第33話 どいつもこいつも愚か者!
「――アヴィス!」
ギュスターヴに抱っこされたまま魔王城に戻ったとたん、悲鳴のような声が私の名を呼びました。
現在は魔王の側近をしている元天使、ノエルです。
長い金色の髪を靡かせて駆け寄ってきた彼は、青い瞳をうるうるさせながら、まるで壊れ物に触れるように私の左の頬を手のひらで包み込みました。
「ああ、よかった! 頬の怪我……ちゃんと魔王様から精気を賜って治したんですね?」
「違います。賜ったのではなく強引に奪ってやったんです。ね、ギュスターヴ」
「いかにも。長く生きてきたが、あれほど情熱的に唇を奪われたのは初めてだな」
大真面目な顔をして訂正する私とギュスターヴに、はいはいとおざなりな返事をしたノエルは、続いて血塗れの格好で小さくなっていたメイドに険しい顔を向けます。
「ドリー、あなたが付いていながら、アヴィスに怪我をさせるとは何事ですか。メイドとしてあるまじき失態ですね」
「も、申し訳ありません……」
「アヴィスに血肉を分けたと言うから、あなたをこの子の世話係にするよう魔王様に進言しましたが……もっと優秀なメイドと交代していただきましょうか」
「そんな! いやっ……いやです!! アヴィスを他のメイドに任せるくらいなら、いっそこの手で……」
ツンデレがヤンデレに闇堕ちしそうな気配を察知した私は、慌てて口を挟みます。
「ドリーを責めないでください。不測の事態に陥りながらも、全力で私を守ってくれたのです。とても頼もしくて惚れ惚れとしました」
「はわわわ、アヴィス! どうしよう、うれし……」
「まあ、頭の中すっからかんのケダモノみたいでしたけれど」
「一言多いー!!」
そんなやりとりを見て、私がドリーと打ち解けていると判断したのか、ノエルはメイドを交代させるのは保留にしたようです。
彼はもう一度、私の左の頬を労るように撫でながら呟きました。
「誰かがあなたをぶったのですね、かわいそうに……。あなたに痛覚がないと分かっていても、あのような痛々しい写真を見せられると胸が痛みます」
「そのことですが」
私はここでノエルの手をぐっと掴み、青い目を覗き込んで問います。
「どうして――私が会員制交流場に投稿した写真のことを知っているんですか?」
とたん、ノエルは顔面に笑みを張り付けて口を噤みました。実に胡散臭い笑みです。
こうなったら、この元天使は頑として口を割りません。
それを、この半月余りの付き合いで学んでいた私は、さっさと質問の先を変えます。
「ギュスターヴ、どうしてですか?」
「それはな、こいつがお前のアカウントを監視しているからだ」
「えっ? でも、ノエルもブロックしていますよ?」
「いいか、アヴィス。よく聞きなさい。この世には裏アカウントというものがあってだな」
裏アカウント、とは?
首を傾げる私の前で、ノエルがギュスターヴに詰め寄ります。
「ちょっと、魔王様! 何、ばらしてくれちゃってるんですか! 困りますっ!!」
「貴様が困ろうと私はまったく困らないから安心しろ」
「何を安心しろと!? アヴィスに嫌われたらどうしてくれるんですかっ!!」
「全力でプギャーしてやる」
ようは、ブロックされているものとは別の秘密のアカウントで私をフォローしていて、こっそり呟きを眺めているということのようです。
いやですね、いやらしい。
その発想がそもそもいやらしいです。ドン引きです。
「どうりで堕ちるわけですね……いえ、堕ちたからこそ、そんななんですか?」
「うっ、アヴィス……なんて冷たい目で私を見るんですか――ちょっと、魔王様! 無言でツボるのやめていただけます!?」
「……っ、腹筋が、つる……」
とはいえ、腹筋が崩壊しても、ギュスターヴが私を腕から下ろして解放する気配がありません。
まさか、城で大人しくしていろと忠告されたにもかかわらず、地界に行ってしまったことを根に持っているのでしょうか。
そもそもフラグを立てたのはギュスターヴなのにと思いつつ、私は一応言い訳めいたものをしておくことにしました。
