番外編
第24話 奏のズッ友
そんな奏の前に彼女が現れたのは、奏が高校三年生になった時だった。
「お姉さん、誰?」
奏はいきなり病室にやってきた栗色の髪をした女性を見て、きょとんとする。
「初めまして。私は『アマツカ』。医療用クローン臓器の培養器です」
そう言って『アマツカ』は丁寧に頭を下げた。
「は、はあ」
培養器? このお姉さんは何を言ってるの?
奏は苦い顔をしながら、『アマツカ』と名乗った女性を見据える。
「驚かせてすまないね。これはクローン臓器を培養するための器械なんだ。君みたいに移植が必要なのに、ドナーが見つからない患者のために作られたんだよ」
『アマツカ』と共にいた白衣の男(おそらく研究者か何かだろう)が胡散臭い笑顔で言った。
「そう、ですか……」
と奏はぽかんとした顔で目の前の女性を見つめる。
見た目はほとんど人と変わらないのに、培養器だなんて――技術の進歩に奏は驚いていたのだった。
「じゃあ私はこれで」
それだけ奏に使えると、白衣を着た男性は奏の病室を出て行った。
「あなたは行かなくていいの?」
「はい。そのように申しつかってはいませんので」
ちゃんと質問の意味がわかるのか、と奏は目を丸くする。
「えっと。『アマツカ』さんは、私のドナーになってくれるってことなんだよね?」
「私はドナーではありません。あくまであなたの臓器を培養するための装置です。本来、ドナーは医療目的のために臓器提供をする人を差します。人間でない私は、ドナーではないのです」
「わ、わかった……」
なんだかマニュアル通りの受け答えだなあ。頭が固そうな感じ……やっぱり器械だから、心がないのかもしれない。
そう思いながら、奏は顔をしかめた。
「そういえば、あなたの名前は何というのですか」
「え? 聞いてないの?」
「事前実習で伺っていたのですが、前日の疲労が残っていたのか、ついうつらうつらとして、聞き逃してしまいました。睡眠って本当に大事ですね」
真顔で『アマツカ』は言う。そんな彼女を見て、奏はぷっと噴き出した。
「大事なとこ聞き逃すとか、そんなん良いの? あははは! アマツカさん、面白過ぎるよ!!」
心のない器械だと思っていたのに。ちゃんと人間らしいところもあるんじゃない――
「確かに私の注意不足は否めませんが、そこまで腹を抱えて笑われるほどの落ち度があったようには思わないのですが?」
『アマツカ』は目を細めて奏をじっと見つめる。
「ああ、ごめんごめん。なんか、最近固い話ばっかで楽しくなくてさ。でも、アマツカさん見てたら、楽しくなって」
「そうですか。まあ、それなら許しましょう」
『アマツカ』は腕を組みながら、「うんうん」と納得した様子だった。
「また遊びに来てよね」
奏は笑顔で『アマツカ』に言うと、「ええ」と『アマツカ』はふわりと笑う。
それから『アマツカ』は何度か奏の部屋を訪れ、他愛ない話をしてから帰っていくということが続いた。
病院生活ばかりで友人の出来なかった奏は、『アマツカ』と笑い合うたびに彼女のことを大切な存在として見る様になっていったのだった。
そして二か月後。ついに別れの時がやってくる。
「明日、移植の手術なんだって」
奏は『アマツカ』にぽつりと言った。
「そうですね」
「もう、アマツカには会えないの?」
「私という存在は消えても、奏の中に私は残ります。私達はズッ友、フォーエバーです!」
『アマツカ』はそう言って親指をピンッと立てる。
「何よ。ズッ友、フォーエバーって」
奏はクスクス笑う。
「アマツカ、ありがとう。私、ちゃんと生きるね」
「はい」
『アマツカ』はニコッと笑った。
そして翌日、奏の移植手術が行われた。手術は大成功に終わり、術後の経過もよく、奏は手術を終えて一か月後に退院していった。
退院から数年が経ち、奏は大学を無事に卒業する。そして就職に選んだのは『アマツカ』の研究を行なっているという研究機関だった。
三カ月の研修期間中、奏は先輩研究員と共に研究所内を見回っていた。
「ええ。ここが役目を終えた『アマツカ』を処分するための高熱焼却炉です――」
そんな淡々とした説明を受ける。立っている場所からガラス窓を覗いても、そこで何が行われているのかは見えなかった。
次に通された部屋には、ぴくりとも動かないたくさんの『アマツカ』たちが横たわっていた。その光景を見た奏は思わず戦慄する。
しかし、他の研修生たちは「おおお!」と驚嘆の声を上げた。
「臓器を抜かれると、このように『アマツカ』はセミの抜け殻のようになります。この後、先ほどみた焼却炉で骨の一本も残さず焼きます――」
誇らしげに語る先輩研究員の姿に奏は疑問を持ち始めていた。
就職先、間違えたかな――そんなことを思っていたある日。
「彼女たちにも心があるんですよ! もっと誠意をもって接するべきです!!」
真剣な表情でそう訴えかける青年。その瞳の奥には意志の強さが感じられた。
「え、何あれ」「培養器に心? あり得ないだろ」
周囲にいる研修生たちはその姿を見てクスクスと笑う。しかし、奏はその青年から目を逸らせなかった。
「君ねぇ。いつも言ってるじゃないか。あんな使い捨てに執心するのはやめなさい。人生を棒に振るよ」
「使い捨てじゃない! 彼女は――」
「はいはい」
全く取り合おうとしない年配研究者へ食い下がるその青年の姿に、奏は胸が痛んだ。
しかし。それと同時に、自分と同じように思う人もここにはいるのかと安堵の想いを抱く。
そうだ。アマツカには心がある。私たちと同じように――。
「宮地さん、か……」
奏はそれから幸太郎の姿を目で追うようになった。
そして研修期間中に彼が自分と同じ被験者だったことを奏は知ると、なおのこと幸太郎に興味を持つようになる。
「宮地さんはアマツカとどんな思い出があるのかな。いつか話してみたいな」
研修が終わった奏は『データ管理課』という研究所内では一番アマツカの研究とは遠い部署に配属された。
おそらく研修中の態度が悪かったのだろう。アマツカに関われないことは少し寂しく感じつつも、その残酷な姿を目の当たりにしなくて済むと奏はホッとした。
初勤務の日。奏は『データ管理課』の扉の前でふっと息を吐く。
「同期の話だと、かなりの変わり者がいる部署らしいんだよね。大丈夫かな、私……」
そして憂鬱な顔で目の前の扉を開けた。中にある人物が視界に飛び込んだ時、奏は思わず目を丸くする。
暗い表情をしながらも、その瞳の奥に強い意志がある青年。宮地幸太郎――まさか同じ部署になれるとは!
幸太郎が笑顔で迎えてくれることはなかったが、奏はそれでも嬉しか思っていた。
きっとこれは何かの運命に違いない、と。
それから奏は、幸太郎へ積極的に話し掛けるようになった。
「あのー、宮地さん。これって――」
「知らないよ。自分でなんとかしろよな」
「宮地さーん! 待ってくださいよー」
「ついてこないでくれる? 僕は忙しいんだ」
「そうだ! コータローさんって呼んでいいですか? いいですよね?」
「もういいよ、好きにして……」
それから二年後。部長から奏は書庫の整理を依頼される。
「あの、一人じゃ大変だと思うんで、誰かの手を借りてもいいですか?」
部長は「好きにしたらいい」と答え、「ありがとうございまーす」と奏は内線電話を取った。
「あー、コータローさん? 今空いてます?」
この行動が、二人の未来を変えたのだった――。
(完)
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