リアム・フレイア




 次の日の朝、アリスはリュカの言う通り、淡い期待を抱いて屋敷にある裏庭へとやってきていた。

 その場所は、春になれば美しい花たちと青々とした木々が生い茂るであろうことが予想されるところであった。


(ここ⋯⋯で、合ってるのよね⋯⋯?)


 一面、雪と枯れ木のみが広がる庭を見回したアリスは、不安に駆られつつもさらに歩みを進める。


(もしかして、リュカに揶揄われた⋯⋯とか?)


 アリスがリュカを疑い始めた頃、すぐ近くから何かが空を切るような鋭い音が聞こえてきた。


「⋯⋯⋯⋯?」



 アリスが音のする方へ足音を潜めながら歩いていくと、そこには、今一番会いたくない人物がいた。


(フレイアさんだわ⋯⋯!!)



 アリスはリアムの姿を目にした瞬間、弾かれたように物陰へと姿を隠す。

 そろりとリアムのようすを伺うが、彼は相当に集中しているのか、アリスの存在に気付いたようすは無かった。


 見ると、リアムは自らの背丈ほどある長さの槍を手にしており、それを自由自在に操っている。

 しばらくの間、息を潜めてそのようすを眺めていたが、ひとり絶え間無く鍛錬に励むリアムが休むようすはない。


 それを見たアリスは、とあることに気付いてしまう。


(フレイアさんのあの過剰なまでの自信は、血の滲むような努力に裏付けられたものだったんだ⋯⋯! それなのに、私は一度上手く行ったくらいで良い気になって⋯⋯私はなんて⋯⋯なんて恥ずかしいんだろう)


 アリスの顔は羞恥で真っ赤に染まり、目頭がジワリと熱くなる。あと少しで溢れてしまいそう、というところで思わぬ人物が声をかけてきた。



「⋯⋯おい、貴様。そこで何をしているんだ」

「ぎゃあっ!!」

「⋯⋯⋯⋯ぎゃあとはなんだ。失礼な」

「フ、フフフレイア⋯⋯さん、どうして⋯⋯」

「どうしてもこうしても無い。お前は分かりやすすぎるんだ」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯それで、オレに何の用だ」


 そう言って、リアムは不機嫌なようすでアリスに問うた。



(こんな、いきなり⋯⋯! まだ心の準備が出来ていないのに!)


 アリスはウロウロと視線を彷徨わせるが、今この時を逃せば次は無いと、意を決して口を開く。


「⋯⋯フレイアさんに、謝りたくて⋯⋯あと、お礼も⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 リアムは無言のまま、黄金色の瞳でジッとアリスを見ているだけだった。それはまるで、アリスの次の言葉を待っているようにも見える。


 アリスは緊張した面持ちで話し始めた。



「⋯⋯この間の、ラビナスボアとの戦闘で、私が気を抜いたせいでフレイアさんのお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。フレイアさんの言う通り、私には覚悟が足りていなかったと思います。⋯⋯っでも! もう同じ失敗は繰り返しません! だから、私にもう一度だけチャンスをいただけませんか⋯⋯!?」


 アリスは尚も、口籠もりながらも話を続ける。


「あと⋯⋯あの時は助けてくれてありがとうございました。⋯⋯フレイアさんが助けてくれて無かったら私、今ここに居なかったと思います」


 アリスの言葉を仏頂面ながらも、最後まで静かに聴いていたリアムは、不意にフッと笑みを漏らした。


「リュカ様に泣きつくかと思えば⋯⋯オレが思っていたよりも中々に骨のある奴みたいだな。いいだろう、お前に最後のチャンスをやる」

「⋯⋯!! ありがとうございますっ!」


 アリスはパァッと明るい表情になり、ガバリと勢いよく頭を下げた。






✳︎✳︎✳︎





「リュカ!!」


 アリスはノックの後、返事も待たずに執務室の扉を勢いよく開け放った。



「アリスか。⋯⋯その顔を見るに、どうやら上手く行ったようだな」

「うん、リュカのお陰よ! ありがとう!!」

「俺は何もしてない。その結果はお前自身の頑張りによるものだ」

「そんなことないっ! ⋯⋯私、リュカに助けられてばかりね」

「何を言う。初めに助けてくれたのはお前の方じゃないか、アリス」

「⋯⋯⋯⋯そ、そうだったかしら⋯⋯?」

「そうだぞ。だから俺は、その恩に報いたいんだ」

「そんなの気にしなくて良いのに⋯⋯」


 少しの沈黙の後、アリスとリュカは顔を見合わせて笑った。



(次こそはもっともっと頑張ろう。そして、いつかはリュカやフレイアさんと肩を並べられるくらいになりたい)


 アリスは人知れず、そう決心したのだった。








次回からは新章(?)です。よろしくお願いします!

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