絶品!ラビナスボアの角煮!②




 下ゆですること、1時間以上。

 しっかり火の通った肉を、出来るだけ脂を落として調味料が入った別の鍋へと入れる。さらに、そこにスライスした生姜と赤唐辛子を加え、落とし蓋をしてさらに1時間じっくりと煮込む。


(本当は肉をもっと柔らかくするために下ゆでを3時間はしたいところだけど、いつまでもキッチンを占領するわけにはいかないものね)



 落とし蓋をした後も、時々ようすを見つつ煮汁を回しかけながら、肉にツヤツヤと照りが出るまで煮込んだ。


 気付けば、作業を始めてから3時間が経過していた。時々ようすを見に来るリュカが差し入れしてくれた紅茶を飲みながら、そろそろ出来上がる予定のラビナスボアの角煮の落とし蓋を外す。


 その瞬間、キッチン中にフワリと漂う醤油と砂糖の甘辛い香り。

 鍋の中にはプルプルとアリスを誘うように揺れる脂身と、味の染み込んだ赤身が層になったラビナスボアの角煮が入っている。


「うん、大成功かも!!」


 完成した角煮を目の当たりにしたアリスは、思わず笑みを溢した。




✳︎✳︎✳︎





「こ、これが⋯⋯あの⋯⋯⋯⋯?」

「はい、これが私たちが討ち取ったラビナスボアを調理したもので、角煮という名前の料理です」

「かくに⋯⋯ですか」


 長をはじめ、村人たちが誰も手をつけようとしない中、リュカだけが皿の上でプルンと揺れるラビナスボアの角煮にフォークをプスリと刺して、躊躇いもなく口へ運んだ。


 リュカがもぐもぐと咀嚼するようすを、静寂の中、皆が固唾を飲んで見守る。しばらく味わってから、ゴクンと飲み込んだリュカは、ナプキンで口元を拭いおもむろに口を開いた。


「ふむ、角煮とは大変美味な料理だぞ。皆は食べないのか?」

「⋯⋯っ! リュカ様がそうおっしゃるなら、オレも食べさせていただきます!!」


 未だ、信じられないという顔で皆が恐々と顔を見合わせようすを伺う中、今度はリアムが名乗りを上げた。

 彼は恐る恐る皿の上でプルプルと踊る角煮を観察したと思えば、「これは⋯⋯生きているのか?」と呟く。そして、勢いよくフォークを突き刺し、ギュッと固く目を瞑って角煮を口へ放り込んだ。



「⋯⋯!!」


 そのまま、しばらく険しい顔で咀嚼していたリアムだったが、次第に表情を緩めて声を上げる。


「う、上手い!! 口に入れて、噛んだ瞬間にほろほろと解けていく肉に、旨味が凝縮された脂! ラビナスボアの肉と聞いて身構えていたが、味は豚に似ているな。地味な見た目からは想像出来ないほどに美味だ!!」


 そう言って、次々と角煮を口に運ぶリアムを見た村の長は、ようやく決心がついたようで、ついにラビナスボアの角煮に口をつけた。


「こっ、これは驚いた⋯⋯お二人の言う通り本当に美味い⋯⋯⋯⋯」


 村の長のその声を聞いた村人たちは、我先にと次々にラビナスボアの角煮を食べていく。


 飢えていた村人たちは休むことなく食べ続け、ほどなくして、ラビナスボアの角煮が山ほど盛り付けられていた皿は空っぽになった。


(良かった⋯⋯! 最初はどうなる事かと思ったけれど、みんな受け入れてくれたみたい。これもリュカと⋯⋯フレイアさんのお陰ね)



 アリスがホッと安堵に胸を撫で下ろしていると、食事を終えた長が声をかけてきた。


「お嬢さん⋯⋯アリスさんといったか。此度はこんなにも美味しい料理を私たちに振る舞ってくれてありがとう。久しぶりの豪勢な食事に村の子どもたちは大喜びで、大人たちの中には涙を流すものもいた。もちろん、私も腹いっぱいに食べさせてもらったよ。本当に⋯⋯ありがとう」


 長はシワシワの顔をさらにクシャリとさせて微笑み、アリスの手を取って力強く握る。


(ラビナスボアの討伐では足を引っ張ってしまったけど、私でも役に立てたんだ⋯⋯!)


 アリスは長の言葉に目頭が熱くなり、じわりと涙が滲むが、それをグッと堪えて精一杯の笑顔で口を開いた。


「とんでもないです。皆さんのお役に立てて良かった⋯⋯! 独特のクセはありますが工夫次第でモンスターは食べられます。まだたくさん下処理済みのラビナスボアの肉があります。いくつかレシピを書いておくので、よろしければ参考にしてください」





✳︎✳︎✳︎





 日もすっかり暮れた頃、アリス、リュカ、リアムの3人はイヴェール村に来た時と同様に馬に跨り帰路に着こうとしていた。



「モンスターを討伐するだけでなく、あんなに美味しい料理まで振る舞っていただけるとは⋯⋯なんとお礼を言ったら良いか⋯⋯⋯⋯」


 長は涙ぐみながら感謝の言葉を述べ、アリスたちを見送る。


「気にする必要はない、これも我々の務めだ。食糧は数日ほどで届くだろう。またラビナスボアが出たらすぐに連絡してくれ」

「かしこまりました⋯⋯! お気をつけてお帰りくださいませ」


 リュカの言葉に、長は深々と頭を下げる。



「では、行くぞ」


 リュカがそう言って、手綱を掴み腹を軽く蹴るとヒヒンッと鳴いて馬が走り出す。振り向くと、どんどん小さくなっていく長とイヴェール村。


 不意に、顔を上げた長の優しげな瞳とパチリと目が合った。

 アリスはにこりと微笑んだ後、小さく手を振り、イヴェール村を後にしたのだった。









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