

 泡立っていた。

 拍手が弱まる。

 これはいけない。

 叫ぼうとするが、声が出ない。

 代わりのように目から噴水のごとく血が飛び出し、前が見えにくい。

 拍手の量が少なくなったことで何が起きているのか察した。

 皆、帰っている。

 皆、飽きたのだ。

 私に。

 嘲笑が増える。

 脇差を落としてしまい、それを探す。

 すると、また嘲笑が増えていく。

 観客の足音が揃うことなくばらばらで聞こえてくる。

 息苦しい。

 ここから逃げたい。

 早く幕を下ろしてくれ。

 頼むからお願いだから、これ以上この姿を見せたくない。

 闇から逃げようと歩き始めるが、もつれてすぐに倒れてしまう。

 その度に湧きあがる嘲笑。

 私は口を大きく開いて、大量に血を吐き出した。体力がもうない。

 血の中に体を落とす。

 血だまりと私と脇差と紙吹雪。

「死にたくない」

 その瞬間、塊のような紙吹雪が私めがけて落下してきた。

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