第6話 上手な門番の倒し方



「ここを通すわけには参りません。大人しくおうちにお戻りなさい」

 

 ギュスターヴがメイドを介して与えてくれた摩訶不思議なカラクリは、携帯端末というそうです。

 隻腕の屍剣士ヒヨコと二人で弄りまくって、操作の仕方はだいたい把握しました。

 そうして、『魔界 脱出方法』で検索。

 難無く巨大な黒塗りの門にたどり着けたわけですが、やはりというか、それを守護する門番が立ち塞がりました。

 ボロボロの黒衣と大きな鎌を装備した、いかにも死神といった風体の骸骨です。

 しかも、厳つい面構えの犬を十頭も連れているではありませんか。

 丸腰の私だけでは、きっと難攻不落の門だったでしょう。

 しかし、二本も剣を下げたヒヨコが一緒なので心強いです。

 その背中に庇われながら、私は背の高い門番を見上げて言いました。 


「おうちは門の向こうにあります。ここを通していただかねば戻れません」

「嘘をおっしゃい。あなた、今朝方生まれたばかりの魔王様の眷属でしょう? すでに魔界中のうわさになっていますよ。よからぬ輩にちょっかいをかけられたくなかったら、魔王様の庇護下で大人しく……」

「ガタガタうるさい骨ですこと。奥歯が噛み合ってないんじゃありません?」

「ひっ……きゅ、急に辛辣にならないで……」


 死んでまで説教をされるのはごめんです。

 私は門番の話を遮ると、再び携帯端末を起動しました。

 

「もういいです――力尽くで通りますので」

「えっ……」


 絶句する門番を放置して、さくさく検索しますよ。


『魔界 門番 倒し方』


「まあ……」


 驚きました。

 検索結果が千件余りもあったのです。

 門番に対する殺意が千件以上。同志がいっぱいで実に頼もしいことです。

 私はヒヨコと仲良く画面を覗き込み、偉大なる先人の教えを熟読するのでした。


「やはり関節部分が弱点なのですか。〝ただし、すぐに再生するのでキリがない〟と。なるほど……」

「ね、ねえ……よしましょうよ、お嬢さん。正直、関わり合うのは嫌なんですよ。あなたの身体からは魔王様の気配がビシバシするんですよね」

「頭を吹っ飛ばしてもだめ? ……そう。脳なしだからかしらね?」

「え、何? 悪口!?」


 しばらくは何やら口を挟んできていた門番ですが、すぐにいじけて犬達に慰められています。

 その間に、私とヒヨコは彼に背中を向けて、ヒソヒソと作戦会議。

 やがて、私達は頷き合うと、二人して門番に向き直ります。

 それに気づいた相手がこちらを振り向こうとした瞬間――


「あ」


 ヒヨコが腰に下げていた剣を引き抜き一閃しました。

 すっかり油断していたらしい門番は、あっけなくバラバラに。

 しかしながら、偉大なる先人の話では、彼はすぐに再生してしまうといいます。

 そのため、私とヒヨコは打ち合わせ通り、バラバラになった骨を素早くかき集めると……


「――っ!? こらー!! 何すんのー!!」


 一つ一つ、てんで別々の方角へと投げたのでした。

 これに喜んだのは犬達です。

 犬というのは、投げられたものを追いかけずにはいられない性分なのでしょう。

 ちぎれんばかりに尻尾を振った十頭の犬達は、それぞれ散り散りに骨を追いかけて走っていってしまいました。


「あああ、あんたらーっ! なーんてことするんですかっ!! 怒りますよ!?」

「どうぞ?」

「いや、どうぞって……ひい……犬ども! 全然私の骨を拾ってこないじゃないですかっ!!」

「あらー、みなさん、おいしそうに齧ってらっしゃいますねぇ」


 頭蓋骨は私の足下に転がってカタカタと文句を言っておりますが、なるほどこれが負け犬の遠吠えというやつですね。実に無様です。

 ともかく、門番を倒したのでいざ門を開けましょう。

 ヒヨコがですが。

 私は唯一手元に残した一本――門番の左の大腿骨をぐっと握り直して、ズズズ……とたいそうな音を立てながら開き始めた門に向かい合いました。

 足下では、頭蓋骨がカタカタと慌てています。

 