「念のために申し上げますが、私はギュスターヴの言いつけを破って地界に遊びにいったわけではありませんよ? 強制的に召喚されたのですから不可抗力ですし」
「別に、城を出たからといってお前を責める気はないぞ。どこへ行こうと、私が迎えに行けばいいだけのことだからな。しかし……召喚、だと?」
訝しい顔をする相手に、甥と姪に魔法陣を用いて召喚されたこと、その際に前回遺してきた宝石が媒介に使われたことを説明しました。
とたん、ギュスターヴはノエルと顔を見合わせます。
「あの時、アヴィスの髪飾りにさせた赤い宝石は、私の血から生成したものだ」
「なるほど。それを媒介にすれば、九割が魔王様の血肉で構成されているアヴィスを召喚できたとしても不思議ではありませんね」
「……血を固めたものを頭に飾られていたという事実にドン引きなんですけど」
「しかし、召喚用の魔法陣、か……」
「ただの人間の子供が、そんなものをどうやって手に入れたのでしょうね?」
「もしもし? 聞こえないふりしないでください。今後は赤いものをいただいても絶対に付けませんからね?」
口を挟む私の頭をあやすみたいによしよしと撫でると、魔王と元天使はまた額を突き合わせて話し込み始めました。
それにムッとして再び声を上げようとするものの、ギュスターヴの手が私の顔をマントの襟元に埋めさせてしまいます。
悔しいことに、フカフカで温かく、やたらといい香りがして抗い難いのです。
仕方なく、私が大人しく口も目も閉じてフカフカを堪能しておりますと……
「ふわ……」
ふいに一つ、欠伸が出ました。
「……アヴィス?」
耳元で、ギュスターヴの潜めた声が聞こえます。
私が返事をせずにおりますと、彼はゆったりと私の頭を撫でながら続けました。
「……眠ったのか?」
いいえ、眠ってなどおりません
ちゃんと起きておりますよ。
そう答えたかったのですけれど――この時、私はギュスターヴの問いに答えるのも、目を開けるのも、どういうわけか億劫で仕方がなかったのです。
「……アヴィスが……眠った」
魔界で身体を与えられてからはや半月。
これまで一度として眠ろうとせず、魔王以下保護者一同をやきもきさせていたアヴィスが、突如眠りに落ちた。
思いがけずその瞬間に立ち会った面々は、顔を見合わせては感動に打ち震える。
「見てみろ、この寝顔……圧倒的に可愛いのだが」
「ええ、本当に可愛らしいですね。心が洗われるようです」
「かわっ、かわわわわ!!」
「うふふ、可愛い……」
口々に言う魔界人達の眼差しは、まるで生まれたての赤ちゃんを囲んでいるかのようなほのぼのとしたものになっていた。
アヴィスがこれを見たとしたら、どういつもこいつも、どうかしてます、とまた一蹴したことだろう。
アヴィスの寝顔を愛でる会には、どピンクのコウモリもしれっと混ざっていた。
半月ほど前、アヴィスを騙して屋敷に呼び寄せ食らおうとしたにもかかわらず、だ。
そんな前科者に視線をやることもなく、ギュスターヴが問う。
「私は、貴様を再度滅ぼす必要があるのかないのか――それだけ答えろ」
自分の手で細切れにして燃やし尽くしたはずの吸血鬼がどうやって生きながらえたのかに、ギュスターヴはさほど興味がない。
彼が気に掛けるのは、ジゼルが再びアヴィスを害す可能性があるのかどうか、それだけだった。
嘘も誤魔化しも許されない魔王の問いに、どピンクのコウモリは肩を竦めて答える。
「たとえアヴィスを食らいたいと思っても、もう不可能ですわ。だって、今のわたくしはこの子の眷属ですもの」
「ほう、眷属。貴様、生まれたばかりの私の子に使役されたというのか?」
「不本意ながら。魔王様に滅ぼされる直前、ほんのわずかですけれどアヴィスの血を口にしておりましたの。生き残れたのは、それの影響が及んだ砂粒ほどの細胞だけでしたわ」
「なるほど……これは、おもしろいことになった」
ジゼルの細胞は密かにアヴィスに付き纏い、痛覚がないがゆえに彼女が軽率に流す血を啜って、ようやくこのコウモリの姿にまで復活を果たしたというのだ。
しかし、アヴィスの血によってかろうじて存在を留めているジゼルは、彼女が死ねば今度こそ完全に消滅する。
