第51話 迷惑料は決済アプリで
「何やら企んでいるとは思っていたが……この、大バカ者どもっ! 勝手なことをするなっ!!」
自身の倍以上はあろうかというドラゴン族を、私と同じ年頃に見える女の子が殴りつけました。
リーダーらしき、一際大きなやつをです。
女の子──ドラゴン族の姫クラーラは、刺股を持っていたドラゴン族も蹴り飛ばし、クリスを引っ張り起こして私達の方へ突き飛ばしました。
この時、私は驚きを隠せませんでした。
だって、クラーラが──十日前、ギュスターヴの右手が吹っ飛ぶ瞬間を目の当たりにしたはずの彼女が、何の躊躇もなくクリスに触れたのですから。
「わあーん、アヴィスー!」
「クリス、よかった……怪我はありませんね?」
転がるようにして、クリスが駆けてきました。
彼を抱き上げた私を背に隠しつつ、ヒヨコが双剣を構えます。
そんな私達の前にはクラーラが立ち塞がり、同胞達に対峙しておりました。
ドラゴンそのものの姿をしている男性に対し、ドラゴン族の女性はクラーラみたいにしっぽや翼はあるものの人間に近い姿をしている者が多いといいます。
リーダーらしきドラゴン族は、殴られたこと自体にこたえた様子はありませんでしたが、クラーラが私達を──クリスを庇うのは納得できないようでした。
「おひい! なんで、そいつを庇うんだ! そいつに関わったばかりに、俺達の兄弟はっ……」
「その兄弟が、どんな状態になって戻ってきたのか、忘れたのか! 万が一こいつらを傷つけてみろ! ドラゴン族は、魔王様と魔女によってたちまち滅ぼされるぞっ!!」
なるほど、合点がいきました。
この場にいるのは、十日前にクリスを襲撃したドラゴン族達の兄弟なのですね。
彼らに直接手を下したのはヒヨコなのですが、ドラゴン族の怒りの矛先はそのきっかけであるクリスに向いているようです。
クラーラが私達の方を振り返り、一瞬目を鋭くします。
けれども、すぐに顔を正面に戻すと、声のトーンを落として続けました。
「お前達の無念は、わかる。けれど、私はもう、仲間を失いたくないんだ」
「魔王様の子には手は出さん! だが、そのガキ……不義の子だけは、見過ごせねぇ!」
「不義の子だろうと、父上が認知してしまった以上、これもドラゴン族の一員だ。族長の娘として、同族殺しは許可できない」
「何が認知だっ! 族長の子は、おひいだけだっ!!」
リーダーらしきドラゴン族の咆哮に、他の五匹もそーだそーだと口々に同意します。
何やら、どシリアスな展開になって参りましたので、私達は空気を読んで口は閉じておきましょう。
それにしましても、さっきの人狼族といい、魔物の社会も一枚岩とはいかないようですね。
陰謀渦巻くグリュン王国の王宮を思い出し、少しばかり懐かしくなってしまいました。
「アヴィス、おなかすいたー」
「ちょっと待ってくださいね、クリス。あとで、クモンベルトのお店でタコ焼きを買いましょう」
私に殴られて新たな性癖に目覚めたクモンベルトは、クモンスキーと同じくこの城下町の一角でタコ焼き屋さんをやっています。
お団子といい丸いものばかりですが、足が多いクモはたこ焼きを作るのにも適しているでしょう。
タコ焼き! タコ焼き! とウキウキし始めたクリスとは裏腹に、ドラゴン族達のどシリアスなやりとりは続きます。
「族長の跡継ぎもおひいだけだ! そんなガキ……仲間としても認められんっ!!」
魔女との混血である上、婚外子なクリスに対し、ドラゴン族のヘイトは凄まじいものでした。
クラーラも、十日前に会った際には魔女への憎悪を滾らせておりましたが、今は必死にそれを押さえ込んでいるように見えます。
同行した仲間を死なせてしまったばかりか、魔王の不興を買って危うくドラゴン族ごと滅ぼされかけたことが、相当こたえたのでしょう。
あの時、ヒヨコを口汚く罵り、私に掴み掛からんとしたのと同一人物とは思えないほど、クラーラは落ち着いた声で言いました。
「この子供を仲間と認めなくてもいい。ただ、手を出すな」
「だがっ……」
「こいつのためじゃない。ドラゴン族を……お前達を失いたくないから、言っているんだ。頼む、聞き分けてくれ」
「お、おひい……」
クラーラは人望がある姫なのでしょう。
彼女の真摯な説得により、熱り立っていたドラゴン族達も矛を収める気になったようです。
