第5話 共に過ごす時間
とある昼休み。幸太郎は保健室に来ていた。
体調が悪いとか怪我をしたというわけではなく、使沙と共に昼食を摂るためだった。
「コータローのお弁当、おいしそうだね!」
幸太郎の正面に座っている使沙は、そう言って目を輝かせる。
昨日の余り物のから揚げと千切りキャベツ。程よい焦げついた厚焼きたまごと青々としたブロッコリー。白米にはごま塩が振ってあった。
他人の目で見るとこの弁当は魅力的に映るのか――と幸太郎は感心する。
「まあ他の家の弁当はおいしそうに見えるもんだよな」
隣の芝生は青く見えるのと同じだな、と幸太郎は使沙の弁当を見ながら思った。
「そういうものなんだー」
「だから使沙の弁当もおいしそうだぞ」
「えへへ、ありがとう! これね、先生が毎朝用意してくれるんだよ」
そう言われて使沙の弁当を見ると、程よくこげたアスパラベーコンや既製品のようなスクランブルエッグ、ぷちトマトと白米。それと、なぜかたくあんが入っていた――これは先生の好物かもしれない。
「――でも、ちょっと意外だな。袋井先生って家庭的なことは何もできなさそうな見た目だったから」
幸太郎が普段から見ている袋井は、洒落っ気のない眼鏡で髪も適当にまとめて括っているだけだった。化粧もろくにしている様子もない。仕事以外のことは興味ありませんというタイプだろうと思っていた。
しかし、実際には使沙の身の回りの世話やこうして毎日手作りの弁当を持たせている。意外と家庭的なところもあるんだなと幸太郎は感心した。
「先生はなんでもできるんだよ!」
えっへん、と得意満面に使沙は言った。
どうして使沙がそんなに得意げなのかはさておき。実際、使沙はどれくらい家庭的なのだろうとふと疑問を抱く。
「そういう使沙は? 家事とかやるのか?」
幸太郎が尋ねると、使沙は露骨に視線を逸らした。
「そ、そそ、そうだね。ま、まあ少しくらいは、やるかな!」
狼狽する使沙は、明後日の方向にそう告げる。
「それって絶対やってない奴が言うやつじゃないか」と幸太郎はくすくす笑った。
彼女が幼児みたいだと思っていた自分の考えは、あんがい的を射ているのかもしれない。
今もくすくすと笑ったままの幸太郎を見た使沙は、ぷくーっと頬を膨らませる。
そんな使沙に、エサをたくさん口に含んだリスみたいだと幸太郎は思った。
「なんで笑うのー」
「使沙はわかりやすいなあと思ってね」
「コータローだってわかりやすいじゃない!」
幸太郎は使沙の言ったその一言に目を見張り、ゆっくり俯いた。
そんなはずはない。だって、誰も僕の想いに気付いてくれなかったじゃないか――
今までよく分からないやつだと陰で悪口を言われたことはあった。だから、誰も使沙のように僕に対してわかりやすいと言ったことはない。
「そう、かな」
「うん、そうだよー! 元気がないと顔でわかるし、今だって本当は分かりづらいって思われてるのにな、とか思ってたでしょ!」
「え!? そんなに顔に出てた?」
ハッとした顔をして幸太郎は頭を上げた。
彼女はどうして僕の思っていることが分かったのだろう、と。
今まで勘付かれそうなことは言ってこなかったのに。彼女には分かってしまうのか。やっぱり彼女は特別な存在なのかもしれない。
「出てる、出てる。ちゃんと見てないとわからないかもしれないけど、でもコータローは素直な気持ちが顔に出るタイプだと思うよー」
使沙はそう言ってたくあんをぱくりと口に入れた。
ちゃんと見てないとわからないかもしれないけど――それは使沙が自分をちゃんと見てくれているということなんだろうなと思い、幸太郎は胸が温かくなった。
どれだけ主張しても正しく伝わらなくて、最後には諦めることが多かったけれど、使沙は違うのかもしれない。僕の想いや考えを分かってくれるのかもしれない。
「ありがとう、使沙」
幸太郎は自然にその言葉が口から出ていた。
「んー、何のことー?」
使沙は口を動かしながら答えた。
「使沙と一緒にいると、なんだか胸がいっぱいになるって言うのか……すごく安心するんだ。だからありがとうってこと」
「私もコータローと一緒にいると、楽しいよ! ありがとう」
使沙はそう言って微笑んだ。
「うん」
なぜだかわからないけれど、使沙といると心が安らぐ。他の人にはない安心感みたいなものがある。
再会してまもないのに、幸太郎は昔から使沙と一緒にいるような感覚を抱いていた。
このまま、使沙との時間を大切にしたいな――。
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