つまり、死にたくなければ、ジゼルはアヴィスを生かさなければならないのだ。
それを聞いたギュスターヴは、自分の肩口ですやすやと眠るアヴィスの頭を撫でながら、彼女に見せられないほど獰猛な顔をしてくつくつと笑う。
「いいだろう。アヴィスに忠実な眷属である限り、私も貴様を生かしてやろうではないか」
「……ありがたき幸せに存じますわ。隷属の身は不本意ですけれど」
「なんだ、貴様。アヴィスが可愛くないのか?」
「可愛いですわよ。――食べて、わたくしの一部にしてしまいたいくらいに」
うっとりと答えたジゼルに、ツンデレのヤンデレ、やば……、とドリーが自分を棚に上げてドン引きする。
そんな中、アヴィスがふいにむにゃむにゃと口を動かした。
「……んむ、もうおなかいっぱい、です……」
とたん、またもや魔界人達の眼差しはほのぼのとしたものになる。
「聞いたか、今の寝言……圧倒的に可愛いのだが」
「夢の中で何を食べているんでしょうね? 可愛いですねぇ」
「かわいいいいいっ……!!」
「うふふ、可愛い……食べちゃいたい」
彼らはしばし、どうかしている、とアヴィスに扱き下ろされそうな表情で彼女の寝顔を見つめていたが、やがて居住まいを正した者がいた。
ジゼルだ。
まあ、居住まいを正したと言ってもどピンクのコウモリ姿なので、いまいち締まらないが。
ともあれ、彼女はギュスターヴに向き直ると、神妙な面持ちで口を開いた。
「アヴィスの眷属として、魔王様のお耳に入れておきたいことがございます。この子を召喚した、魔法陣について……」
「必要ない――見当はついている」
ジゼルの陳情はすげなく遮られてしまった。
そのギュスターヴは片腕でしっかりアヴィスを抱え直すと、携帯端末を取り出す。
先ほどの彼女に倣って、記念に写真に収めようというのだ。
「ドリー、撮ってくれ。かわいく」
「お任せください!! ……かわいく?」
魔王はあいにく自撮りが致命的に下手くそだったため、写真係にはメイドが抜擢された。
なお、アヴィスに会員制交流場のノウハウを教えたのも彼女である。
「か、かわいく……かわいく……」
かくして、自身の襟元に頬を埋めてすやすやと眠るアヴィスに、さも愛おしげに唇を寄せるギュスターヴという、なんとも幸せそうな画像が出来上がった。
ギュスターヴが魔王だと知らない者が目にすれば、神の慈愛を写した宗教画のように錯覚するかもしれない。
ついでに、かわいく、を意識し過ぎたドリーがふんわりピンクフィルターをかけてしまったものだから、恋人同士みたいな甘い雰囲気にも見えなくもなかった。
ギュスターヴは至極満足そうな顔でそれを眺めると、側近の携帯端末に転送する。
「ノエル、地下牢に繋いでる天使に送りつけてやれ」
「いや、あの状態で見れますかね……そもそも、こんなの見せられたら、カリガはまたぼっちの自分への当て付けかと発狂しますよ?」
「当て付けに決まっているではないか」
「ふふふ、魔王様も煽りますねぇ」
魔王と側近が悪い顔をしてそんなやりとりをしている隙に、メイドとドピンクのコウモリもちゃっかりアヴィスの寝顔を写真に収めていた。携帯端末のホーム画面にするという。
ギュスターヴはさらに、アヴィスの携帯端末にも件の写真を転送する。
そして、彼女の会員制交流場アカウントにそれを投げれば、またもや凄まじい勢いで拡散が始まった。
まおアヴィか、アヴィまおかという論争も勃発している。
そんな中、真っ先にイイネを付けたアカウントを眺めて、ギュスターヴは目を細めた。
「……ふん、ゴッド、なぁ」
アヴィスお気に入りの相互フォロワーのアイコン――澄ました顔の赤褐色の猫に、彼は見覚えがあった。
同じく猫を知っているノエルが目を丸くしているのに鼻で笑うと……
「あいつは、さぞ退屈していることだろう――アヴィスを育てるのに忙しい私と違ってな」
魔界の王は勝ち誇った顔をしてそう告げたのだった。
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