ブランとノワール、猟犬になる!




 ブランとノワールとの出会いから数日————。



「アリスー! こっちこっちー!」

「アリス、はやく⋯⋯」

「ち、ちょっと⋯⋯! 2人とも、待って⋯⋯!!」


 庭にはゼエゼエと肩で息をしながら、ブランとノワールを追いかけるアリスの姿があった。


 リュカの言った通り、彼らは何にでも興味を示し危険なことでも躊躇ためらわずに突っ込んでいく。さらには、アリスをはじめ、屋敷で働くメイドたちにまで悪戯を仕掛ける始末。

 一時も目を離すことが出来ない2人の幼い獣人に、アリスはほとほと疲れ果てていた。


(これが世に言う、育児疲れ⋯⋯)



「「アリス、大丈夫?」」


 精根せいこん尽きて雪の上に座り込むアリスの元にやって来て、不安げな表情で覗き込むブランとノワール。

 


「大丈夫よ⋯⋯。でも、ちょっとだけ休ませて⋯⋯」


 冬毛でふわっふわの耳と尻尾に、少し癖のある柔らかい髪。さらには、厚手のコートにマフラーと手袋。アリスは癒しを求めて全身モコモコの2人を抱きしめた。


(やっぱり、かわいい⋯⋯っ!)



「わっ。くすぐったいよぉ⋯⋯」

「もっとギュッてしてよ、アリス!」


 くすぐったそうに身をよじるノワールと、もっともっとと強張こわばるブラン。

 2人の可愛らしい反応を見たアリスは、さらに強くギュッと小さな身体を抱きしめた。




✳︎✳︎✳︎




 雪の中の追いかけっこを終えて、屋敷に戻った3人。部屋に向かって歩いていると、何処からかヒソヒソと話し声が聞こえてくる。



「ねぇ、やっぱりあの子たちどうにかならないのかしら? どれだけ無視してもじゃれついてくるのは迷惑だわ」

「無理よ。リュカ様やリアム様は賛成してるもの」

「それにしたって害をこおむるのはこっちなのよ。ああ、これだからけがらわしい獣人は嫌なのよ」

「あの女が来てから災難ばかりね。何とかして全員追い出せれば良いんだけど」


 声の主はメイドたちであった。聴覚が非常に優れている2人ならばきっと、今の会話はハッキリと耳に届いただろう。


「「⋯⋯⋯⋯」」


 いつもの手の付けられないブランとノワールならばこの場で感情のままに暴れ出すかと思いきや、アリスの予想に反して2人は諦めたような表情で静かに俯くだけであった。



(こんな酷いことに慣れてるっていうの⋯⋯?)


 言い返したい気持ちでいっぱいのアリスだったが、事を荒立ててはさらに2人の立場を悪くするとグッと我慢してその場を後にした。




✳︎✳︎✳︎




 リュカに獣人の地位はそんなに高くないものだと教えられていたアリス。獣人たちによる決死の抗議活動の結果、人間と同等の権利を手に入れた彼らだったが、今でも差別意識を持つものも少なからずいるらしい。


 ブランとノワールが悪戯を仕掛けまくった結果でもあるが、まだ幼く、善悪の分別がついていない2人に対してこの仕打ちはあんまりであった。



 部屋に戻ってからもどこか元気のない2人に、見兼ねたアリスは声をかける。


「⋯⋯ねえ、2人とも。みんなを見返したくない?」

「「見返す⋯⋯?」」


 アリスの声に顔を上げたブランとノワール。その瞳はうっすらと涙で濡れていた。



「私、実はこの世界の人間ではないの。私も最初はここの人たちに受け入れてもらえなかったわ。でも、自分に出来ることを精一杯やったおかげで、今では少しずつ周りの環境が良くなった。人を変えたいのならば、まずは自分たちが変わらなきゃ」

「どうすれば良いの⋯⋯?」

「ボクたちにも、出来る?」


 不安げにルビーのような瞳を揺らめかせて、縋るようにアリスを見た。


「勿論よ。ブラン、ノワール」


 アリスは2人の小さな獣人の名前を呼んで、真っ直ぐに彼らを見据える。


(ブランとノワールを守り、導くのは保護者である私の務めよ。今、私が2人に出来ることは————)


 アリスが思いつく方法は一つしかなかった。



「猟犬として私と一緒にモンスター討伐してみない?」



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