「こらっ、およしなさいってば! 死人が地界に戻ったって、ろくなことはありませんよ!」

「私には、どうしても救いたい人がいるのです」

「思い上がるんじゃないですよ! 死人のあなたに生きている人間が救えるはずないじゃありませんか! 業を重ねるだけです!!」

「……うるさい」


 門番の言葉に、私はぎゅっと眉間に皺を寄せます。

 分かっているのです。

 ギュスターヴの戯れで新しい身体を与えられたといっても、私は確かに死んだのです。

 本当の身体は、きっともう棺に入れられて土の下でしょう。

 エミールが、今の私を私として認めてくれるかだって分かりません。

 それでも……


「これまで一緒に生きてきた人が塔に閉じ込められているかもしれないんです。もう共に人生を歩んでいくことは叶わないとしても、せめて彼を自由にしてあげたい……」


 大人しくて引っ込み思案で泣き虫で、けれども優しくて純粋で虫一匹殺すこともできない、まさしく天使のような男の子エミール。

 きっとどんな悪意や困難からも彼を守っていこうと固く心に決めていたのです。

 私を目の前で失い、王太子という立場からも追われ、寂しい塔の上で打ち拉がれているであろう彼を思うとひどく胸が痛みます。

 ええ、痛覚などないというのに、やはり彼を思うと胸が痛いのです。

 どうあっても、私は行かねばなりません。

 エミールを救わねばなりません。


「だって、私はエミールのために生きてきたのですもの」

「でも、あなたは死んだのですよ! 生きている者は自身の力で人生を切り開いていくのです! 死人はそれに干渉してはなりません! あなたは、生きている者にとってはもう終わった存在なんですよ――!!」


 私がどれだけ言葉を尽くしても、門番は頑なに引き止めようとします。

 いい加減腹に据えかねた私は、しきりに開閉するしゃれこうべの顎を引っ掴んでやりました。


「骨、ガタガタうるさい――顎を砕きますよ?」

「ぴええっ」


 ギュスターヴの顎に負けた八つ当たりなんかではないのですよ。

 ええ、断じて。






 魔界の門から地界までは、ひたすら長い長い階段を上らねばなりませんでした。

 それはもう気の遠くなるような、果てしない長さです。

 いずれ王太子に、そしてグリュン国王となるエミールの許嫁として、精神面はそれなりの強度があると自負しておりますが、正直体力面にはまったくもって自信がありません。

 ところが不思議なことに、どれだけ階段を上ろうと私の足が音を上げることはありませんでした。

 この身体がギュスターヴこと魔王の血肉でできているせい……いえ、おかげかもしれませんね。

 ただし、階段は一筋の光すら差さない真っ暗闇であったため、私の覚束ない歩みを心配したヒヨコがずっと手を引いてくれました。


「あなたも、ここを通って魔界に来たのかしらね?」


 魂の状態だった私は地界の地面をすり抜けて魔界に来れたのでしょうが、屍ごとのヒヨコなどはこの階段を下って門を潜ったのかもしれません。

 それが、望むと望まざるとにかかわらず。


「エミールも……死んだら一緒に連れてこれるのでしょうか」


 ぽつりとそう零した瞬間、私を導いていたヒヨコの手がビクリと震えました。

 ただ彼は、それ以上の反応を寄越すことも、また歩みを止めることもありませんでしたが。

 喋らない相手と二人きりなので、自然と私もそれきり口を閉ざしました。

 光に再び出会えたのは、いったいどれほど経ってからのことでしょうか。

 ここに来るまで何度も、誰かと、何かと、すれ違ったような気もしますが、なにしろ真っ暗闇でしたのでお互いの姿は見えません。

 確かなのは、誰も彼もが下りてくるばかりで、私達を追い抜いて上っていくものはいなかった、ということだけでした。



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