第22話 使沙の願い
大学を出た幸太郎は国立研究機関に入り、『アマツカ』の研究に関わることで、使沙が人として生きていたと証明するつもりだった。
そして初めて『アマツカ』をみた時、幸太郎はその身を震わせた。『アマツカ』たちは皮肉なことに使沙と同じ容姿をしていたのである。
『アマツカ』たちに見つめられ、幸太郎は自身の理想実現を急かされたように感じた。
早く、早く彼女たちを救わなければ。存在を証明しなければ――
しかし。そんな理想は叶うこともなく、入所後すぐに雲散霧消することになる。
「今回も実験成功だってよ」
「よかったなあ。今夜はうまい酒がのめそうだ」
「そういえば、抜け殻になったアレは?」
「そんなの、もう処分したに決まってんだろ。ゴミはゴミ箱にってママに習わなかったのか?」
研修中に配属された部署で聞いた先輩職員たちのその会話に、幸太郎は激しい憎悪の感情を覚えた。
ここでは臓器の抜かれた『アマツカ』たちを世間に公表されぬようにと機関独自の高熱焼却炉に放り込み、骨の一本も残らないように処分するというのがルールだった。
行われている残虐行為を誰も疑わないことに幸太郎は戦慄し、同時に『アマツカ』たちに罪悪感を抱く。
ここにいたら、自分も同じように『アマツカ』を『使い捨ての道具』のように見てしまうかもしれない――
そう思った幸太郎は、この研究機関を辞めようと考えたこともあった。
しかし『アマツカ』の研究から離れた時、自分が使沙への罪悪感を忘れてしまうような気がして、留まる覚悟を決めたのだ。
自分と使沙を繋ぐものは、この罪悪感しかない。
幸太郎はこの感覚を忘れないようにと苦しみながら、この研究所で研究を続けた。
「ここへ来てもう五年。これまでいろんなことがあった。でも僕は何も変えられていない。君が生きていたってことを証明できていないままなんだ」
長年抱き続けてきた罪悪感に首を拘束され、息苦しいとさえ感じている。早く楽にしてほしい。そう願うこともあった。
しかし、それでも幸太郎は生きなければならない。自分のせいで犠牲になった使沙に償うために。
それから幸太郎はまた日記を読み進める。そして、ある日付で手が止まった。
「これ、遊園地の日の……」
* * *
九月二十三日。
今日はコータローとデートをしてきました。
先生からはこの心臓がジェットコースターにも耐えられるんだぞってところをアピールしてくるように言われていたの。コータローは、楽しそうだって言ってくれたから嬉しかったです。
その後、コータローの家に行く途中に車に引かれそうになってびっくり! コータローの大切な心臓だから、怪我や事故はしないように言われていたので、ヒヤヒヤしました。
でも。コータローが助けてくれた。コータローの心臓の音、私は嫌いじゃなかったなあ。優しくて、温かい音だって思った。
コータローの家でコータローにぎゅうってされたときも全身が温かかった。ずっとそうしていたかった。でも、それはダメなんだよね。あと一年で私はコータローに心臓をあげないといけないから。
ごめんねコータロー。ちゃんと答えてあげられなくて。
* * *
「……そっか。僕の鼓動は嫌な音だって思われてなかったんだ」
それから次のページをめくると、短い文章が続いた。
『不具合が直るまで、コータローに会っちゃダメって言われた。寂しい』
『今日もまたコータローに会えなかった。寂しい』
そして幸太郎が事故に遭う前日。そのページも一文のみ記載されていた。
『明日は絶対にコータローに会う。怒られてもいいから、絶対に』
あの日、使沙は僕に会おうとしてくれたのか。幻なんじゃないかって思っていたあの使沙は本物だったんだ。
幸太郎は最後に見た使沙の姿を思い出す。
いつもふわりとした笑顔をしていた彼女が見せた涙。きっとあの時にはもう、覚悟をしていたのかもしれない。自分の命が失われることを。
使沙はこの後、何を綴ったのだろう。それともここで終わっているのか――
幸太郎は指先を緊張させて、次のページをめくる。
「――事故の、あとか」
開いたページには今までと明らかに違う、走り書きの文字が綴られていた。
* * *
コータローが事故に遭った。もうダメだって言われてる。なんでもっと早くに声を掛けなかったんだろう。私のせいでコータローが死んじゃうかもしれない。
私の心臓はコータローが十八歳になったら提供する予定になってる。でもそんな時まで待てないよ。みんな戸惑ってる。移植が上手くいかないかもしれないと恐れてる。
みんながなんて言っても、私はコータローを救いたい。
もっと生きていてほしい。たくさん笑って、たくさん楽しいことをしてほしい。ジェットコースターにだって、ちゃんと乗って楽しかったって言ってほしい。
コータローがこの日記を読むかはわからないけど、言っておくね。
コータロー。私もコータローが好きだよ。ずっとずっと好きだった。もう一緒に笑い合えないけど、私はずっとコータローと一緒にいるよ。
だから笑って。たくさん楽しんで。私は幸太郎の中でずっと見守ってるからね。
今まで楽しかった。ありがとう。
* * *
これが、使沙の願い。僕はずっと勘違いをしていたのか――。
幸太郎は使沙のノートを抱きながら、一筋の涙をこぼす。
「僕も、好きだったよ。ずっと、ずっと――」
使沙は僕を恨んでいなかった。むしろ助けようとしてくれていたんだ。
もしも獄谷が止めてくれなかったら、使沙の願いを踏みにじっていたのかもしれない。
彼女は人として、正しい答えを出していた。やっぱり彼女は僕らと同じ人間だったんだ――
「ちょっと、どうしたんですか!?」
幸太郎のすすり泣く声を耳にした奏が目を丸くして、幸太郎の前に現れる。
「月代さん!? ご、ごめん……」
泣き顔を見られた幸太郎はギョッとした顔で奏を見た。
「恋人の日記帳でも見つけたんですか? そんな大事そうに抱えてますけど」
意外と鋭い指摘にドキっとしつつ、
「そんなんじゃないよ」
と目の涙を拭いながら幸太郎は答える。
「あ! もしかしてそれ、初代アマツカのですか!?」
奏は目を輝かせて言った。
「ちょっと見せてもらっても――」
手を伸ばす奏に、
「だ、ダメだよ!」
幸太郎は言って隠すように胸に収めた。
研究員の興味本位なんかで、使沙が生きていた証に触れてほしくはないと幸太郎は思ったのだ。
「ええー、何でですか」
「これは大事な思い出なんだ」
「ちぇー。あ! そういえば、コータローさんって最初の被験者だったんですってね!!」
奏がハッとした顔でそう言ったのを見て、幸太郎は目を剥く。
「知ってたんだ」
「業界の常識じゃないですか? まあ、それと――私もなんですよね」
恥ずかしそうに奏はそう言って、「えへへ」と後頭部を掻いた。
「え?」
「コータローさんの症例の後に被験者になったのが、私だったんですよ」
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