第23話 理解者の存在

「コータローさんの症例の後に被験者になったのが私だったんですよ」


「き、聞いてないけど!?」


「え? けっこう有名な話ですよ? だから私とコータローさんが同じ部署なんだと思っていたのに」


「いや。偶然だろ、それは」


 しかし、まさか目の前にいる彼女が自分と同じだったとは――


 幸太郎が自分のことを知っているつもりで今まで接していた、という話を大きな身振り手振りで続ける奏を見ながら、幸太郎は不思議な縁を感じていた。


「――私も臓器をもらったんですよ。絶対に治らないって言われていた病気だったのに、移植したらもうこんなに健康になっちゃって。もうあの時は驚いたなあ」


 彼女も僕と同じだとしたら。


「『アマツカ』とは会ったの?」


 幸太郎は奏の顔をまっすぐに見て尋ねた。


「はい」奏はそう言うと、「私の一番の友達でした」と言って恥ずかしそうに笑う。


 友達……いや、ズッ友って彼女は言っていたっけ――と昔を思い出しながら話す奏に、幸太郎は今まで感じ得なかった想いが溢れた。


 彼女も『アマツカ』のことを人間として見ている。僕と同じだ――


 今まで『アマツカ』にも心があると周囲に伝えても、「所詮は培養器。使い捨ての道具でしょ」と言って誰も理解しようとしてくれなかった。しかし、彼女は違う。他の人とは違う考えを持っている。幸太郎はそれがたまらなく嬉しく思った。


「ねえ、月代さん。『アマツカ』って、人間なのかな」


「はあ? 何言ってるんですか!」


 幸太郎の問いに目を丸くする奏。


「ああ、そっか。ごめん。おかしいことを聞いたよね」


 ここにいる時点で、きっと彼女も『アマツカ』のことは――


「人間に決まってるじゃないですか! 心があって、言葉が通じて。ここにいる私ら研究員よりもずっと人間だって私は思いますよ!!」


 奏は迷いなく、そう答えた。


「え……」


「あ! もしかして……コータローさんはアマツカが道具か何かって思ってます? コータローさんだけは違うなあって信じてたのに! ここの研究員の人とは違う目で彼女たちを見ているところ、実は尊敬してたんですよー? 僕があいつらの未来を変えてやる! って思ってるのかと思ってたのに、がっかりです!」


 幸太郎は首を大きく横に振った。


「ぼ、僕も君と同じ。『アマツカ』は同じ人間だって思ってる。でも、それが周囲に伝わらなくて、もういいやって思ってた。もうこの罪悪感から解放されたいって」


 本心では使沙との繋がりを絶ち、自由になりたいと思う自分がいることを幸太郎は自覚する。


 その彼女からもらった命だということは理解しているのに。


「罪悪感、ですか……なんだかわかります。昨日までおしゃべりしてたあの子の臓器がここにあるんだって思うと、なんだか命の重さを感じますよね。誰に言っても伝わらなくて、チクショーって感じでした」


 奏はそう言ってクスクス笑った。


「同じだったんだ。分かってくれる人もいたんだね……」


 奏の言葉が幸太郎に絡みついた罪悪感を少しずつほどいていく。

 そして、幸太郎はいつしか自然に笑みをこぼしていた。


「それで。そのノートは見せてくれるんですか?」


 奏はニヤリと笑って尋ねる。


「あはは。ちょっと恥ずかしいけど、月代さんにならいいよ」


 そう言って幸太郎は奏にノートを渡した。


「読み終わったら、ちゃんと返せよ」


「はーい!」


 それから目の前で読まれることがなんだか恥ずかしいと思った幸太郎は、少し離れた場所で作業を再開する。


 時々聞こえる「うひゃー」とか「なんだそれー」という叫び声は聞かなかったことにしようと心に決めた。


 そして最後まで読み切った奏は目に涙を浮かべながら、「がんばりましょうね、コータローさん!」と幸太郎の肩をガシッと組んだ。


「その前に、書庫の整理ね」


「おー!!」


 それから定時までに書庫の整理を終え、幸太郎と奏は書庫を出ると『データ管理課』の部屋に向かって歩きだす。


「そのノート、どうするんですか」


 奏はそう言って幸太郎の腕の中にあるノートを差した。


「今は持っていようかなって。これがあれば、いつでも昔のことを思い出せるだろ」


「あーあ。いいなあ。私の友達も残してくれてたらよかったのに」


「そりゃ、残念だ」

 

 彼女の友達も、きっと何かしらのものを残してくれていそうだけどな――と幸太郎は、唇を尖らせて歩く奏を見遣った。


「あ、そうだ! 今夜コータローさんも一杯どうです? 昔のことを聞かせてくださいよ!!」


 幸太郎は少し逡巡すると、「いいよ」と返した。


「僕も君のことを知りたい」


「よーし、じゃあ今日は良い店を紹介してあげますから!」


 子どもっぽくはしゃぐ奏に、かつての使沙の姿が重なる。そして、ほんの少しだけ彼女を愛おしく感じた。


 性格も容姿もぜんぜん似ていないのにな、と幸太郎は小さく笑う。


「おおーい、月代! 整理は終わったのか!」


 背後から聞こえた声に、幸太郎と奏は二人同時で振り返る。

 すると、部長が顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる姿を発見した。


 ちらりと見た奏の顔はギョッとしている。

 どうやら彼女は書庫の整理が終わった報告をまだしていなかったらしい。


「やっば怒られる……じゃあ、コータローさん。またあとで! 今夜は帰しませんからね! 部長、すみませーん」


 奏はそう言って部長の元に駆け寄っていった。


「相変わらず騒々しいんだから」


 幸太郎は嬉しそうに呟くと、正面に向き直り、再び歩みを進めた。




 『データ管理課』の部屋に戻った幸太郎は、置いていったスマートフォンに新着メッセージの文字を見つける。


 画面をタップし、内容を見てから幸太郎は微笑んだ。


『プロポーズ、大成功! 今度二人で報告に行くよ!!』

 その言葉とともに、一枚の画像が添付されている。奈々子と獄谷が二人で撮った写真だ。


『おめでとう。お祝いしなくちゃね。それと、僕も二人に聞いてほしいことがあるんだ』


 幸太郎は笑顔で獄谷にそう返したのだった。




 罪悪感は一人で抱えるものだと思っていた。でも、それは違ったんだ。


 話せばわかってくれる人もいる。すぐに理解してくれる人もいる。


 今でも君の命を背負って生きていくことが苦しいけれど、一人じゃないってわかったから頑張れそうだ。

 

 君の命と共に、僕はまだ生き続ける。


 たくさん笑って、たくさん楽しい人生にするよ。


 


「僕を救ってくれてありがとう。生き抜くことで、この罪を償います」


 幸太郎はそっと胸に手を当てて、誰にともなく呟いたのだった。




(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る