張り詰めていた空気が緩んで、ヒヨコが双剣を鞘に戻しました。
ちらりと振り返ってそれを見届けたクラーラは、安堵したみたいなため息を吐きます。
この場で一番強いのがヒヨコであることを、賢明にも察しているように見えました。
再びドラゴン族に向き直って、彼女が問います。
「ところでお前達……そんな刺股、どこから持ってきたの?」
ドラゴン族は、屈強な体そのものや口から吐く炎が武器ですので、剣だって滅多に使わないそうです。
そんな彼らに、素手でクリスと接触するのは危険だからコレを使え、と刺股を勧めたものがいました。
「ハーピーの長が、売りつけてきた……ミスリル製だと言って」
「ビアンカか! あの、鳥女っ……!!」
ハーピーというのは確か、魔鳥族のことだったと思います。
そういえば、十日前の幹部会議で、クラーラと魔女の間に鳥っぽい女の魔物が座っていましたが、あの場にいたということは彼女が族長なのでしょうか。
クラーラは刺股を回収させると、ドラゴン族達を帰しました。
一人残った彼女は、肩が上下するくらい大きなため息を吐きます。
それから、意を決したみたいに私達の方を振り返ると……
「うちのものが、悪かった」
それはもう、ひどく悔しそうな顔をして頭を下げたのです。
私は、感銘を受けました。
同胞のために己の矜持を投げ打つ彼女の姿は、さきほど魔王の怒りから子狼を守ろうとした人狼族達に通じるものがあったのです。
そのため私は、このドラゴン族の姫に対しても好感を抱きました。
「あのツノ、かっこいいねー」
クラーラを見るクリスの目には、慕わしさが満ちてします。
それを確かめた私は、ヒヨコの背後から顔を出して言いました。
「どうか頭を上げてください。クリスも、私もヒヨコも何も損なわれておりませんので、気に病まないでくださいまし」
クラーラが静かに顔を上げ、窺うように私を見ます。
笑顔を作ってみせますと、彼女はようやく肩の力を抜きました。
それから、見事な赤い髪を掻き上げて言います。
「後腐れがないよう、迷惑料を支払いたい。ヘイヘイで送金させてちょうだい」
決済アプリで迷惑料を支払おうなんて、今時ですね。
しかし、自称保護者達がはりきってしまったせいで、残高がほぼ限度額なのです。
どうしたものかと思っていますと、焦れたクリスが袖を引いてきました。
「アヴィスー、タコ焼き食べたいよー」
「ええ、そうでしたね。タコ焼きを……」
ここで、私に名案が浮かびました。
ぱっと顔を輝かせて向き直りますと、クラーラがビクリと肩を震わせます。
戦々恐々とした表情の彼女に、私はこう提案しました。
「迷惑料をいただく代わりに、町を案内していただけませんか?」
「……は?」
*******
「ア、アア、アヴィス様っ……なぐって! その大腿骨でいっぱい殴ってよぉお!」
「他人の性癖をとやかく言いたくはありませんが、あなたのそれは教育上よろしくないですね」
「はわわわわ! しゅきいい! そんな冷たい目で見られるとゾクゾクしちゃううう!」
「シンプルに気持ち悪い」
初対面で私にタコ殴りにされて気持ちよくなってしまったらしいクモンベルト。
そのあまりに残念な性癖を目の当たりにし、ヒヨコが即座に双剣を抜きましたが、彼も一応相互フォロワーです。
クモンベルトが営むタコ焼き屋さんは、大通り沿いではなく少し奥まった場所にありました。
私もヒヨコも、そしてクリスも、今までほとんど町歩きをしたことがないため、無事辿り着けるか心配だったのですが……
「あんたの交友関係どうなってんの……」
クラーラのおかげで迷わずに済みました。
彼女にとって、城下町は庭のようなものだそうです。
私と同じ年頃に見えますが、実はすでに五十年以上生きているとのこと。
思っていたより、お姉さんでしたね。
性的倒錯丸出しのクモンベルトにドン引きしつつ、クラーラが携帯端末で決済をします。
クリスのタコ焼きは、彼女が買ってくれることになったのです。
ヘイヘイ、と覇気のないおじさんの声が響きました。
ヘイヘイは魔界でトップシェアを誇る決済アプリなため、町のあちこちからくたびれたケンタウロスの声が聞こえてきます。
「景気が悪くなりそうですね。もっと爽やかな声に変更すべきです」
そんな一消費者の声を、何気なく会員制交流場で呟きますと、めちゃくちゃイイネをいただいた上、凄まじいスピードで拡散され始めました。
どうやら、私と同じように決済音に不満を抱いていた者が大勢いたようです。
そのうち誰かが、カスタマーセンターのアドレスを私の投稿にぶら下げたことで、フォロワーさん達がこぞって苦情を入れると表明し始めました。
「ネットって、恐ろしいですね……」
そっと携帯端末を仕舞う私に、クラーラは嫌悪感丸出しの目でクモンベルトを睨みつつ言いました。
「こんな性的倒錯者とあんたが付き合うのを、魔王様は本当にお許しになっているの?」
「いろいろ言ってはきますけど、全部無視しています。私が誰と付き合おうと、ギュスターヴに口出しなんてさせません」
ギュスターヴは父親ぶって、私の言動にしょっちゅう苦言をこぼします。
私がグリュン王妃となることを見据えていた義姉は厳しかったものですから、ギュスターヴのお説教など屁でもありませんが。
ただ、よくよく思い返してみますと、彼に叱られたのは魔女に精気のおかわりをもらおうとした時、ただ一度きりでした。
そう言うと、あの場に居合わせていたクラーラが呆れた顔をします。
「あれを、叱ったとは言わないのよ……なんだか、あんた達といると調子狂う」
彼女はそう言うと、私とヒヨコと、それからタコ焼を頬張っているクリスを眺めて小さくため息をつきました。
それにしましても、お団子屋さんのクモンスキーといい、やはり足が八本もあると便利ですね。
生地をかき回す、焼き方に流し入れる、串でひっくり返しまくる、ソースを塗る、箱詰めする、会計をする、が一度にできてしまうんですもの。
私がクモンベルトの仕事ぶりに見惚れていますと、あっ! と隣でクラーラが大きな声を上げました。
「ああ、もうっ……! フラフラするんじゃないわよ!」
どうやらまた、クリスが一人で歩いて行ってしまったようです。
いつの間にかタコ焼きを完食し、今度は三軒隣のチーズドッグ屋に吸い寄せられていました。
あの小さな体のどこに、あんなに食べ物が入るのだろう、とこの体になってから空腹を覚えたことのない私は不思議に思います。
ともあれ、クリスにかけられた呪いを知っているクラーラが、人混みに突っ込んでいこうとする彼を慌てて追いかけ──その手を掴みました。
「ねーね」
「やめて。あんたの姉になったつもりなんてないわ」
「でも、おれ、ねーねの弟になったつもりだもん」
「勝手なことを……」
クラーラは慕わしげに見上げてくるクリスに眉を顰めます。
けれども彼女は木っ端微塵になることも、クリスの手を離すこともありませんでした。
そんな腹違いの姉弟の姿を目にした私は、思わずその場に立ち尽くします。
「お義姉様……」
義姉は厳しかったですが、理不尽に私を叱ることは一度もありませんでした。
義姉のすることは、いつだって正しかったのです。
彼女に躾られたおかげで、私は絶命するあの瞬間まで、王子の婚約者という立場に恥じない振る舞いができていたのだと思っています。
私は性懲りも無く、今もまだ義姉が慕わしく、愛おしいのです。
彼女が本当は自分を疎ましく思っていたと知った後も、この気持ちは少しも変わりませんでした。
ですから、あの愛おしい人と二度と手を繋げない……繋いでもらえないのだと思うと寂しく、クリスが羨ましくなりました。
「お義姉様……」
そんな私の手を、すかさずヒヨコが握ってくれます。
義姉との再会は、ヒヨコが修業に出ている間の出来事ですが、彼には包み隠さず打ち明けておりました。
口をきけない彼は、ただただ相槌を打ちながら私の話を聞いてくれたのです。
「ヒヨコ、ありがとうございます」
私はヒヨコの手を握り返します。
血が通っていない彼の手は冷たいですが、私の心はちゃんと温かくなりました。
私は彼を引っ張って、チーズドッグ屋さんの前にいたクリスとクラーラに追い付きます。
そうして、ヒヨコと繋いでいない方の手で、会計を終えた後者の手を掴みました。
「えっ……ちょ、ちょっと? あんたまで何……」
「私も手を繋いでほしいです」
私が率直にそう述べますと、クラーラは両目をまんまるにしました。
それでも、彼女は私の手を振り払うことはありませんでした。
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